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ありがとうございます!
天使の羽のような髪色の少年。
美しい風貌と憂いを帯びた瞳。整った中性的な顔立ち。
彼はそっと唇を開くと、高くも低くもない美しい声でこう言った。
「レイラ=ヴィヴィアンヌ嬢。何を言っているか分からないと思いますが、嘘偽りはないのでお耳に入れて頂きたいのです」
「はい。お聞きします」
リーリエ様の精霊が私に何の用なのだろう?
私にルナが居ることはおそらく気付いていない。
私が闇の魔力の持ち主で、彼の本来の姿を目にすることが出来ることは知っているのだろうか?
今まで光の精霊と全く関わりがなかったから分からない。
訝しがる思いもあったが、とにかく普通に会話をしてみなければ始まらない。
「……」
光の精霊は何かを言おうとして、口を閉ざした。
「ゆっくりで良いですよ? 必要なことだけで構いませんし、全てを話さなくても良いのです」
「……はい。ありがとうございます」
口を開閉し、何かに懊悩しながら彼はやがてこう言った。
「訳が分からないとお思いでしょうが……、授業が終わり次第、リーリエ=ジュエルムという少女が貴女のところへ向かおうとしています。人間たちとの約束で、貴女との接触は固く禁じられたというのに」
「え?」
予想外の返答に、私は目を見開いた。
「会ったら確実に貴女に迷惑をかけると思います。彼女は自分の感情を制することが出来ないから、枷を付けていてもそれを魔力任せに破壊することも出来るのです。貴女と会ったら感情が高ぶって、そのようなことも有り得るかもしれません」
枷が破壊されたら、確かに問題だ。あれは今まで破られたことのない代物だった。
歴代の魔力が強い光の魔力保持者はもしかしたら破ることが出来たのかもしれないけど、光の魔力保持者があの枷を付けられた前例はない。リーリエ様は本当に例外だったのだ。
あの枷が破壊されたら、それを多くの者たちに知られたら、リーリエ様を利用しようと悪人が忍び寄るかもしれない。
確かに、それは厄介だった。
「……」
光の精霊は目を伏せた。
「伝えたいのはそれだけ……です。これから彼女が来るだろうから、顔を合わせないようにした方が良いと……。人の営みには詳しくないですが、少しは学びました。なんとなく良くないことくらいは、分かります。愚かな私でも。……………………ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
礼をして彼は医務室から去って行った。
そして部屋から出る瞬間、彼は独り言を零した。
「……私は、この世界に自分の功績を残したくて、彼女と契約したのに……」
虚ろな声だった。
自分でも独り言を言っている自覚はないのか、彼はそのまま去って行く。
「…………」
思わず私が黙っていれば、ルナが影から這い出した。
『若いな、あれの精神も。契約者を選ぶ際に見誤ったと見える』
「若い精霊だって言っていたよね」
授業が終わるまで後、三十分。
思わず時計を確認する。
『あれはおそらく自己顕示欲の塊みたいなものだろうな。若い精霊なら、皆一度は思ったことがあるだろう。この世界に自らの軌跡を残したい、と。実際にあの精霊のように行動をする精霊は珍しいが』
「自己顕示欲……。あの精霊は、自らの力を試したくてリーリエ様と契約したということ?」
ルナやアビスとは契約理由が違う。彼らは契約者が気に入ったとか面白そうとか、そういう理由だった。
『まあ、似たようなものだ。精霊一人で世界がどうなる訳でもない。あの精霊は若く、まだ精神が未熟だから、それを知らぬ』
老成したような物言いだった。ルナが私よりもずっと長く生きているということを、改めて実感した。
精霊にも一人一人感情があって、考え方があって、長い年月をかけて世の理を悟っていくのかもしれない。
『若いということはまっさらで無垢な精神だからな。どのようにも転がってしまうだろう』
「リーリエ様とは相性が悪かったの?」
『そうとは言いきれないが。リーリエという人間は良くも悪くも真っ直ぐな人間に見える。それにあの精霊は主と性質が良く似ていて、素直で真っ直ぐな性質だろう。行動力もあった。ただ、人間と契約するには、圧倒的に経験不足だったのだ』
リーリエ様は元々悪い人ではなかった。自分の目の前のことしか見えず、暴走してしまったけれど。選択を間違えなければ、ここまで人に疎まれることもなかったのだ。
