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 カーニバルは一週間に渡り開催されて、この国の人は皆盛大に祝う。

 そのカーニバル直前ということで、王城内もバタバタとしていた。


 前世の記憶を持っていることを、フェリクス殿下とルナに伝えてから早くも数日が経過したある日の朝のこと。

 それもカーニバル期間まであと二日前の朝のことだ。


『ご主人、最近かなり魔力量が増えているな』

「え? そう?」

 この日の早朝、フェリクス殿下も目蓋を閉じて眠っている時刻に目を覚ました私は、そっと体を起こしていた。

 フェリクス殿下が気持ちよさそうに爆睡しているのを見て、触り心地の良さそうな金髪をゆっくりと梳いていた時だった。

 ルナの言葉で殴られることになるのは。

 フェリクス殿下にルナの声は聞こえないからか、ルナの声はそのまま音量を変えることなく伝えられた。

 そして叫び出しそうな赤裸々な発言が飛び出したのだ。

『交尾をしているから、魔力が馴染んでいるのだろう。王太子の魔力量は規格外だからな。ご主人の魔力量もかなりの量になってきてい──』

「も、もう!! ルナ!! いい加減にその言い方は止めてっ……!」

 確かに、フェリクス殿下とルナに前世の出来事を告白した後から今日までの間に、私たちは行為を二度程、行っていた。

 初めてではなかったし、フェリクス殿下は無理をさせないので、そこまで次の日に響くことはなかったからだ。

 魔力量だって少しずつ増えていることは知っていたけれども。

 でも、でもでも! 突然その発言は!!

『ご主人、声が大きいぞ』

 口元を慌てて押さたが、もう遅い。

 ああ! フェリクス殿下がせっかく眠っていたのに!

「んっ……? 朝?」

 私の大声にフェリクス殿下は、目をパチリと開くと、ゆっくり起き上がった。

「レイラ? ……ん、おはよ」

「あ、あああフェリクス殿下! ごめんなさい」

 せっかくの貴重な休息で、フェリクス殿下も無防備にスヤスヤと眠っていて、可愛らしかったのに。

 ついでに言えば、寝起きのぼんやりとした無垢な表情と気だるげな雰囲気は色気の暴力だ。ほんの少し私も目を逸らしていたのは仕方ない。


 色々な原因で顔を真っ赤にしながら、あわあわしている私を見て、何を思ったのか。

 目を擦りながらも少しだけぼんやりとしていた彼だったが、だんだん目に『面白そう』という感情を浮かべていって。

「レイラ、何の話をしてたの? その反応からして、ルナの赤裸々発言かな?」

 以前もルナと似たようなやり取りをして顔を真っ赤にしたり慌てたりしていたので、分かるのも無理はないけども。

 これみよがしに私の髪をひと房取ると、うやうやしく口付けた。

 髪に唇を寄せながら、彼の伏していた目がそっと持ち上げられる。影を落としていた睫毛がふるりと揺れる。

 憂いを帯びたような大人びた眼差しの中には、甘ったるいくらいの熱情も含まれていて。

 私はフェリクス殿下の年齢が分からなくなった。

 うう。いちいちそういう仕草が様になるなんて!!

 あと、自分の美貌を分かってやっている。


「顔が赤いよ?」

「だって、殿下が!!」

「私が?」

「……」

 うう。ルナはただ魔力の話をしていただけで、疚しい話はしていないというのに!

