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 有給休暇二日目。王城を案内してもらった後のこと。

 フェリクス殿下が執務室に篭っている間中、私は部屋で王城の書庫から出してきた研究論文を貪り読んでいた。

 なかなか手に入りにくい生原稿から、補足付きの完全版まで数多ある論文を読んでいたら、私も最終的にはフェリクス殿下の部屋に引き篭ることになっていた。


『見事にご主人を部屋に軟禁するとは、王太子もなかなかやるな』

「ルナ。私は軟禁されているんじゃなくて単に論文が面白いからで」

『それを引っ張り出してきたのは王太子だろうに』

「うう……そうなんですけども」

 フェリクス殿下は私のことをよく分かっていると思う。

 彼は学園に居る分、執務が溜まっていたらしく、今日出来る限り一気に終わらせるつもりだったらしい。

 食卓に顔を見せず、執務室で簡易的な食事を終わらせたと聞いた。

 私も論文が読みたかったので、このまま部屋で簡易的な食事を取らせてもらった。

 どうやら、それもフェリクス殿下の狙いだったらしく……。


 就寝時、ようやく帰って来たフェリクス殿下は、早々にこんなことを言った。

 湯浴み後なのか髪が少し濡れており、どうやら完全に髪を乾かさないまま執務室で仕事をしていたらしい。

「私が居ない間は、なるべく部屋に居て欲しいって思ってたんだよね」

 ルナの予想が大正解だったらしい。


 既に侍女の手により、ナイトドレスに着替えされられていた私はベッドの上に座り込んでいた。

 そのままぼんやりとしていたのだが……。

「……え!? 殿下!?」

 おもむろに上着を脱ぎ出して、椅子に脱ぎ捨てられた衣服がかけられていく。

 彼の生肌を目撃する前に私はベッドの中で掛布を被って視界を塞いだ。

 シーツに包まれながら私は困惑していた。

 だって、いきなり……そんな。脱ぎ出すなんて思わなかったのだ。

 同じ部屋なのだし、彼が着替えることも有りうるとはいえ、顔が熱くて仕方ない。そんな堂々とされると、私がおかしい気がしてしまうが、ここで恥ずかしがるのは普通のことのはず。

「で、殿下! いきなり、脱ぐのは……!」

 至極当然のことを言ったのだが、フェリクス殿下はクスクスと軽く笑い声を上げて。

「とっくにお互いの裸を見てるんだから、今更だよ」

「それ今、わざわざ口に出す必要ありました!?」

 シーツに包まって悶絶していたら、衣擦れの音がしたので、彼はそのまま着替えているらしい。

 もう! 本当に羞恥心はどこへ?!

 ベッドの中で顔を隠しながら、悶々としていたのだけど、やがてギシッとベッドに乗り上げる音がしてドキドキしてしまう。

 そうっと顔を出せば、僅かに濡れた綺麗な金髪の髪。

「湯上りでそのまま仕事をしていたら風邪を引いてしまいます」

 そっと彼の髪に触れていれば、「心配性だなあ」と彼は苦笑する。

 そのまま、私の前で火の魔術を使い、髪をあっという間に乾かした。

 あっという間にサラツヤ髪になるのを見て、この綺麗な髪質は生まれつきのものだったのだと知った。

「あの?」

 手首をぐいっと引っ張られて何かと思えば、フェリクス殿下はふっと悪戯めいた笑みを浮かべ、そのまま自分の腕の中に抱き込んで横になった。

 そのまま私の体を抱き締めて、首筋に顔を埋めて、ちゅっと口付けを落とした。

「あっ、殿下。そんな……」

 何度も繰り返される柔らかな口付けは、まるで擽るようで。

「ああ、レイラの香りがする」

 突然すぎる。

 私は抱き枕か!

 あわあわしつつ、手を彷徨わせれば、ルナが平然とした様子でベッドの下辺りで体を伏せて休む姿勢に入っていた。

 え。戸惑ってるの私だけ?

 ベッドの上で、向き合う形で抱き合っているこの状況は普通じゃないと思うのだけど。

「今日は仕事ばかりでレイラに触れられなかったから、お預け食らっていたみたいだよ」

「お預けって……」

「大袈裟じゃないよ。朝もね、本当はずっと微睡んでいたいし、こうして触れていたい」

 私の頬を伝い、首筋に指を滑らせる手は淫らな動きをしていた。

 愛撫するような手つきに、ふるっと震えてぎゅっと目を瞑ったら、目蓋に唇が優しく触れてすぐに離れる。

「少し大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、改めて言いたい。レイラ、私は貴女のことを愛している」

「あ、愛ですか……」

 思わずパチリと目を開けると、真剣な熱い眼差しとぶつかった。

 フェリクス殿下はこんな目で私を見つめてくれている……。

 改めて口にされた愛の言葉で全身が心臓になったかと思った。

 手も足も体の隅々まで全部。

 血液の流れが鮮明になったような錯覚。

 好きな人からの愛してるという言葉に、体全体が喜んでいる気がした。

 火照った体の熱に、私はパタパタと手で扇いだ。

「フェリクス殿下は、何故そのような……」

「愛の言葉を口にする意味は大きいよ。言わなきゃ伝わらないし。それに、自分の想いを伝えるだけで、好きな人が意識してくれて、嬉しそうにしてくれるんだからね。普通に考えて言わない理由が思い浮かばない。体を重ねる代わりに、今日は言葉を重ねようかなって思っただけ」

 私の手を握りながら間近で微笑むフェリクス殿下の雰囲気はもはや十五歳の少年ではない。

 大人のような手練手管にすら思える。

 普通この年代って、素直に好きと言えないお年頃のはず!

 照れはないのかと遠回しに尋ねてみると、こんな言葉が返ってくる。

「恥ずかしがっている暇なんてないんだ。好きな人に少しでも意識してもらうために私はいつも必死なだけなんだ」

 恥ずかしいと同時に、ここまで熱烈な想いを寄せられていることに驚いた。

「レイラ。今日はどんなことがあったの?」

「今日は……もうご存知とは思いますが、王城内を見学させていただきました」

「うん。そっか。楽しめた?」

 こくりと私が頷くのを確認しながら、今日について何度か質問してくるフェリクス殿下。

 私の声を少しでも聞き逃すまいと言わんばかりに顔を寄せられ、お互いの呼吸が混じり合う距離に。

 思わず息を飲むと、彼は私の方からほんの少しそっと顔を逸らした。

「もっと時間を取れば良かったかな?」

「いえ、充分です。私の我儘に周りを巻き込む訳には参りません。また脱線しそうになりますし。医務室と図書室が気になって仕方なかったので。ふふ、楽しかったです」

「……そっか。楽しめたんなら良かった」

 彼は小さく呟いて、しばらく私の顔を観察していた。

 そして、ふと何を思ったのか、顔をゆっくりと寄せて来て、「じっとして。動かないで」と囁いた。

 近付く気配と、彼の目線から私の唇に狙いを定められているのが何となく分かったけれど、私は抵抗することなどなく、それを受け入れた。

 フェリクス殿下は、私の唇に己のそれを柔らかく重ねて優しく啄む。

「んっ……」

「……レイラ、愛している」

 触れてる。彼の唇が優しく触れている。

 本日二度目の愛の告白。

 僅かに離された唇。間近で見つめ合うこの距離感。私はおそるおそる口にしていた。

 応えるべきだ、いや。応えたいと思って。



「フェリクス殿下。私も、貴方のことを愛しています」



 緊張していたけれど、はっきりとした声が部屋の中に響き渡った。

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