間違えなければ、その素直さや無邪気さ、真っ直ぐな人柄は、いつか人を引き付けたかもしれない。
リーリエ様を選んだということは、少なくともあの精霊も自分も似た性質を感じ取ったのだろうと思うし。
ただ、精霊との契約がリーリエ様を増長させる切っ掛けになったのが皮肉だった。
良くも悪くも……か。
人は良くも悪くも変わる。真っ直ぐで一生懸命なリーリエ様の性質も、采配次第でどうとでも転がってしまう。
何の運命か、彼らは今苦境に立たされている。
「世に何かを残したかったという感情自体は悪くないのにね。もっと、彼は色々と知るべきだったのかも」
『その通り。人の一生を左右するのだ。精霊が人間と契約するならもう少し長く生きて物を知った後でも良かった。長く生きてなお、それでも野心が残っているのならば、それは本物だ』
「ルナは……」
ルナはどうだったのか聞こうとして、止めた。そういうのはプライバシーに関わる。
昔のことなんて積極的に話すものでもないし。
その後、ルナが説明してくれたのだけど、精霊が契約を破棄することはそう簡単ではないらしい。
『契約を破棄した場合、かなりのダメージを受けるからな。百年程、眠りにつくことになる』
「百年……か。それは長いわね」
憔悴しきったあの精霊がリーリエ様との契約を破棄したかったとしても、百年は長すぎた。
『自業自得だろう。人の営みを大して知りもしない生まれたばかりの若い精霊が、貴族など分かる訳がないだろうに。長年生きた私ですら貴族の人間たちはよく分からない』
「ルナはけっこう詳しいと思うけど……。すごく気を使ってくれるし」
『ご主人の周りがあまりにも濃ゆいせいで、急速に鍛えられただけだ。主にあの犯罪者の兄とか』
ルナ……。何があったか分からないけど、お兄様はまだ犯罪者ではない。一応。
「……?」
ふと、視線を感じて振り向けば。
「きゃあ! 叔父様」
叔父様は自分の研究室の扉の隙間から、目だけを覗かせてこちらを見つめていた。
ほ、ホラー!?
がちゃり……と叔父様はゆっくりと扉から出てきて、それがあまりにも厳かで。
「叔父様?」
俯いていた叔父様の顔を覗き込もうとした瞬間だった。
ばっ!と叔父様は顔を上げると、私の肩をガシッと掴んだ。
「ああああああれは! 光の精霊の化けた姿ですか!?」
『あー。この叔父は一部始終を目撃していたのだな……』
しばらく叔父様は一人でクルクル回っていたり、「素晴らしきかな! 人生!」とか「未知の探求は甘美でありながら、さらに哲学!」とか意味不明のことを言って騒いでいた。
『頭がおかしい』
見慣れたはずのルナのことも今だにニヤニヤしながら眺めているくらいだからなあ。
そりゃあ新たな精霊を見つければ、こうなるか。
アビスは、叔父様に見られないように細心の注意を払っているらしく、まだ目撃されては居ない。
アビスが叔父様に見つかったらまた騒がれそうだ。
ふとアビスのことを思い出した瞬間。
「ハッ! レイラの周りに居れば、新たな精霊との出会いもあるのでは!?」
勘が鋭くて若干怖い……。
「とにかく叔父様! リーリエ様と接触しないためにも──」
私が言いかけた途端。
コンコンコン!
「……!?」
嘘。もう、リーリエ様がいらっしゃった!?
叔父様の研究室に篭ろうと思ったところで、ルナがふるふると首を振った。
『ご主人。危険人物などではないぞ』
「ルナが言うなら……」
何か用事がある生徒かもしれないと、閉めていた扉をガチャリと開けて。
「…………えっ?」
「レイラ。朝ぶりだね」
朝ぶりという言葉通り、今朝私を散々からかった私の婚約者──フェリクス殿下が爽やかに笑って立っていた。
確かに危険人物じゃないのは分かるけど!
そうなんだけども!
「おや? レイラ? 何がどうしたのですか?」
叔父様は純粋に不思議がっていた。
何しろ私は、叔父様の背中へとサッと隠れたからである。
フェリクス殿下の顔を見ると、動悸がするし、顔を見るだけで昨日のことを思い出してしまって顔が熱い。
どうすれば良いの?
待って。隠れるのは無礼よね……。
いや、でも……。
「何故私はレイラに避けられているの?」
『自分の胸に手を当ててよく考えてみると良い』
フェリクス殿下はルナの言った言葉は聞こえていないようだったが、何の偶然なのか、胸に手を当てて考え込んでいた。
ちょっと可愛いと思った。