 先程の発言は相変わらずアレな感じだけど、ルナには羞恥心はなく、むしろ私の反応を過剰反応だと不思議そうにしているくらいだった。

 そう。深く考えてはいけないのだ。うん。


 私の肩を掴むフェリクス殿下の手が強まったと思えば、彼は私の体を正面から抱き竦める。

「ふふ、レイラが元気そうなら何より」

 彼は腕を緩めると、私の頬を軽く撫でた後。

「んっ…、っ……」

 朝から、触れ合うだけの口付けをして離れた。

 不意打ちされると余計に恥ずかしい気がした。


 それから、せっかく早起き出来たのだからと、フェリクス殿下は部屋を抜け出すと執務室へと向かった。

「起こしてくれてありがとう」と私に言ったのは、彼を起こしてしまって気に病んでいた私へのさり気ないフォローだった。

 そういうところまで気を使えるなんて……。


 先程触れた一瞬の口付けを思い出して、なんとなく唇に指を這わせる。

「うう……ここでこうしていると恥ずかしくて駄目になりそう」


 それにしても、私の魔力……増えたっていうことは、不思議の国も前より使う時間が長くなったかもしれない。

 カーニバルで起こる何かしらの事件に巻き込まれた時も、上手く対応出来るかもしれないのだ。


「カーニバル……そろそろよね」


 クリムゾンの契約精霊であるアビスがそろそろこちらと接触してくる時期な気がする。



 果たしてその予感は正しかった。


 その日、早めに医務室へと出勤したので、まだ叔父様が来ていなかったことも幸いしていたらしい。


『ご主人、何か来るぞ』

「あっ……」


 空間がぐにゃりと歪むと僅かに穴が開いて、その中から見慣れた黒猫がヒラリと優雅に降り立った。

 これが精霊が移動するという異界の道。


 穴の中を覗くことは出来なかったけれど、アビスがいつも通りトコトコとこちらに歩いて来た。

『レディ。ご機嫌よう。お久しぶりですね。我が主も貴女に会いたがっておりますよ。何しろ、思春期青年らしく、最近では夢にまで』

『黒猫。話が脱線する前に本題に入れ』

 クリムゾンの夢が何なのか気になったが、アビスは時間が限られていると承知だったのか、すぐに情報を共有した。

『カーニバル三日目の朝五時程に魔獣召喚が一斉に行われます。目的は魔力の確保。魔獣召喚陣を守る番人が配置されます』

 アビスは黒の肉球をこちらに向けてきた。

 なんとなく意図を察した私は、そのもふもふの可愛らしい手に手のひらを重ねた。

 黒の肉球が触れた瞬間、頭の中に共有される地図。

『以上の場所に配置されるそうです、レディ。それから、ある地点では我が主が近くに配置されることになっておりますが、こちらとしてもそちらと戦いたくはないので、なんとか裏工作をしております』

 どうやらクリムゾンの主である公爵に命令されている?

『黒猫。そなたらは命令を受けているのだろう。お前の主とご主人が出会ったら、戦闘は避けられないではないか』

 おそらく私の存在を目零ししてしまえば彼の身が危うくなるに違いなかった。

『それを我が主は望んでいません。レディに攻撃なんて以ての外。実はそれを避けるために最初から主は……』

「最初から主は、どうしたの?」

 思わずといった台詞だったのだろう。ただ気になって何となく私が聞いてしまったことで、アビスは正直に答えてくれた。

 精霊は嘘をつけない。質問されたら本当のことしか答えない。

『我が主は天の邪鬼で偽悪主義なので、今まで自分から言い出したことはなかったのですが、契約魔術で契約したこちら側の条件は、情報を提供すること、ではないのですよ。情報を提供しなかったらペナルティを与える契約魔術……なんて、現実的ではありませんから。情報がいつ手に入るのかなんて運に左右されますし』

「……」

 言われてみればそうだ。

 今まで不思議に思ったことはなかったけれど、私にかけられた契約魔術は、彼の正体をバラさないことであり、私の口封じである。

 制限する類のものである。

 なのにクリムゾンの方はいくらか種類が違うというか、制限されるとかそういう類のものではないというか。

「だけど、確かそちら側の制約は、情報提供って貴方が言ってたのに?精霊は嘘をつけないはず」

『情報をレディに何もかも密告しなければならない。こちら側の協力はそれではいかがですか?ふふ、制約だとはワタクシもはっきり言ってませんので、嘘ではないんですよ』

 うん。嘘は言ってないんだけど。言葉の使い方が巧みというか。嘘をつけない分、ルナもそうだが精霊は立ち回りが上手い。

『我が主は拗らせているんです。カッコつけることも、聖人ぶることも、ヒーローになることも、素直に出来やしませんので。そういう訳でなかなか言えてませんでしたが、こちらの制約は至って分かりやすいものですよ』

『それを黒猫、お前の判断で漏らすのか?』

 ルナがクリムゾンを気遣った。確かにペラペラ話すのはちょっと。

『ふふ。我が主が隠している理由なんて大した理由ではありませんよ』

 黒猫は、さも面白そうに笑っているように見えた。猫が笑うというのもおかしいのだが、まるで人間のように表情が分かる。

『我が主は結局のところ、悪役になりきれない。自らに課した制約は、どんな形であれレディの身に危害を加えないこと。自らが敵になった時を考えて予防線を張ったのです。……ただ、それをレディに言えるような素直な心は持っていないと言いますか』

 クリムゾン。貴方は、どうして公爵に従っているの?

 私を大切に思ってくれていて、事情がありそうなのに、一言もないなんて彼は不器用すぎる……。

 言葉では言い表せない様々な感情が入り交じり、混沌としていく。

 何故だろう。泣きたくて仕方ない。

 フェリクス殿下に向ける愛とは違った方向だけど、クリムゾンのことを私は大切な存在だと思っているのだ。

 家族に向けるような慕わしさから、彼への心配や不安が噴出してくる。

 助けを求めることが出来ないのは、心理的な理由なのか、それとも物理的な理由なのか。

 とにかく、公爵のせいで彼の身に起きていることはただ事じゃない。

 本意ではないのに私と敵対しなくてはいけないとはどういうことなの?

 本意ではないことをさせられる? 魔力量も技量もあるクリムゾンが?

 公爵の底が知れない。

『レディ。とにかく、貴女はワタクシの主のためにも生きてください。主の望みはそれだけなのですよ』


 それから当日の情報について変更点を聞かされた。


 手駒である殺人鬼を、魔獣召喚陣を守る番人対策に使うつもりだったが、彼の殺人衝動がピークに達して若干狂い始めていたらしい。

 原因は麻薬。

「その者は自ら違法薬物に手を出したということなの?」

『そうですね。簡単に言えば話が通じなくなりました。よく下層地区に出没していたから、その辺りで手に入れたのでしょうね。あの殺人鬼が薬に手を出すのは予想していませんでした。人の気まぐれとは分からないものです』

 計画に使うには不適格だと判断したクリムゾンは、その殺人鬼を精神病棟へとさり気なく放り込んだらしい。

『前から居たことになっているので、その辺も抜かりありませんよ』


 波乱の幕開けな気がした。

 アビスが運んできた様々な情報を受け取ったからには、それを伝えた上で自らの身の振り方を考えなくてはいけなかった。


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