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 カーニバル当日。

 今日から一週間、祝祭として国全体がお祝いムードに包まれる。

 この国の神様が、精霊たちを介してお恵みを与えてくれる収穫祭、謝肉祭といった催しだ。

 精霊たちは収穫の時期までに上級精霊たちの命により、それぞれ土地に住まわってくれていて、そのために森羅万象はバランスを保っていると言われている。

 だから、無事収穫出来たことを神様や精霊に感謝するのが、このカーニバル。

 そして精霊たちのように、空から見守ってくれているだろう聖人たちにも感謝を捧げる。


 神様や精霊たちに捧げる舞は必見だし、魔術を使って行われる盛大なパレードは見物である。それから、様々な団体がここぞとばかりに出店したり、イベントを開催するので、この一週間は、経済面でも大きなメリットがある。


 商人だけでなく、青年団や住民たちも積極的に参加するカーニバルは誰もが参加者である。

 商店街だけでなく、貴族街の舗装された道も、庶民たちの使う大通りも全てがカーニバル仕様になっている。

 様々な趣向を凝らした旗がたくさん立ち並び、大人も子どもも一丸となってひたすら盛り上げる。

 カーニバル期間だけは皆、通常業務をせずに、非日常を謳歌するのが習わしだ。

 警備のための騎士たちは交代制で任を任されるが、やはりカーニバル。しっかりと休みを取らされて、カーニバル中の大通りにポイッと投げ込まれたりする。

 官僚たちはそうとも言っていられないらしいが、彼らも有給をカーニバル期間のために取ろうと必死なのだ。もはや争奪戦。


 貴族たちもこの期間は、豪勢に夜会を開いたり、昼間から特別なパーティを開いたり、それから貴族街は一流の者たちがもてなそうと罠をしかけて待っている。

 罠。うん。財布の紐が緩くなるのだから罠だと思う。

 ちなみに叔父様も、王立図書館主催の大図書博覧会へと赴いている。

 それもカーニバル前夜からの徹夜で。

 どうやら貴重な古書が取引されるとかでマニアには垂涎ものだとか。

 本にまつわる博物スペースや、古書の販売やフリーマーケット、それから特別展示。

 かくいう私も、古書の中にある古代魔術研究関連の本が欲しい!!

 一般流通していないので是非!

 毎年、そのために貯金をして涙ぐましい努力を重ねているくらいだ。

 叔父様と私の目的は似ているが、欲しいものを手に入れるには効率が最優先なので、お互いに誘ったことはないし、一緒に行ったこともない。

 でも、今年はあまり外に出ない方が良いのかな?

「ルナ、やっぱりこんな時に浮かれるなんて不謹慎よね……私も。こんな大変な時に自覚が足りないなんてまだまだだわ」

 フェリクス殿下の部屋の奥に用意された小部屋で、私はルナに呟いた。

 この日は学園も祝日で休みとなっており、私も今日の朝は小部屋でゆっくりしていた。

 この部屋は、実家から色々と持ち込んだので、私の趣味部屋と化している。

 たった今読んでいた論文をファイルにしまっていれば。

『ご主人、事件は時刻が決まっているのだ。そう緊張ばかり張り詰めていれば、余計、体に毒が溜まるぞ。それに参加したいと思うのは仕方ないだろう。むしろいっそのこと、抜け出せば良いのでは? 抜け出すのは至難の業な気もするが』

 王城の警備や人の数を思い浮かべ、私は素直に頷いた。

「ルナ……。ありがとう。うん。でもそう聞くと、抜けだすのは今回はやめた方が良いのかもね……」

 王立図書館主催ということで、貴族もお忍びで行くものも多いという。

 私の参加する式典は二日目と四日目、それから最終日なので、一日目の今日は予定が空いている。

 ただ、私はただの貴族ではなく、尊い人の婚約者なのだ。今までとは訳が違う。

 行きたかったが行く気のない私を見て、ルナは、首を傾げた。

 首を傾げる狼……、普通に可愛い。


『身分が変わるのも難儀なことだ。好きな時に出かけられないなんて』

「私が動くと大勢が巻き込まれるのよ。迷惑をかける分、好き勝手出来ない」

 王太子殿下の婚約者になったなら、いつ危害を加えられるか分からない人混みの中に自ら向かうのは避けた方が良いかも。

『ご主人なら戦えるのにそれでも駄目なのか?』

「戦えるし、ルナもいるんだけど常識的に考えると……ね」

 非常に残念だけど。

 フェリクス殿下が午前中、執務室で働いているのに一人だけ遊ぶことにもなるし。

 カーニバルだというのに、いや……むしろカーニバルだからなのか、フェリクス殿下は誰が見ても忙しそうだった。

 カーニバル限定で王城を解放しているから忙しいに違いない。

 住居スペースを除けば、けっこうな人数だと思う。

「こういう時は本の整理に限るのよ……うん」

 巻数分揃った貴重本を眺めて癒されようとしている私を見てルナが呟いた。

『外の賑やかな様子が気になって読書にも集中出来ず、かと言えば外の催しに気軽に参加出来ない身分。その末にこんな見るからに暗い作業に没頭するとは……ご主人……。心の慰め方法としても悲しすぎるし、色々と間違っているぞ』

「うっ……」

 大体図星である。


「うーん。でも私がここに居た方がフェリクス殿下も安心できると思うの。何の憂いもなく仕事出来るなら……って」


 そんなことを言いながら、貴重な初版本の背表紙を見ながら精神安定を図っていれば。


 コンコンと小部屋のドアをノックされた。

「殿下?」

 フェリクス殿下の私室から繋がっているので、必然的に入ってくるのはフェリクス殿下しかいない。


「レイラ! 出かけよう!」

 息せき切って扉を開け放ったフェリクス殿下を見て、私は目を瞬かせる。

「出かけるって今からですか?」

 時計を見るとちょうどお昼の時刻だった。


「このためにこの日の執務を午前に集中させたんだ。ねえ、レイラ。貴女が良ければお忍びで街に出ない? 色々と変装してもらう必要があるけど」

 フェリクス殿下がいくつか衣装を抱えている。

 町娘が着るような素朴なエプロンワンピースを見て、私は目を輝かせた。

「是非!」

「喜んでくれて良かった。非公式なお忍びだから、護衛も最小限。名目上の理由としては、式典やパレードのための下見ということで色々と書類で足掻いてみた」

「フェリクス殿下!」

『ご主人……水を得た魚のようだな……。目が輝いている……』

 私のテンションが上がったのを見るとルナは呆れつつも、優しい眼差しを向けている。

「ふふ、私に惚れ直した?」

「百回惚れ直しました!」

「じゃあ、好き?」

「好きです! 愛してます!!」

 私は、好きや愛してるを繰り返し、何故かフェリクス殿下もご機嫌になっていく。

『なんだ、この会話は』

 ルナのツッコミがポツリと木霊した気がした。

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