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 フェリクス殿下と方針を決めた次の日。

 この日は学園は休日で、皆寮でゆっくりしているか出かけているか、しているそんな日。

 夏の暑さはなくなり、だんだんと秋が深まっていく頃のある日。


 学園内に生徒はおらず、教員と私のような医務官助手などが廊下を歩き回っている。

 叔父様は朝からまたどこかへ外出しているし、私はこれから外出だ。

 叔父様が投げ出した資料を整えて終わる頃には十時を回っていた。

 医務室の扉を施錠しようとポーチから鍵を手に取ったところで、よく知った声がかけられた。


「レイラ。今日は休日なのにどうしたんだ? まさか医務室に居るとは思わなかったぞ」

 彼は私を見つけてホッとしたような気がした。

「あら、ノエル様。私はこれから外出するところですよ。薬屋を巡っていくところなんです」

 鍵を閉めた後、彼の前に立つ。

 ノエル様は私よりもいくらか高い身長だが、周りがあまりにも高身長すぎて、悩んでいるらしい。

 フェリクス殿下は背が高いし、ユーリ殿下も血筋なのかノエル様より高い。

 ハロルド様は体付きが良すぎる。

 なので、私を前にすると何やらホッとした顔をする。

「随分と楽しそうな予定だな。だけどお前大丈夫なのか?外は危ないだろう。……僕がついて行ってやらんでもない」

 微妙に目を逸らしつつ、過保護なノエル様。

「ありがとうございます。ノエル様。せっかくなのですが実は──」

 護衛がついていることを説明しようとしたら、突然私の横にストンっと人が降ってきた。


「大丈夫っすよ。フェリクス殿下から護衛の任を受け、レイラ様についているこのリアムがいるので!」

「うううわあああああああ!! お前っ!突然、僕の前に現れるな!!」

 ノエル様は突然現れたリアム様に仰天し、腰を抜かして床に尻もちをついた。

「……あれ? これくらいで驚かれるとは心外なんすけど。びびり?びびりなの?」

 こんなにも驚かれるとは思わなかったリアムは悪気はないだろうけど、酷いことを言って首を傾げた。

「普通は! 驚くんだ! 僕はハロルドみたいに気配を察知するのは苦手なんだ!!」

 ぎゃあああす!とリアムを威嚇するノエル様に私は笑みを零す。

「心配してくださってありがとうございます。ノエル様。今日は大丈夫です」

「……まあ、お前がそう言うなら」

 ノエル様はそっぽを向いたが、チラチラとこちらを窺っている。

「ところでノエル様。私に何かご用でしょうか?」

「……あ、ああ。レイラと取引している魔法薬は足りているんだが、個人的に買いたいと思ってな。……仕入れた分は皆、予約されてしまったし……」

 はて?と私は首を傾げる。

「私から買わなくても、少量ならノエル様が作れるのに、何故ですか?」

 純粋に不思議に思って問いかけてみたら、ノエル様の顔がぶわああああっと一気に赤くなった。

「……まい、から」

 ぼそぼそとノエル様は呟いたが、もちろん聞こえない。

「えっ?」

「だから! 甘いからだ!!」

 やけくそに叫ぶノエル様に私とルナとリアム様は目が点になった。

 甘い?何かと思えば、ノエル様は早口で理由を説明し始めた。

「……っ、レイラの作る魔法薬は、ほのかに甘いんだ! 本人の魔力の質や魔力の込め方が関わっているんだと思うけど……だからっ!」

「平たく言えば、ノエル様はあれっすね。レイラ様の作る魔法薬の虜になってしまったと──」

「ち、違っ! 別に、それがなければ生きていけないという訳ではないしな! ただ、僕が作るのより味が良いから、品質も同じくらいなんだしどうせ使うなら美味い方が良いと思っただけだ。別に深い意味はないし、別にからかわれる筋合いもないからな! 別にどうしても譲れって言ってる訳じゃない!」

『何回言っているのだろうな。別に、を』

 私はごそごそとポーチの中を探ると、ガラス瓶の中に入った魔法薬を取り出した。

 ちゃぽんと、水面が揺れる。

「いつもノエル様にはお世話になっておりますし、二つ差し上げます」

「えっ、いやでも。買うから……」

「少しくらいならお裾分けです。友人なら、よくあることでしょう」

「ゆ、ゆうじん……」

 ノエル様は、一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐにハッとした顔になり、緩んだ顔を引き締めた。

