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「許さない! 泥棒猫! 卑怯者!」


「きゃあ!!」


 リーリエ様は手の中に大きな魔力の塊を生成していた。

 魔術でも何でもない純粋な魔力の塊が禍々しい。


「レイラ様! 俺の後ろに」

 天井から音もなく飛び降りてきたリアム様は、即座に防御膜を私の前に張った。

 なるべく範囲を狭めて硬さを優先した防御膜。

 リーリエ様の力任せの攻撃はそれでも貫通するかもしれなかった。


 リーリエ様は激昂していたからだ。


「ふざけないでよ!! 体を使ってフェリクス様に取り入るなんて! この悪女! 貴女が居なければ、今私の傍に彼は居たのに!」

「……」

 何を言っても火に油を注ぐ。

 思わず黙り込む私にリーリエ様の怒りは治まるはずもない。

「男の子を誑かしてばっかりの貴女なんてフェリクス様に相応しくないんだから! 貴女なんて死んじゃえば良い!」

 うあああああっ!と、声を上げながらひたすら魔力を練り上げていく。


『この(ガキ)、言って良いことと悪いことの区別もつかぬようだな』

 ルナ!?

 隠形魔術を使って身を潜めているが、精霊の主である私には分かる。

 ルナの魔力には空気も凍るような寒々しい殺気が込められている。

 火薬庫に火を放つ寸前。

 闇討ちする気だ。


 リーリエ様の精霊はまた例外として、精霊は忠誠心が強い者が多い。

 己の主を害そうとしたならば、突然ブチギレることだってある。

 普段は冷静なルナも、とてつもないリーリエ様の魔力に毛を逆立て私の目の前で臨戦態勢になっていた。


『ルナ、落ち着いて! 防御膜を張ってもらったから! 大丈夫だから!』

 私が声をかけても唸り声を止めない。


 すっと横に白衣が翻る。

「叔父様?」

「レイラ、このまま後ろに居てください。それから、そこの人。防御膜を拳程の大きさでも良いので出来る限りの強度にしてください」

 叔父様の冷静な声に本気を感じたのかリアム様は即座に従った。


 私の前に張ってあった防御膜は拳程度の膜へと収束された。

 防御力としてはあまりにも心もとないけれど、強度だけは強化された状況。

 ルナが精霊の魔力を注ぎ込み、リアム様が張っている拳サイズの防御膜を強化した。

 私の魔力の一部が吸われていく感覚。


 叔父様はふっと余裕のある冷たい笑みを浮かべると、防御膜の方へと手を伸ばして、何か闇色の魔力が放った。

 僅かな光なのに、そこに込められた魔力の密度は段違いで。


 その寸前、リーリエ様は叫ぶ。

「丸ごと吹き飛んじゃえ!! 貴女みたいな魔女いなければ良いの!」


 彼女の全身から溢れる膨大な魔力は、放たれる前から医務室の中の様々なものを吹き飛ばす。

 バサバサと整理整頓したばかりの紙の束や、カルテ、それから備品までもが散乱していく。



 彼女がリアム様の後ろに居る私めがけて、恐ろしい程に膨大で禍々しい光の魔力を放つ。


 その眩しい光が闇さえ吹き飛ばすようなもので、目が眩みそうだった。

 光だけの世界では何も見えないのだと、なんとなくそう思ったところで。


 リアム様の張っている小さな防御膜が動きを見せた。


 しゅるしゅると黒い靄のようなものが、蠢き、そして。

 周囲の光がその靄に吸い込まれていく。辺りの景色が戻っていくのを私は驚愕の目で見守っていた。


 叔父様が生み出した術式が発動して、黒い靄のものになって?

 そして、辺りの光を吸い込んでいる?


「なんで!? どうして効かないの!?」


 ゆっくり光が治まった頃、ルナも強化に加わっていたリアム様渾身の防御膜が、小さく震えて、一歩遅れてパリンと割れた。


『私の強化でなんとか持ったようだ。なるほど、被害を最小限にするために、一点に集中させたということか』

「僕の魔術、黙示録(アポカリプス)は、攻撃を予測する……のではなく、指定することで回避する魔術なのです」

 あの防御膜に吸い込まれた訳ではないらしい?

 叔父様の魔術──黙示録は、どうやらリーリエ様の魔力を吸い込んで消したのではなくて、言葉の通り、魔力の塊を術式によって寄せ集める効果を生み出したらしい。

 ある一点──つまり今回ではリアム様の作った拳サイズの防御膜に被害を集中させたらしい。

 どうやら、叔父様の作った魔術で、どうやら相手の攻撃先を好きな場所に指定出来る闇の魔術だ。

 地味だが、使い方次第では猛威を振るう。


 衝撃自体は、リアム様の作った防御膜が受け止めた。ルナの強化もあってなんとか被害を出さなかったらしい。

 ルナの力もあるのに、ギリギリだった。

 リーリエ様の魔力は底なしだ。

 私の魔力ではルナの力を最大解放するにはまだ足りないようだ。

 最近、以前より魔力が増えてきたとはいえ、リーリエ様にはまだ敵わない。


 ガクン、とリーリエ様の膝が崩れ落ち、その場で跪く。

「どうして? 私の方がフェリクス様に相応しい光の魔力なのに……?」

「……」

 光の魔力がどうとか関係ないのだと言いたくなったが、刺激するのはマズかった。

「貴女なんて! 貴女なんかより、私の方がフェリクス様に全てを捧げられるんだから! 貴族の考えに染まっていない私の方がフェリクス様を真っ直ぐに信じることだって出来るもの! 貴女には出来ない!!」

