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フェリクス殿下の暗躍2

前回から引き続き、フェリクス殿下目線です。

 腕輪の形をした魔術具をおそるおそる受け取った看守は、それをおっかなびっくり観察していた。

「これはとんでもない代物なのでは?」

「うん。私の姿になれるんだから、とんでもない代物だ。それを付けたまま、地上に出ると暗殺されるから気をつけた方が良いよ、ビル」

 ビルと呼ばれた看守はひいっと声を上げてそれを落としそうになったが、何とか空中でキャッチしたようだ。

「悪用されないように念には念を入れてつくったんだ。私の血液を使った特殊な魔術具だからね、それを付けている間は、私はいつだって君の意識にアクセス出来る。生殺与奪権を握ったも同然」

 レイラの叔父であるセオドアとの共同開発だ。良い出来だったので、少し自慢してみる。

 あの医務官とはまた何かを作りたいものだ。少年心が刺激されるのは何故なのだろうか。

「なっ……え!? そんなことが!?」

 結局のところ、こうやって予防のために魔術を重ねがけするフェリクスは、人間不信なのかもしれない。自分ではそのつもりはなかったが、予防線を張って警戒しないと生きていけなかったのだ。特に幼い頃は。

「ほら、だって概念上では、一応もう一人の私だもの。私が私と繋がるのはおかしくないよね。まあ、ここの看守たちの場合、そこまで警戒しなくても良いだろうけどね。王家は君たちを信用している」

