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「レイラ。今日から、貴女は王城に来てもらうことになったから。突然だと言いたいのは分かるが、これは命令だ」


 行き倒れたクリムゾンを助けた次の日のこと。

 フェリクス殿下は朝っぱらから早すぎて誰も居ない医務室へ来訪して、突然そんなことを言い出した。

 命令ですと!?

「はい!?」

 訳が分からないと目をまん丸にしていれば、フェリクス殿下は扉に背を預けた。


「ノエルからの情報を耳にした。確実で明確な証拠はないけど、私の中で考えたくない説が浮上したから、これは決定事項」

「少し強引では?」

「ほら、前に一度クリムゾン=カタストロフィという人物の性質を分析したことがあったでしょ。ノエルの報告と鑑みた瞬間、ある事実に気付いたというか。私の知る人物像と合致しすぎて納得したというか。…………レイラも罪悪感に襲われる訳だ。同一人物だったのか」

 最後の方は、フェリクス殿下にとって独り言だったのだろう。

 ため息混じりの独り言の部分はよく聞こえず、私は聞き返した。

「あの、フェリクス殿下。最後の方は何と?」

「いいや、何でもないよ。…………レイラ」

 突然、パシッと私の手を掴むフェリクス殿下。

 瞬時に防音魔術を周囲に張り巡らせて、さらに私の耳元で問いかける。



「クリムゾン=カタストロフィとレイラが接触していたという証拠をノエルが見つけた」



「……!?」

 もしかして真実に気付いた!?

 契約魔術があったとはいえ、フェリクス殿下の情報網なら有り得るかもしれない。

「決定的な証拠はないし、それだけ。……ねえ、そんな危険人物に認識されてしまったなら、レイラは私の傍に居るべきだと思うんだ。ううん、居るべきだ」

 耳元で囁く声はやけに優しげなのに有無を言わさぬ強引さがあった。

 まるで見えない糸に絡め取られるような錯覚に、私は、ふるりと身震いした。

 薄氷の上みたいな、答えを間違えたら一巻の終わりなような……。

 ……気の所為だわ。

 フェリクス殿下に限って、そんなことは。


 ただ、心配してくれているだけ。


「ね? レイラ、良いよね。貴女のことが心配なだけなんだ」


 手首を掴む手がキュッと締まった。

 フェリクス殿下の綺麗な指先の爪が、一瞬だけ私の肌に軽く食い込む。

「……っ!」

「良い提案だと思うんだ。もちろん、不自由はさせないし」


 ただ、私のことを心配して提案してくださっているだけだと分かっているのに、何故だろう?


 フェリクス殿下が怖いと、そう感じてしまうのは。


 俯きそうになるのを自分の意志を総動員して必死で堪える。

 今、フェリクス殿下から目を逸らしては駄目な気がする。

 これは私の第六感だ。

 蛇に睨まれた蛙。もしくは追い詰められた小動物か。


 優しくかけられる声に威圧感を覚え、私を見つめる優しげな瞳は、仄かに薄暗い光が宿っており、いつもより無機質で造りものめいていた。


 綺麗な人。

 こんな時なのにそう思って。


 よく分からないけれど、不安にさせてしまっていることが分かったから、私は素直に頷いた。


「分かりました。フェリクス殿下の隣はこの世で一番安全ですから、否やはありませんよ」

「……うん。良い子だね」

 いつもの優しげな微笑みと、嬉しそうな声。

 この場の緊張感が弛み、張り詰めていた空気はいとも簡単に解放された。

「とりあえず仕事中は、リアム様に付いてもらうのはもちろん、なるべく医務室から出ないようにしますから」

「そうしてもらうと安心する」

 私のことを気にして、彼の執務に悪影響を及ぼすのは嫌だ。

 それなら大人しくしているべきだと思う。

「孤児院訪問はフェリクス殿下も一緒なら良いですか?ほら、今日、話を聞きに行く予定でしょう?」

「うん。視察に行くことは決まっているし、私もレイラが隣に居ると安心するから」

 そう言ってフェリクス殿下は強めに握っていた手のひらをそっと解くと、今度は正面から優しく抱き締めてきた。

「殿下?」

「……レイラ、……レイラ、レイラ」

 何度も名前を呼ばれて、私は戸惑いながら彼の背中をそっとさすさすと撫でる。


 とりあえず怒ってはいないようで安心していたが、ルナが突然ぶっ込んできた。

『ご主人、今の対応は完璧だったぞ。今の問いかけに対する答えを間違えれば、……閉じ込められるくらいはあったかもしれないからな』


 ビックーン!と体を震わせる私に、フェリクス殿下が「どうしたの?」と声をかけてきたので、私は誤魔化すように彼の胸元に顔を埋めて、そのまま抱き着いた。

 私の心臓はドキドキとしている。

 恋のときめきとかじゃなくて、別の意味で。


 危なっ!!

 私、監禁か軟禁されるフラグが立ってたの!? 怖っ!