「……っ!」

 頭をガツンと横合いから殴られたような心地がした。

 貴女には出来ない。

 私の人間不信を彼女は知らないだろうけれど、たまたま放たれたその言葉は、私の胸の内の柔らかなところを抉った。

 フェリクス殿下を失うことが怖くて仕方なくて、繋ぎ止めたいと必死なのは確かだったから。だから、私なりに頑張ってはいた。



 その瞬間、コンコンコン、と忙しないノック。何者かが医務室の扉を焦ったように叩いている。

「ふむ。開けますよ」

 叔父様がそう言ってあっさり開けた先、リーリエ様に付いていた人たちではなく、王城で見かけた騎士が二人立っていた。

「無事ですか!? レイラ様!」


 それも、身体強化と様々な魔の耐性を施された完全防備の状態で。

 騎士たちが床にしゃがみ込むリーリエ様を捕獲すると、リアム様が耳打ちしてくれた。


「さっき、殿下に一言念話を入れたんすよ。そうしたら強化済みの騎士を空間移動させてくれるって言ってたんですが、やけに早くないっすかね?」

 どうやら執務室のすぐ近くに居た騎士たちをこちらに直接送ってきたらしい。

「それ、大丈夫なのですか?」

 魔力消費の激しい魔術をぽんぽん行使して、彼の方は平気なのだろうか。


「連れていきます!」

「了解!」

 リーリエ様はたくさんの魔力を一度に失ったせいで呆然としていたが、部屋から連れ出される瞬間に叫んだ。

「許さない! この売女! 穢れ切った魔女の癖に! フェリクス様を穢したなんて許さない!」


 彼女の叫び声が医務室に響き渡って、皆何も言えずに沈黙していた。


 叔父様が私の肩をポンっと叩く。

「レイラ。あの光の魔力の持ち主の言うことは気にしないでください。どちらかと言えばフェリクス殿下がレイラを穢した側ですし」


 励まし方がズレているが、とりあえず私を慰めていることだけは分かった。


「レイラ様。どこも怪我はないっすか?」

 私の体に怪我はないかと心配そうな目を向けてくれたリアム様に微笑みつつも、混乱していた。


 リーリエ様には枷は効かないの?

 技巧も何もない単純な魔力の塊だけでも、あんなに強かった。

 叔父様やリアム様とルナが居て、なんとか阻止出来たようなものなのに。

 魔力量もフェリクス殿下より上……。

 ヒロインと言うけれど、改めて彼女の存在の恐ろしさを感じていた。

 私に向ける憎悪はもはや隠しておけるレベルではない。

 あれはもはや殺気だった。

 それ程までにフェリクス殿下に惚れ抜いているということなのかもしれないけれど……。


 そして恐ろしいことに気付く。

 光の精霊持ちの彼女が私に殺意を向けたということは。

「光の精霊と契約した光の魔力の持ち主が私に直接的な攻撃をして来たことは、公にしてはいけない……?」

「レイラ。僕もそう思います。ヴィヴィアンヌ家は白い貴族。後暗いあこぎな生業をしている者にとっては、つけ込むネタになりそうです」

 政治に興味のない叔父様だが、兄である私のお父様に必要最低限は叩き込まれている。

 忙しいながらも時折、呼び出して世話をするお父様は、年の離れた弟を何かと心配しているらしい。


 とにかく、光の魔力の持ち主が私を殺そうとしたということが問題なのだ。

 今まで悪意を向けられたことは多々あるが、直接的な殺意を向けられれば、意味も違ってくる。それも光の魔力の持ち主に。

 事情を知る者はともかく、それは酷い風評被害になり得る。やりにくいこと、この上ない。

 ヴィヴィアンヌ家に取り締まられた後暗い商売をしてきた者たちは、この事実を利用するかもしれない。

 お父様なら風評被害を相殺することは出来るかもしれないが、苦労は少ない方が良い。

 一番最悪なシナリオは、私の風評被害が大きくなって、王太子殿下との婚約が相応しくないと判断されること。

 高位の貴族はともかく、他の貴族の感情はさすがに把握していない。

 つい最近だって、光の魔力の持ち主のリーリエ様の恩恵をいただこうと暗躍していた貴族が居たのだから。


 フェリクス殿下に念話で連絡を取ってみることにする。

『フェリクス殿下、突然失礼いたします。急を要するので……。今回のリーリエ様の件、あまり大事にしない方が──』

『分かっている。送った騎士は、信頼出来る者たちだ。彼らが何かを漏らすことも言うこともないだろう。レイラ、ちょっと待ってて』

 どうやら、騎士の送る際も見越していたらしい。

「さすがは殿下。痒いところに手が届きますよねー」

 リアム様が感心したように、にぱっと笑う。


 それにしても、殿下の声……。

 念話でも固い声だったのだ。

 それから少ししてから、医務室の扉を急かすようにノックされて。


「レイラ! 無事!?」

 リアム様が扉を開けると、中に滑り込んで来た人物が私を抱き締めた。

 ぎゅうっと体を締め付ける圧迫感と、ここ数日で慣れた安心出来る彼の香り。

「フェリクス殿下……!」

 随分と早い到着に、私は胸を撫で下ろした。


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