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「なるほど。なら隠れようか」

 フェリクス殿下は事情を聞くと即答した。

 事情を聞いた後、彼はタイミング悪く来てしまったことを申し訳なく思っているようだった。

「フェリクス殿下もレイラと奥の部屋に隠れた方がよろしいのでは?」

 叔父様の言う通り、今のリーリエ様の前にフェリクス殿下が姿を表すのも何かと問題だ。

「フェリクス殿下は何か御用があったのではありませんか?」

「レイラの顔を見に来たのと、ちょっとヴィヴィアンヌ医務官に苦情があって」

「叔父様……?」

 今度は何をやらかしたのかと疑いの目でジトリと見つめていれば、彼は若干慌てている。

「誤解ですよ、レイラ。研究で不利益を被るようなことはしていません! 何故、レイラは僕を疑いの目で見るのです?」

『強いて言うなら、日頃の行いだろうか』

 ごもっともである。

 ルナは私の影から出たまま、話に参加した。

「ルナ様まで……。僕には何も覚えがありませんよ」

 本気で覚えがないのか困り果てている叔父様。

 フェリクス殿下は、「地下室の話」と一言呟いた。

 地下室の話?

 フェリクス殿下はチラリと私を見た後、叔父様に向き直り、小さな声で呟きながら言う。

「例の薬を服用させた彼ら。効果を解除せずにそのまま置いてきたそうだけど……どうする気なの? 看守の者たちから苦情が来ている」

 例の薬?満月の狂気のことだろうか?

 その口ぶりから実験台にしているらしい。

 確か、前に私とお兄様を襲ってきた罪人相手だったはずだ。

「ああ。騒がしかったですかね? それはですね。三日程、経過観察をしようと──」

「お願いだから帰る前に元に戻しておいてくれないか?実験の続きは次回にしてくれ」

 叔父様は不満そうだったけれど、王太子からの頼みとあらば何も言えないのか、「分かりました」と頷いた。

 こうして王太子が直々に赴いたのは、おそらく叔父様へ苦情を申し入れる者が居なかった……というか見つからなかったかららしい。

 叔父様は、侯爵であるお父様の血縁者。貴族という身分もあるし、魔術の権威と言われているから口出し出来る者も限られているからだ。

 その中でもフェリクス殿下は学園関係者だし、その関係でここに来たのだろう。

 なんだろう。フェリクス殿下、中間管理職みたいな立ち位置のような……?

 まだ十五歳なのに……。

 それにしても。

「王城の地下室で今も行われていたのですね」

「そうですね。王城の地下室で、満月の狂気の実験は今も行われています。もちろん、罪人とはいえ丁重に扱っておりますよ。傷は治しておりますし、精神状態も良好です。今回は三日程、経過観察のために時間をいただいているから特別なんです」

「……丁重に扱う……、精神状態も良好……うん。そうか。……うん」

 フェリクス殿下が遠い目をしているような気がするのは気のせいだろうか。

「もしかして叔父様、実験とか言って酷いことをしていたりしないわよね?」

「帰宅する際には、元通りですよ?」

 嘘は言っていないようだった。

『元通り……。つまり、元に戻さないといけない何かが起こったという訳か』

 叔父様は、私たちから目を逸らしつつ、誤魔化すようにして話を転換させた。

「フェリクス殿下こそ、うちのレイラとかなり噂になっておりますよ? 二人は婚約者ですし、禁止されている訳ではないかもしれませんが、レイラの保護者として言わせていただきます。なるべく婚前交渉は避けるべきなのでは?」

『この男が珍しく保護者らしきことを言っている……だと』

 そこ驚くところ違うし、あまり昨日のことを話題にされるのは……恥ずかしかった。

 叔父様はルナが何かを発言する度に、チラチラとルナを気にしていた。こういう時でもいつも通りすぎる。

 フェリクス殿下は、そんな追求にしれっとこう返した。

「私の部屋は、魔術が施されていて防犯上、一番安全なんだ。それにレイラと一線は越えてないよ。ならば至って健全だ」

 け、健全?

 キスマークを付けておいて、健全?

 爽やかな微笑みには、疚しさなど一欠片も存在していなかった。

 う、嘘は言っていないけれど。昨日のあれこれを知っている私とすれば、それに素直に頷くことは出来ない。

『……』

 ルナはフェリクス殿下をじとーっ……と見ていた。

「成程。王太子の部屋にかけられた術式ですか……!」

『この叔父、興味がすぐに移ったぞ』

 叔父様。変わり身が早すぎやしませんかね?