『情緒不安定なようだからな。しばらく好きにさせてやれ。ご主人自身のためにも』

 コクコクと頷きつつ、フェリクス殿下の体に身を預けて、あざとすぎるとは思ったが頭を擦り寄せてみた。


「今日、孤児院訪問したら、私の元に来てくれる?」

「はい。明日からは王城からの出勤ですね。よろしくお願いしますね」


 あえて明るく言ってみるのは、とにかくルナの言葉が衝撃的すぎたからだ。



 そして、その放課後に以前も赴いた孤児院へと向かったのだが。


「あっ! 筋肉姫! 久しぶりだなっ!」

「筋肉姫、結局王子様と結婚することになったの? おめでとう! あれ? こういうの玉の輿って言うんだっけ?」

「ドロドロの女の戦いを越えて、勝利を収めた筋肉姫に拍手をー!」

 パチパチパチという拍手と囃し立てるような子どもたちの歓声。

 突っ込みたいことは色々あるけれど、とりあえず。


「お願いだから! 筋肉姫は! 止めてっ!」


 なんと、ニックネームが継続したままだった。

 以前に畑を作った際に、魔術で身体強化をしていたため、筋肉ムキムキだと誤解されたまま、筋肉姫というあだ名が定着したのだ。


『筋肉、とか、ただの肉とか、おっぱいとかゴリラではなくて良かったではないか。姫が付いているだけ雌扱いされているぞ』

「……」


 ルナのフォローが悲しい。

 そうなんだけど、そうじゃない。


 先程から私の横で肩を震わせながら忍び笑いをしているフェリクス殿下。

 少し彼の機嫌が治っただけ良しとしよう。うん。

 上品に笑った後、フェリクス殿下が目に浮かぶ涙を指で軽く拭う。

 そこまで受けたのか。筋肉姫の何が面白いのか。

「レイラは確かに強いけど、私にとっては可愛いお姫様なんだ。からかいたくなる気持ちも分かるけど、程々にしてあげて」

 フェリクス殿下の恥ずかしすぎる台詞に、子どもたちはヒューヒューと口笛の真似をする。

 特に女の子たちのテンションは高い。キャーキャー言っていた。


「ほら、素敵な王子様とお姫様はセットなのよ! 筋肉姫はロマンないから言うの止めなさい、男子!」

「あっ! じゃあ、もしかして筋肉姫より強いの!? 強いんですか? フェリクス殿下!」

 わっと群がる子どもたちにフェリクス殿下は、ほんの少し口元を和らげると、私の腰を引き寄せる。

 寸前に見たのは悪戯っ子のような目。


「ちょっ! きゃあ!」

 さっと、視界が浮いた。いや、高くなった。


「わああああ!お姫様抱っこだ!」

「筋肉姫と筋肉王子だー!!」


 気が付けば横抱き──お姫様抱っこをされていて、子どもたちの黄色い声に囲まれていた。


「ちょっ……何を! 殿下!」

「ほら、レイラは筋肉姫というより、ただの可憐な姫君でしょう? からかいたくなる気持ちは分かるけど」

『何故、二回言った』

 からかいがいがあると言われて喜ぶ人など居ないと思います、殿下。

 しかも、しばらく抱えられた。解せぬ。

 そうしてしばらく囲まれていたが、フェリクス殿下は子どもたちを扱うのが上手かった。


 というか、王族の威厳のようなものだろうか。

 彼の声音は、従わなければいけないと本能的に感じるところがあるのかもしれない。

 私は玩具にされてばかりだったのに、フェリクス殿下は子どもたちをあっという間に掌握していた。

「仕事だ。うん、私は国に関わる重要な任務を受けているんだ。だから責任者──孤児院長の部屋を教えてくれないか?」

 子どもたちは目をキラキラさせて孤児院長室の場所を説明していて、やがてフェリクス殿下は「ありがとう」と真面目くさったシリアスっぽい声で決めて、私をさり気なく引っ張って行った。


 たぶんだけど、殿下。孤児院長室の場所は最初から知っていた気がする。


「筋肉姫か。まさかのあだ名に驚いたけど、ムキになるレイラも愛らしかったよ。頬を膨らませるから、つついてみたくなった」

 と、言いつつ既に私の頬をつついている。

「レイラは落ち着く雰囲気を持っているから、子どもたちも安心するんだと思うよ。だからきっと、あんな風に楽しそうにレイラをからかったりするんじゃないかな」

「ただ、年上の威厳がないだけな気も……」

「癒し系なんだよ、レイラは。無言で居られてもレイラとは気まずくならない気がする。もちろん、喧嘩の時は除くとして」


 フェリクス殿下が楽しそうで何よりだと私がホッと息を吐き出して。

 ふと前を向いた。


「っ……」

 フェリクス殿下の息が微かに漏れる気配。

 そのほんの一瞬の彼の動揺。

 何故かは分からなかった。


 少し離れた前方に居たのは、貴族。


 それは、サンチェスター公爵の姿だ。


 フェリクス殿下は何故、息を飲んだの?

 相手は仲の悪いクリムゾン相手ではないのに。


 そう疑問に思う間もなく。

「これはこれは、お久しぶりでございます? お二人は視察ですかな?」


 サンチェスター公爵の朗らかな声が私たちにかけられた。


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