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「およそ三十秒で全てが終わったんすよ」

 これは、その場に居合わせたリアム様の証言である。


「口を開かせたら最後だと思ったので」

 こちらは私の叔父、セオドア=ヴィヴィアンヌの供述である。


「ええと? 簡単にまとめて説明してくれる?」

 リアム様は軽く頷いて、説明した。

「リーリエ=ジュエルムが傷をこさえて来訪。何かを言おうとする度に『あー! あー! 聞こえませーん』と大きな声でヴィヴィアンヌ医務官が遮り、傷口を魔術で治療し、絆創膏を貼って追放。以上!」

『他に何かなかったのだろうか』

 ルナはじとーっと叔父様を見つめている。

 わざとらしいというか、子ども染みた誤魔化し方である。

「ああいう話が通じない人には、まともに関わるのは無駄なんですよ。脳内で都合良く変換されるから、話すだけ無駄」

「などというヴィヴィアンヌ医務官の方針により、騎士もビックリの速さでお帰りになったんすよね。めでたし、めでたし」

 話が終わってしまった。なんかもっと厄介そうなイメージがあったのだけど。

「以前、あの令嬢を半泣きにさせたことがあったのでどうやら僕、苦手意識を持たれていたようです。僕の顔を見た途端、顔を歪めていましたから」

「結局、リーリエ様は感情を表に出さないように出来なかったのですね」

 私はそっと目を伏せた。

「せめて、無表情になるくらいは出来ると良いんですけどね。あれは貴族に居ても問題を起こすだけっすよ。才能がないんじゃないですかね?」

 リアム様は何気にキツイことを笑顔で言う人だ。

 これまでのフェリクス殿下の話を聞いていたからかもしれないけど。

 それにしても来訪理由が普通だ。

「傷をこさえてということは、理由としては完璧ですね……?」

 どうやらリーリエ様は怪我をしてここに来たらしい。

 私の言葉に、叔父様はやれやれと首を振った。

「マトモな理由だから表立って何も言えなかったんですよ、レイラ。それを盾に『さあ入れろ』と言われれば手当するしかないですよね。私たちは医療従事者なのですから」

「そうですね? 正論です」

 突撃して来たとしても、怪我しているのなら手当しないといけないし、追い返す訳にはいかない。

「明らかに別の用件があるとしても怪我は怪我。自分で治せって言う訳にもいきませんよ。騎士たちもそれを言うのは、はばかられたんですよ」

「意外と頭使えたんだなって思ったんすよ」

 この人たち、けっこう毒舌だなあ。

『日頃の行いは大事だと思い知らされる瞬間だな』

 日頃から殿下が苦労しているのを知っているリアム様はともかくとして、叔父様は何故リーリエ様に敵愾心を抱いているのか。

 もしかして、前に邪魔されたのをまだ根に持って……?

 以前、私と魔術談義をしていた時にリーリエ様が乱入してきたことがあった。

 その時、叔父様は大人げなく怒り始めたのだけど……。

 それにしても根に持ちすぎじゃない?

 うわあ……。叔父様が熟考している時は、余程のことがない限り、声をかけないようにしよう……。

「では、対応が終わったので、僕は研究室に籠ることにします。レイラ、後はよろしく頼みますよ」

 叔父様が話は終わりだとばかりに、軽い足取りで奥の部屋へと歩いていく。

 ガチャリと施錠する音が聞こえた。

『これはしばらく出てこないな』

 ルナも大体分かるようになっているのが面白い。


 チラリと時計を見ると、そろそろ今日最後の授業が始まる時刻だった。

「フェリクス殿下は、この後ご予定は?」

「今日のこの後の時間帯に授業は取ってないから、後は執務かな。……とその前に、レイラに報告したいことがあってね。大司祭の余罪なんだけど、一日ですごい情報が出てきた。そのせいでこの後、私は陛下の隠蔽工作を手伝わなければならない」

「何を見つけたのですか?」

 授業中のため、生徒は皆戻って行った。今もベッドを使う生徒しか居ない。

 フェリクス殿下は、私と自分の半径一メートル以内に防音魔術の結界を張った。どうやら、これから話してくれるらしい。

 横領とか、そういった金銭的な罪だろうか?

 汚職事件と聞いてから、もう何の情報が出ても驚かないつもりで居たけれど、フェリクス殿下の追加情報はとてつもないものだった。


「人身売買!? 大司祭が……ですか?」

「そう。信じられないかもしれないけど、孤児院の子どもたちを養子に出したと書類で偽って、売り捌いていたんだ。闇取引で有名なレザレクションを使わずに独自のルートを使って」

「……っ」

 神の道どころか、人の道を外れている。

 何の罪もない子どもたちを人身売買しているという大罪。

 しかも、それは私たちが以前訪れた孤児院を介して行われたらしい。

 孤児院の子どもたちの顔が過ぎり、ぎゅっと白衣を握り締める。

 クリムゾンが人身売買をしているという情報を耳にした時よりもさらに強い嫌悪感に襲われたのだ。

 それと、同時にアビスの言葉を思い出した。


『狙われる予定のターゲットは大物です。最近調子に乗って──こほん。幅を効かせて神の道を外れてしまっております故。あの男──我が主の主人が邪魔だからと消すようにと、我が主に手配を頼みました』


 クリムゾンの主が邪魔だと消したくなる相手。


 私の頭は急速回転をし始める。

 何故、クリムゾンの主は大司祭を邪魔だと思ったのか。

 子どもたちを売買しているから?