「す、すまないな。一応、もらっておく。無理はしないように」

「はい。ノエル様、また」


 手を振って表玄関へと向かう最中、リアム様がポツリと呟いた。

「これがフェリクス殿下を落とした魔性の女の実力……」

「なんですか、それは」

 魔性の女!? 人聞きの悪い。

 納得いかない私をリアム様は「まあまあ」と宥めつつ、隠形魔術で姿を消した。

 あ、逃げた。


 話し相手は魔術で潜んだので、私は市井に下りて、マイナーな薬草を取り扱っている薬屋に顔を出すことにした。

 今日の目的の一つは、孤児院に持っていくお土産の薬草だ。

 珍しいものをお裾分けに持っていくという理由なら、さほど不自然ではないからだ。

「あら、レイラ様。お久しぶりですね」

「お久しぶりです。こちらに書いてある薬草を三種類ずついただけませんか?」

 薬草の名が書いてあるメモ用紙を渡すと、店主の男性は「相変わらず良い買い物っぷりですね」と微笑んだ。

 学園と契約した取引先もあるのだけれど、こうしたこじんまりとした薬屋ではたまにレアな薬草が出回ってくることがある。

 それから、品質がとてつもなく素晴らしかったりと掘り出し物もあるので、採取などに頼りきりになるのではなく、こうして店巡りをするのも業務の一環だ。

 一部では取引契約もしているので、回るのは必須だった。

 値段交渉も出来るので、叔父様には任せておけないけれど。

 叔父様は以前、「釣りは要りませんよ」とか言って財布を置いていったことがあるので信用していない。計算出来る癖に面倒になったのだと思う。大人として酷すぎる。

「あっ……これは」

『ほう。ご主人。これはいつも使っている薬草ではないか』

「……品質が良い…………。しかもこの品質でこの値段。大量に買い込んでも今なら買い置き出来るし、何しろ安い。保存魔術でどうにかなりそうね。…………こちらの薬草もいただけませんか?」

「以前来られた時と量は一緒でよろしいですか?」

「はい。お願いします。後日、配達でお願いします」

 店主に薬草を包んでもらい、箱の中を見せてもらう。一般に出回っている保存魔術の護符が貼り付けてあるのを確認した後、孤児院に持っていく分だけ持って、薬屋を後にした。


 それから数件、薬屋を周り、ポーチに詰めるだけ詰めて、最後の薬屋へと向かう最中。

 廃墟ばかりのエリア──人気の少ない裏通りを通っていた時のこと。

 以前の私は、ここをいつも平然と通っていたけれど、今の情勢ではここに来るのは護衛なしでは──いや、護衛ありでも危険かもしれない。

 今後の取引を取りやめるべきかと考えてながら歩いていたら。

 唐突にストンとリアムが上から降りてきた。

 ……どこに居たのだろう? 空中……とか?

「レイラ様。数メートル先の廃墟に弱った魔力反応があるんすけど、どーします? 危険はなさそうだけど、念の為」

「……病人かもしれませんし、様子を見たいと思います」

「いや、でもレイラ様。こんなところに居る人間ですよ?こんな廃墟に」

「病人の選り好みはしませんし、何かあっても私が切り伏せるので、安心してください、リアム様」

『ご主人が男前すぎる件について話し合いたいのだが』

 とりあえずルナの台詞は無視しておいた。


 雨風が防げそうな廃墟の中、奥に進んで行くと地面に転がっている人間の髪が見えた。


 茶色の髪に、薄汚れているが上等な服を着た男性。

 そっと近寄って見ると、若い男性であることが分かった。

 うつ伏せになっていたので抱き起こして仰向けに寝かせてみれば、その男性は眼鏡をかけていた。

「……?」

 どこかで見たことあるような気がするような?

 気道を確保して、トントンと肩をたたく。

「……意識はありますか?」

「…………」

 そっと耳を心臓の辺りに当ててみて驚愕した。

「……鼓動が弱い!?」

 彼の口元に耳を当ててみれば、呼吸は正常なのが意味分からない。

 魔力切れを起こしているし、異様な状態なのは分かった。


「リアム様。廃墟の入口を見張っていただけますか?」

「かしこまりー」

 リアム様は廃墟の入口へとタッタカ駆けて行った。入口はここから割と遠い。

『緊張感がないな、あの男』


 眼鏡の男性の胸元を緩めて、とりあえず心臓マッサージを試みながら、ルナに声をかける。

「ルナ。ポーチから魔力充填機器を出してくれる?」

 空間魔術で大きなものもたくさん収納出来る愛用のポーチから、ルナは前足で器用にある機械を取り出した。

 魔力充填機器。その名の通り、魔力を充填する医療機器である。

 心臓マッサージをして心臓を動かして、血液の流れを円滑にしたところで、魔力充填機器で人工的に魔力を充填していくのだ。

 魔術師が吸収か何かの魔術を受けて、魔力切れを起こしている場合、意識を失っていることが多いため、こうして医療用の魔力を使うのが最善とされている。

 意識のある時はともかく、魔力切れで意識を失っている時に直接魔力を供給するのは負担なのだ。

 魔力充填機器は叔父様が改良に改良を重ねた発明品だ。

 前世で見たAEDみたいな形をしている。

 使い方もほとんど同じなので、馴染みがある。

 男性の上半身を見て、私は息を飲んだ。

 それ程までに酷かったからだ。

「この人、体中が傷だらけ。治癒魔術が少しかけられているけれど、本当に必要最低限……」

『虐待の跡だな、これは。殴る。蹴る。火傷に凍傷。これは治療されているが体に穴を開けられた痕。それから魔力の吸収だ。ご主人、起動させたぞ』

「ありがとう、ルナ」

 濡らしたタオルでとりあえず顔を拭こうと男性の眼鏡を外して──。

「…………」

 私は思わず眼鏡を戻した。


『ご主人、そなたの使っている眼鏡と同じ効果だぞ、この眼鏡』

 つまりは素顔を知られたくないから、かけていた訳で。



「……これは一体どういうことなの? アビス」



『おや、ようやく気付かれましたか、レディ。ずっと気付かれないかと思いました』


 隠れていたらしいクリムゾンの精霊であるアビスが眼鏡姿の男性──クリムゾンの影から現れた。

 この男性は伊達眼鏡で身元を隠していたクリムゾンだったのだ。


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