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温度差激しいですが、学園に戻ったので早速厄介事です。
レイラの有給は終わりです。
久しぶりの出勤ということで少し早めに起きたところ、フェリクス殿下は既に執務室へ行った後だった。
私の有給明けと同時に彼も学園の授業に参加するつもりらしく、その分、少しでも執務を進めていく腹積もりらしい。
ちなみに昨日の夜は、あれから何もなかった。
たわいもない話をしながら、いつしか眠っていた。どちらが先に眠ったのか分からないが、眠りにつくまで話すというのも、お泊まりならではの楽しみだと思うのだ。
二日間は気絶したように眠っていたので、話すどころではなかったのだ。
『ご主人、もう良いのか』
「ええ。いつものようにポーチを持っていくだけで問題ないわ」
空間魔術でたくさんのものを収納出来る魔法のポーチは、かさばらないので使い勝手が良いので普段から愛用しているものだ。
どこでも治療が出来るように備えているのは、我ながら医務官っぽいのではと自負している。
「レイラ様。お召かえをさせていただきます」
いつものように衣装室へと連れて行かれて、服を着替えさせられた。
「今日は出勤とのことなので、動きやすい黒のワンピースでよろしいですか?」
いつも黒のフリルが縁を飾っているシンプルで動きやすいワンピースは私好みだ。
汚れにくいのでつい黒を選んでしまうのだけれど、侍女たちは私の好みもしっかりと把握していた。
黒のワンピースとはいえ、少しずつデザインを変えていることにも気付いていたらしい。
「黒と銀髪のコントラストが素敵ですよ。ピンク色もお召しになって欲しいところですけれど、お仕事ということなので、このようになりました」
侍女たちは衣装室の端に置いてある可愛らしい白とピンクのワンピースをチラチラと見ていた。
「ありがとう。とても着心地が良くて動きやすいです」
本当にいたれりつくせりである。
例の伊達眼鏡をかける。
目の前の侍女たちは、私の素顔を知っているので、認識阻害の魔術による影響がなかったらしい。
何故か眼鏡をかけたら残念そうにしているが、驚く様子はなかった。
一度寮の自室に戻って、仕事で使う書類を持ち出そう。
フェリクス殿下より先に出勤することになっているので、朝はすれ違いである。
ちなみに、元々あった私の寮の一室は、待機部屋や荷物置きのような部屋になった。
そこで今日医務室で使うものを取り出して、私は二日ぶりの医務室の扉を開けて中に入る。
「レイラ──!!」
「ひっ!」
白衣を羽織った成人男性に勢い良く抱きそうになったので、条件反射で避けた。
扉に叔父様が勢い良く激突しており、ものすごい音が聞こえた。
「なんだか、ごめんなさい……避けてしまって」
つい謝ってしまったけれど、これ私悪くないよね?
『大丈夫だ、ご主人。そなたは何も悪くないぞ』
何故、この歓迎ぶりなのかと首を傾げていれば、叔父様はぶつけた頭を擦りながら、自らの研究室に案内してくれた。
「レイラ。僕は頑張ったのですよ」
悲壮な顔を浮かべた叔父様が指し示した先。
謎の箱が五個置かれていた。
「叔父様、あまり聞きたくないのだけど、そちらの箱は?」
「後でやる箱です」
「……なるほど。とりあえず詰め込んで置けば部屋は汚れないものね」
確かに部屋は汚れない。汚れないけど、出したら戻せば良いだけなのに。
箱を開けて脱帽した。
「叔父様。明らかなゴミが……」
「後で分別しようと思って詰めたんですよ」
仕事で使う書類とゴミが一緒に入っていることにツッコミたい。
それともこれはツッコミ待ちなの?そうなの?
結局、私がこの箱の中身を整理することになったので、数日間の掃除をドサッと押し付けられた気がしないでもない。
頭を抱えながらとりあえず、医務室の奥の研究室を片付けていれば、叔父様が忠告した。
「そういえば、レイラ。あの……何でしたっけ? あの、光の魔力の持ち主の……ほら、あの令嬢……」
「リーリエ様のこと?」
「そう、その生徒です。レイラが居ない間、何度か特攻して来たんですよ。医務室に」
私は片付けていた手を止めた。
「特攻? 彼女は騎士たちに見張られているのに?」
「それも一人でした。一人で肩をいからせて」
手に持っていたファイルが落ちる。
「え? リーリエ様は騎士に見張られていて、それも魔力を封じられていたのよ?」
リーリエ様の首には魔力封じの枷が付けられていた。
落ちたファイルを私はすぐに拾い上げ、机の上に置いた。
「これは僕の推測ですが、魔力封じの枷が上手く作用していないのではないかと。魔術が使えれば、彼女の魔力なら騎士たちを振り切ることが出来るのではありませんか?」
そんなことってある?
目を白黒させている私に叔父様はその時の出来事を思い出しているのか、顎に手を当てている。
「時間がないのか慌てているように、僕には見えたのですよ。それはつまり、騎士たちから逃げ出していたということですよね。抜け出していたら普通に慌てますし」
「彼女の首の枷はいつから効果を成していなかったの? ずっと付けられていたように思うの。もしかして見せかけとか? 本当は枷なんて何も問題ないのに魔術が使えない振りをしている?」
そういえば、リーリエ様の精霊が、彼女は枷を破ることが出来るとか出来ないとか言っていたよね。
つい最近、破られたとか?
「その可能性は大いにありますよね。枷を破ることの出来る魔力を持っているのか、はたまた光の魔力の持ち主とはそういう魔力が効きにくい特性を持つのか。どちらかは分かりませんが……。突撃して来た例の生徒、魔術を行使した痕跡がほんの少しありましたので、彼女は魔術を使った……それだけは決定的なのですよ、レイラ」
叔父様は優秀だ。ほんの少しの魔力でも察知することが出来るのだ。
光の魔力に興味津々という顔付きをしているかと思っていたのに、叔父様は意外なことに私を心配していた。
『この叔父も、保護者らしいところがあるのだな』
ルナは叔父様を何だと思っているのだろうか。
そうして朝一番の授業が始まる一時間前に事件は起こった。
しかもフェリクス殿下に相談する前に。
私はというと、食堂に朝食を取りに行く寸前だった。
早起きすることもあるこの仕事。時間が不規則になる可能性もあったので、朝食は学園のカフェテリアでいただくことにしていたのだ。
壊れるのではと思うくらい物凄い勢いで扉を叩かれ、許可を待つこともなく、ガチャリと鍵を開けられて。
そこには見慣れた生徒が立っていた。
「リーリエ様!?」
私と接触禁止令の出ていたあの娘が目の前に、居た。
「許せない! レイラ=ヴィヴィアンヌ! 貴女だけは、貴女だけは許さない」
燃えるような目をしたリーリエ様が私の目の前に立っていた。