 見るに見兼ねて、処分するようにと命令した?

 いや、違う。

 邪魔だから消すようにと、言ったのだ。

 神の道を外れているからとか、人の道を外れているからではなく、その男にとって不都合だったから。

 それは正義から来るものではなく、言葉通りの意味に聞こえやしないか?

 クリムゾンの主にとって、孤児を売買する大司祭は邪魔だった。

 何故?



 自分も同業者だから?



 クリムゾンがいつか口にした子どもたちが殺されるという言葉。

 大司祭が人身売買をするのを邪魔だと思うくらいだ。

 もしかしたら、これから子どもたちを売買する予定があるということ?

 恐ろしい想像が頭の中を過ぎっていくが、これをフェリクス殿下に伝えることは出来ないだろう。

 契約魔術があるし……。


 諦めかけた私だったが、ふと契約魔術の内容を思い出す。

 私は彼と契約魔術で契約を交わした。

 魔術で話すのを制限されているけれど、口に出せないのは以下の通り。

 クリムゾン=カタストロフィとブレイン=サンチェスターが同一人物であることと、彼が精霊と契約していること。

 そして、それらを匂わせること。

 今……気付いた。

 気付くのが遅すぎたかもしれない。

 彼らが()()()()()()()()()()()()()()()ということに、気付いた。

 クリムゾンと私に面識があることは口に出来ない。それを口にすれば芋づる式にブレインと繋がるかもしれないからだ。

 だけど、ブレイン自身ではなく、彼の属する公爵家が疑われるならどうだろう?

 彼個人ではない。

 私はあくまで、契約する時に聞いたブレインの台詞に疑問を持っただけなのだから!


 突然、悶々と考え込んだ私をフェリクス殿下は静かに見守ってくれていた。

 私はおもむろに顔を上げる。

「フェリクス殿下。誰なのかは分かりませんがブレイン様には主が居て、その主は子どもを庇護下に置いているそうです。ただ、あまり待遇が良くはなさそうでした。乱暴かもしれませんが、子どもたち繋がりでこの件と関係あるのでは?というのは私見です。これまでブレイン様の主というのが分かりませんでしたが、サンチェスター公爵家を調べれば、何か分かるかもしれません!」

 やっぱり言えた! よく考えたら、これってクリムゾンの正体と関係ないことだもの!

「え? ブレインがそう言っていたの?」

 ブレインの主発言は、フェリクス殿下も知らなかったらしい。

 私の突然すぎる発言にフェリクス殿下は目を見開いて。

 それからすぐに目を細めた。

 これをこのタイミングで言うのは、サンチェスター公爵家を疑えと言っているようなものだ。


 だけど、疑われるのはサンチェスター公爵家であって、クリムゾンとブレインの関係性が疑われる訳ではないのだ。

 精霊が居ることだってバレていない。

 契約時のことはほとんど話せないし、クリムゾンの正体がバレたら子どもたちが殺されるという一点を話すことは当然出来ないけれど、私の私見は話せるらしい。

 条件クリアだ。……盲点だった。

 サンチェスター公爵家を調べていけば、もしかしたら、新たな情報が掘り出されるかもしれない。

 回り回ってクリムゾンの主の正体が分かるかもしれないし。

 クリムゾンの主というのが、公爵自身のことなのか、他に居るのか見当がつかないけれど。

 さすがにここまで遠回しなら、術式に阻まれることだってないだろう。

「ブレインのところか。サンチェスター公爵は孤児たちを引き取ったという話もある」

「慈善事業だけではなかったのですね」

 その引き取った孤児たちはどうしているのだろうか?

「公爵家令息であるブレインの主と呼ばれる者が何かしているなら、どの道、公爵家も無関係ではないよね。どのような繋がりがあるか分からないし、何か手がかりがあるかもしれない……か。同じ孤児繋がりで情報を得ているかもしれないね。元々私はサンチェスター公爵のことも信じていないから、疑うという方向性で捜査するよ」

「はい、それで構いません。それから大司祭のこともありますし、孤児院なんですが──」


 そして話し合い、大まかなことを決めた。

 私とフェリクス殿下で、事業という名目で、以前行った孤児院へ再訪して、まずは状況を把握して来ること。

 私はヴィヴィアンヌ家として、共同事業に関わっていたから参加しやすいはず。

 様子を見に来ると同時に、薬の材料を届けに行けば怪しまれないだろう。

 私が医療面の様子を見に来た名目にもなる。

 大司祭のことについて、それから、サンチェスター公爵家のことも子どもたちにさり気なく印象を聞いておくのだ。


 だんだん方針が決まってきた。


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