 収拾がつかなくなりそうだったので、私はフェリクス殿下を医務室の奥の研究室へと連れて行った。

 最近、よくこの部屋を借りている気がする。


 部屋に入る瞬間、フェリクス殿下が「リアム」と名前を呼んだ。


「すぐそこに居るんだろう? 君は医務室の中で待機してくれれば良い」

「御意!」

 私の後方、ぐっと握った拳が指を立てているのを見た。

 体は見えなくて、手だけ見えた。つまり手だけ浮いているように見えるのだ。

「ええ!?」

 ここに彼が居ることにも気付いていなかった私だったが、フェリクス殿下は驚きの真相を教えてくれる。

「少し前からレイラの護衛の任に付いているからね。実は、今日の朝、私の部屋から出て行った直後からずっと、レイラを護衛していたんだよ」

「き、気付かなかったです……」

『ふむ、私が察知出来ないということは、極限まで隠形魔術を極めていたと同時に、ギリギリ察知出来ない程には離れた距離から、護衛していたということか』

 ルナが珍しく感心していた。どうやら工夫に工夫を重ねた熟練の技だったらしい。

 そんな新事実をしりつつ、リアム様はそのまま医務室で待機してもらうことになった。

「では、後程! 詳しく報告しますんで!」

 リアム様の姿が掻き消え、本当に察知出来なくなってしまった。


 隠れている私たちの代わりに目になってくれるらしい。

 医務室の奥の扉にフェリクス殿下と二人隠れる際、叔父様は同情するように呟いた。

「レイラも変な人に目を付けられたんですね。ぶっ飛んだ思考の人の相手は大変ですよね」

『この叔父が今の台詞を言うことに違和感を覚えるのは私だけだろうか』

 私にだけ聞こえるようにルナは呟いた。

 ルナの叔父様に対するイメージって。


 パタン、ガチャ。


 魔術で施錠されてハッと気付いた。

 なんとなく流れで、奥の部屋に閉じこもったけれど、これってもしかして、フェリクス殿下と二人きり!? この展開は非常に困る。

 自分では恋愛脳のつもりはなかったのだけど、今の私はすぐに戸惑ってしまうし……。

 たぶん……いや絶対、ドキドキしている場合ではないのだけど、フェリクス殿下相手だとどんな時もときめいてしまう。

 恋愛脳だと知られてフェリクス殿下に呆れられたらどうしよう?

 今、彼と二人きりの状況で思い出さなくても良いあんなことやこんなことが蘇ってくるのだ。

 うう。フェリクス殿下、二人きりだとグイグイ来るのだもの。

 ど、どうしよう? ……うう。恥ずかしい。

 顔が熱くて仕方ない。動悸が。

 いやいや、待って。落ち着いて。ルナが居る!


『……ご主人。私を盾代わりに使うのはどうかと思う』

 私は狼姿のルナの後ろへ咄嗟に隠れていた。

「レイラ?」

 フェリクス殿下がルナ越しに私に手を伸ばして、私はその手をサッと避けた。

「もしかして朝、からかい過ぎたかな? すごく警戒されてる。……可愛いけど」

 ひえっ……!?

 なんか目が肉食系になってる!?

 下唇をチロリと軽く舐める仕草が少々野性的だった。

『私を挟むのは止めてくれないだろうか?』

 あまりの正論に、なんとなく申し訳なくなって、ルナの狼の背中からそっと抜け出して、さり気なく距離を取りサッと壁際に背中を付ける。

 こ、これで背中は守られた!

 背中を壁や本棚などに添わせるようにして、近付いてくるフェリクス殿下を正面に保ちつつ、横にズレて距離を取っていく。


「ええと? どうしたの? レイラ」

 そもそも、私ばかりが焦っていて、フェリクス殿下が平然としているのが納得いかない。


「フェリクス殿下。この距離を保ったまま、しばらく隠れていましょう!」

「何故? 傍にレイラが居るのに、触るなって言うの?」

「えっと、その……今は……」

 しどろもどろになる私にフェリクス殿下が微笑んで、「おいで?」と腕を広げて。


『ご主人。そなた、単純すぎやしないだろうか』


「うう……知ってる。知ってるんです……! 私が単純なことは!」

 いつの間にか私はフェリクス殿下の傍に吸い寄せられるように近付いていて、その腕の中に抱かれていた。


 うう。私はなんてチョロい……。


 好きな人からの「おいで」に逆らうことが出来なかった。

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