「それは、まあ……はい。そうですね」

 一見すると平凡に見えるビル。歳は三十程の男は、当然のように頷いた。

 彼はこう見えて、爆弾テロの犯人たちに家族を人質にされて従わされていた過去を持つ。

 結果としてこうして働いているビルだが、たった一人の家族である弟も、現在、王城の使用人見習いとして働いている。

 彼らは元々、裏社会で利用されただけの一般人だった者たちだ。

 だが、利用されたとはいえ関わってしまったからには元の生活には戻れない。

 彼らは表社会で安寧とした暮らしを得ることが出来なくなったのだ。

 なんとか裏社会から手を洗ったは良いものの、社会復帰出来ない人間たちに王家は手を差し伸べた。

 そんな彼らに与えた闇に隠れた裏仕事。

 死刑執行人兼看守。死神と表の人間たちは呼ぶこともある。

 衣食住を保証された彼らは、表向きの仕事が出来ない代わりに暗部を任され、それから厳重な契約魔術を交わしているため、王家にとって信用出来る者たちだ。

 裏切りさえしなければ、彼らの生活は保証されている。

 週五日勤務。週休二日。有給あり。昇給もあり。主に牢の管理と様々な書類仕事を課せられている。衣食住も保証。

 ただ、休日の二日を除き、地下で過ごすと決められている。

 厳重な契約魔術により守秘義務は多く、彼らが表の人間と深く関わることはないが、ここで勤務する者たちは口を揃えて言う。

『地上に居た頃よりはマシ』だと。

「君たちのことを信用しているけど、もう一度言っておく。やろうと思えば筒抜けだからね?」

 やや強調すると気まずげに目を逸らす看守。

「君たち、私の姿に扮して『フェリクス殿下の言いそうな台詞選手権』とかやりそうだから」

「暇を持て余しておりまして……」

 目が泳いでいる。既に似たようなことをしていたらしい。

「そういえば父上が仰っていたんだが」

「フェリクス殿下の口説き文句に興味があったんです! 大変申し訳ございませんでしたあああ!! ちなみにその時の優勝者は自分でした!」

「ちょっとかまをかけてみただけだったんだけど」

「あっ……」

 どうやらフェリクスが言いそうな口説き文句を言えたら優勝!とかやっていたらしい。

 ここで働く者たちは、生きるか死ぬかギリギリな過酷な運命に巻き込まれたり、修羅場をくぐり抜けてきた猛者たちだ。

 こんな陰惨な場所でも遊戯を出来るぐらいには狂っている。

 一見普通に見えるが、こんな地下で普通にしている時点でメンタルが強すぎるとフェリクスは思う。


「遊びすぎるのは要注意。普段通りの業務もすること」

「それは、もう恙無く」

 人懐っこい顔を見せるこの看守の仕事は完璧だ。

 彼の腰に死刑執行人の際に使う仮面がぶらさげてあった。

 死刑囚に死を与える役目を担う彼らは、死刑執行時に仮面を被り、処刑を行うのだ。


「そろそろ、カーニバルの季節がやってくると思うけど、地下では例年通り、地獄祭りが行われるのかな?」

「今年も踊り明かしますよー!」

「羽目を外さないように。それから、死刑囚で遊ぶのはやめてね」

「はーい。了解しました、殿下」

 奈落とか地獄とか呼ばれることもあるこの地下で働く暇を持て余した死刑執行人たちは、カーニバルの時期になると、この地下で毎年催し物で盛り上がるのだ。

 もちろん非公式なのだが、給料をはたいて皆で祭りを作り上げるらしい。

 境遇が似ているからか皆、仲間意識が強く、割と愉快な仕事場である。

 拷問やら、事情聴取やらと仕事内容がエグかったりするが、和気藹々とした職場なのだ。

 他国の拷問方法を酒の肴にする者たちだが。


「カーニバル……か」

「殿下? どうされましたか?」

「いや? 色々と面倒事が起こりそうだと思ってね。そろそろ私は失礼するよ、やらなければならない執務が押し寄せてくるだろうから」

 カーニバルの魔獣召喚計画のことが頭に浮かび、暗澹なる思いでその場を後にした。



 それからこの日様々な執務を終わらせて自分の部屋に戻ったのは、夜中のことだった。


 レイラが部屋の中に居るのは、自室の扉の魔術が発動していることから一目瞭然だった。

 この魔術は、フェリクスとレイラが部屋の中に居る時だけ発動するようになっており、二人だけは自由に出入り出来るスグレモノだ。

 深夜、きっと就寝しているだろうレイラを起こさないように音を立てないように部屋に入る。


 窓から入る月明かりに照らされた美しい少女が、豪奢なベッドで眠りについていた。

 静かな寝息をたてて安心しきったように眠る月の女神は、普段の彼女では考えられないくらいに無防備であどけない。

 そっと近寄って、起こさないように目元にかかった髪をサッと払いのける。

「……レイラ」

「ん……」

 よく眠っている。おそるおそる頬に指を滑らせてみたが、眠りが深いのか起きる気配は微塵もなかった。

 唇が僅かに開き、誘うように小さく息を漏らしている姿を艶かしく思った。

 フェリクスはレイラの唇の柔らかさも感触もよく知っていた。

 ──少しくらいなら、良いだろうか? いや、婚約者だし、少しぐらいなら……!

 そっとベッドに乗り上げて、愛する婚約者の唇に自らのそれを重ねようとした……その刹那。



「本人の知らぬところで手を出すのは、どうかと思うぞ」

「ルナ……」

 今にも触れ合いそうだった唇を離して、ルナに向き直る。

 人の姿をしているということは、フェリクスを止める気だったのだろう。

 ルナがベッドから少し離れた位置でこちらに向き直っていた。

 ふと、この瞬間、フェリクスはあることを思い出した。

「そうだ! レイラの居ないところでルナに聞きたいことがあったんだ」

 ルナは首を傾げる。

「何用だ」

 フェリクスは一つだけ気になっていたことがある。

 ブレインが使った契約魔術。レイラの体の中を透視をしてみても、解除方法が見つからないあの魔術。

 レイラの魔力と同化しているため、異物と認識出来なくなっているそれの抜け穴はないのかと。



 精霊は、嘘をつけないという。

 ならば、その(ことわり)と契約魔術、どちらが優先されるのだろう。

 精霊にも口止めをしてあったとしても、人間のように嘘をつくことはなければ、取り繕うように誘導されることもないだろう。

 取り繕うということは、嘘をつくことになり、否定も肯定もルナは出来ないはずだ。

 だから。

「ねえ、ルナ。質問に答えて欲しい。できる限り質問に答えようとして欲しい」

「承知した。何だ?」

 フェリクスは柄にもなく緊張しながら声に乗せた。




「クリムゾン=カタストロフィとブレイン=サンチェスターは同一人物なのか?」



「突然何を聞い──、っ!……………………………───────」



 まるで口にチャックをされたように、ルナは不自然に口を閉ざした。

 ルナは無言でもって答えたのだ。

 顔は無表情だが、不自然さを取り繕う気配はない。

 明らかな無言は怪しすぎて、「その通り」と言っているようにしか聞こえない。

 レイラ相手だったら、レイラは取り繕うように誘導されている可能性があったけれど……。

 ──やはり。

「今の間、不自然だね?ルナ」

「そうだな。そうかもしれない」

 ルナは淡々と答える。やはり、誤魔化すような素振りはない。

 精霊は嘘を言えないのだ。

 優秀な契約魔術とはいえ、どうやら精霊の特性に直接干渉することは出来なかったらしい。

 口止めは、しっかりとされているようだけど、隙はいくらでもある。

「質問を変えよう。精霊は嘘をつけない。これは本当だよね」

「本当だ」

 今度は即答される。

「最後にもう一つ質問。ルナは出来る限り、質問に答えようと努力はした?」

「したぞ」

 質問に答えようとして、あの無言だったと。

 ──なるほど。契約相手の精霊に嘘はつかせられない術式だったか。口止めが精々……と。


「ふふ、確証が取れたよ。ありがとう。このことはレイラが気に病むからこれ以上は話題にしないけど、私はあの男からもレイラを守るつもりだ」

 クリムゾンとブレインが同一人物なのは知っていたが、確かな証拠が得られた。

「……ここだけの話だが、そこまで心配しなくても問題ない気がするぞ」

 ルナはそれだけ言うと狼姿に戻り、ベッドの近くにあるルナ専用の大型犬用ベッドに横たわった。

 フェリクスは姿を見ることは出来るが、声は聞こえない。

 話は終わりだということだろう。

 ユーリがレイラを王城案内してくれたあの日、ユーリが持ち帰ってきた情報が頭の中をグルグルと回っている。

「全ては一つに繋がっている……か」


 ──そろそろレイラにも伝えないとな。



 サンチェスター公爵家にとにかく関わってはいけないことを強調しつつ、情報を共有しよう。


 レイラの眠るベッドにフェリクスも入り込み、良い香りのする彼女をそっと抱き締めて、眠りにつくことにした。

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