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「床の散乱物はどうにかなったな!」

 叔父様と違い、整理整頓出来るノエル様は満足そうにハンカチで汗を拭っていた。

 それは夕方頃。

 医務室の掃除を始めて、代わる代わる生徒が手伝いに来てくれる中、ノエル様だけは通しで手伝ってくれていた。

 どうやら医務室の内部に興味があるらしく、嬉嬉として手伝っていた。

 時折、「こ、これは!」などと興奮した声が響いていた。

 そんなこんなで、書類を大まかに分け、散乱したものは棚に収め、壊れかけたベッドや備品などは魔術で修復出来るところは修復した。

 無理そうなところは補強する。

 見た目が中古っぽいので、落ち着いたら徐々に買い換えようと思う。予算内になんとか収めるのも私の役目だ。

 私財を投入したいところだが、公的な機関でそれをやるのは、なかなか面倒なのだ。

「皆様、ご協力いただき、ありがとうございます」

 医務室の中は雑然としているが、通常業務を行うぐらいには回復していた。

 何度目になるか分からないお礼に、ノエル様は優しく笑ってくれた。

 最初から居てくれたノエル様は、私が何度もお礼を言う姿を見ているのだ。


「難しい専門用語ばかりで分からないものばかりでしたわ。レイラ様はヴィヴィアンヌ医務官の書かれた書類の意味がお分かりなのでしょう? すごいですわ!」

「私の叔父は自分が分かれば良いと、専門用語をさらに略していて分かりにくいのですよね……。助手を始めて分かるようにはなってきましたが……」

 隣から他の令嬢が書類を覗き込む。

「これは……また字が少々独特な──特殊な? いえ、個性的な……達筆でいらっしゃいますのね!」

『字が下手と言い切ってしまえ』

 ルナの突っ込みに笑いそうになるのを堪えつつ、私はフォローにならないフォローをしておく。

「自分で書いた文字を後で読み返すことが出来るのだから良い方だと思いますよ。たまに読めないと騒ぐことはありますが、まあそれも稀ですし」

『時折あるではないか』

 ごめんなさい。叔父様。完全に否定出来ない気がするわ。

 時折、和やかな会話を交わしながら、こうして夕方まで多くの人々が付き合ってくれた。


「皆様。後は私一人でも対応出来ると思います」

 まさかこんなに早く終わるとは……。

 私が医務室に勤務し始めた頃の部屋の方が雑然としていたくらいだ。

「あら、レイラ様。遠慮なさらないで。死なば諸共!運命共同体よ!」

「最後までお手伝いしますよ! レイラ様」

 女子生徒も男子生徒も私の負担を考えて言ってくださっている……。

 でもただでさえ、授業後で疲れ切っているというのに、これ以上は遅くなるし……。

「ありがとうございます……。ですが、皆様のお時間が……」

 遠慮する私に、ノエル様が手を上げた。

「後は僕とレイラとそこにいる護衛で何とか出来ると思う。…………その、レイラも皆のことを心配していて、だな」

 上手く言えず、しどろもどろになるノエル様。

 基本的に彼は優しい。私が彼らを心配しているのを察して代わりに言ってくれた。

 手伝ってくれた生徒たちは皆目を瞬かせた後、「レイラ様、何かあったらいつでも呼んでくださいね?」と生暖かい保護者のような目で言い置くと去って行った。

 何故?

「レイラ様が珍しくコロコロ表情を変えていて無防備だったからか、皆、保護者意識が芽生えてしまったんすよ」

『普段完璧な者が感情を表すと魅力的らしいからな』

 私、あまり表情を繕うことが出来ていなかった?

 思わず顔を押さえてぺたぺたと触ってみる。

 ふと、ノエル様と目が合った。

「ノエル様はお疲れではないですか? ずっと付き合ってくださいましたし」

「はっ! 僕はこの医務室を観察したいからな! 僕が居るのは当然なんだ。ゆ、ゆう……友人の手伝いのためでもあるが、この部屋に興味もあるから、趣味と実益を兼ねているんだ」

 ノエル様の赤面顔を見て、心がほっこりとする。

「ありがとう……ございます」

 自然に微笑むことが出来た。

 何故かノエル様は、私の顔を凝視しながら口をパクパクとさせた後、赤い顔をサッと逸らした。

 ツンデレは健在のようだ。


 それから一時間程、研究結果や医療関連の書類を座って分けていた。

 ノエル様の頬が紅潮していることから、先程の言葉は私を気遣うものであると同時に、本当のことだったと知った。


 やがて、コンコンと医務室の扉をノックされて、叔父様とフェリクス殿下が入って来た。

「お疲れ様。話には聞いていたけど、すごい。一日でここまで進むとは」

 フェリクス殿下は生徒たちが手伝ってくれていることを伝え聞いたらしい。

 彼は彼で執務に翻弄されていたのだろう。

「皆様、手伝ってくださったのです。私のことを心配してくださって」

「皆さん、レイラのことを心配していましたよ。僕なんか、生徒たちに詰られました。部屋の後始末を女の子一人に押し付けるなんてと」

「あー……」

 うん。傍目からは酷く思えるかもしれないけど、私としてはそちらの方が助かるのだ。

 セオドア=ヴィヴィアンヌという医務官は、大掃除の戦力にはならない人間だ。

 まず、大きな欠陥。物が捨てられない。

『もしかしたら使うかもしれない。この包み紙も何かを包むかもしれない。この空き箱も錠剤を入れるかもしれません』、『これは床に置いているのではなくて、ここに配置しているのです』などと素で言い出すので遅遅として進まない。

 ようするに適材適所という訳だ。


「ああ、そういえば。叔父様にしか分からない書類が箱に詰めてあるから、それだけ整理をお願い。今期、締切のものも多数あるから早めに!」

 その中でも叔父様が捌く書類だけは手が出せないので、それは本人に頼む。

 叔父様は、締切という単語に顔を青ざめると、箱が置いてある彼の研究室へとすっ飛んで行った。

 ああ、これは締切破って何度か怒られてるパターンだ。


 苦笑しながら見送っていれば、ふとノエル様が思い出したように言った。


「そういえば、殿下に報告したいことがあったんだ」

 部屋に居るのは、私とフェリクス殿下とノエル様とリアム様。

 どうやら、私が聞いても良い話らしい。


「レイラも奴と接触しているし、聞いておいた方が良いだろう」

「奴……ですか?」

 誰のことを言っているのかと思えば。


「クリムゾン=カタストロフィの過去の記録を調べた。奴の赤髪は地毛で目立つ。消されていた記録は多数あったが、なんとか手繰り寄せた甲斐あって、薄らと見えてきたんだ」

「ノエル、話して」


 夕暮れ時。おそらく医務室に用がある者は居ないと踏んだのか、防音魔術と密室魔術をフェリクス殿下は使って、部屋に薄い膜を張り巡らせた。

 フェリクス殿下の顔は険しく見える。


『ご主人』

 大丈夫。ルナ。私は平気。

 どうしてクリムゾンはこんなことになっているのか、それを知る時がついに来たのだ。

 ルナは、私がその件で動揺すると思っている。

 私が医務室のソファに二人を案内すると、リアム様は自ら医務室の外へ見張りを名乗り出た。

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