113
この部屋にかけられた防御系魔術。
強固な防御膜と防音魔術が部屋全体に普通にかけられていたのだが、その他の術式がまた凄かった。
反射。魔術による攻撃を跳ね返す魔術。
反撃。こちらは物理による攻撃を跳ね返して後ろに弾き飛ばす魔術。
無効。どんな魔術も打ち消す術式。
吸収。触れれば強制的に魔力が吸い取られる。
それから状態異常付与。光を除いた全属性分、それぞれが混合したえげつない術式。
火傷。凍傷。聴覚異常。麻痺。石や金属アレルギー。それから精神錯乱。腹痛。胃痛。頭痛。腰痛。貧血。
なんともバリエーション豊かなラインナップである。最後の方になるにつれて、だんだん投げやりになっているような気がしないでもないが。
まるで要塞のように、それらの魔術が施されているのだが、ルナに聞いて私はまず悲鳴を上げた。
この部屋、そんな物騒な魔術が重ねがけされているの!?と。
「もしかして、私はここから出てはいけないのでは……?」
『それは問題なさそうだ。王太子は普通に出入りしていたぞ。何か区別出来るような仕掛けが施されているのだろう。掃除も行き届いているようだし、使用人が全く入らない部屋ではないぞ。もしくは、王太子の就寝時のみ発動されるか』
確かに意識がない時は、そういう仕掛けをしていてもおかしくないかも。
「……就寝時…………」
何の話をしていても、変わらない。
ここがフェリクス殿下の部屋だということに!
「……どうしよう? ここ、殿下のベッドなの。私、寝ていて良いの?」
そわそわと起き上がろうとする私を、ルナは先程のように押し留めると、掛布の上から前足でポスンと乗せられる。
『とにかく落ち着け。ここが王太子の寝床だったとして、何をそこまで狼狽える必要があるのだ。そなたは婚約者なのだろう?』
「だって……」
私はシーツを軽く握り締め、鼻のところまで引き上げて顔を埋める。
心なしか良い香りがするのだもの。
ふわりと香る石けんの優しい香りに、おそらくフェリクス殿下ご自身の香りがプラスされている。
まるで抱き締められた時みたいで、ドキドキして落ち着かなくなる。
『……王太子の魔力の気配がするのだが、ご主人はそのままで良いのか』
「え」
『だから、部屋の外だ。およそ十メートル先から』
「……え!?」
部屋の外、すぐ近くにいるってこと!?
そうこうしていうちに、この部屋の扉がガチャガチャと弄られる音。
『ご主人。照れるにしろ、何もかも今更な気がするのだがな』
私は咄嗟に、ベッドの中、掛布をバサリと頭まで被り、思わず姿を隠してしまった。
その直後、タッチの差でゆっくりと扉が開き、私は息を詰める。
音もなく開いたそれは、私を気遣ったのか、音もなく扉は締められ、微かな足音。
ドキンドキンと心臓の音が煩くて、近付いてくる気配に、私は目を閉じて狸寝入りを試みた。
布団を被っている私に、フェリクス殿下は囁くように密やかな声をかけた。
「レイラ」
甘ったるい響きの声に引っ込みがつかなくなった私は、ぎゅっと目を閉じて口を慎んだ。
「……まだ寝てるのかな」
どうやら私が静かなので、寝ていると勘違いしているらしい。
ホッと胸を撫で下ろし、彼が離れていくのを待っていれば。
え? ええ?
潜っていた私が被る布に手をかけて、それをゆっくりと引き摺り下ろしにかかったではないか!
顔を隠して寝ていたら、普通そのまま放置してくれると思ったのに。
目を閉じたまま、掛布が退けられて外の空気に晒されるが、そのまま寝たフリを続行した。
「…………」
フェリクス殿下はふっと息だけで笑うと、思いもよらぬことを言い始めた。
「よく寝てるなあ。…………今ならキスしても起きないかな」
なんですと!?
フェリクス殿下が私の頬に触れた瞬間、電流が走ったような感覚が走った。
「……」
きゅっと私の手の平がシーツを握り締めたところで、間近でふっと笑う気配。
「なんちゃって。レイラ、せっかく婚約者が来たのに、狸寝入りは酷いんじゃない?」
ば、バレてる!?
私はおそるおそる目をそっと開けてみる。
薄暗い部屋の中でも分かるくらい満面の笑みを浮かべたフェリクス殿下が居た。
「……な、何故……。いつから」
「最初から。息遣いとか、気配とか判断材料は色々。可愛い真似をしてくれたね」
フェリクス殿下が指をパチリと鳴らすと、この部屋の明かりが一瞬にして灯った。
部屋の様子がそこで初めて分かった。
品の良い高級そうな家具や敷物が、それぞれ適切に設置されている広い部屋。
本棚も整理されているし、あまり華美に飾り付けをしていない。
まるで大人の男の人の部屋、みたい。
はしたなくキョロキョロ見渡している私に、フェリクス殿下は微笑んだ。
「ここは私の部屋なんだ。実は使用人以外で誰かを入れたのは初めてでね。レイラがその記念すべき一人目」
「……あ。フェリクス殿下の部屋……」
それは先程ルナに言われて知っていたけれど、本人に言われてしまうと、何故か動揺してしまう。
私は眩しさと恥ずかしさに布団に潜り込んだのだが、フェリクス殿下は何故かそれをグイグイと引っ張っていた。
「どうしたの。顔隠して。私はレイラの顔を見に来たのに」
「……え、ええと、殿下が可愛いとか仰るからですよ」
「レイラ、最近ますます可愛さに磨きがかかって来た気がするんだよね。主に反応とか」
「っ……ああ!」
無情にも布は引き剥がされようと、私はそれをぐいっと引っ張り返した。
ぐぐぐ……と力が拮抗する。布団の中から私の顔を出させたいフェリクス殿下と潜っていたい私。
「何で隠すの?」
「り、理由は何もないですが。フェリクス殿下こそ、何故。その手は何でしょう?」
これはあれだ。登校前の子どもと親の寝起きの攻防に似ている。
『何をやっておるのだ、そなたたちは。まるで小さな子どものようだ』
ルナの呆れた一言に全てが集約されていた。
「う……」
精神年齢が大人の私は怯んだけど、フェリクス殿下はそうじゃなかったらしい。
私が怯んだ先に布団を剥ぎ取った。
顔が空気に晒された。
「あっ」
「やっと、顔が見えた。おはよう、レイラ。調子はどう?」
この人、けっこう子どもっぽいというか、お茶目なところがあるというか。
物凄く目がキラキラとしているし。
「体は……大丈夫、です」
私は観念しつつも、口元まで布団を引き上げて、そろりとフェリクス殿下を上目で窺った。
色々と説明してくださるのだろうか?
「…………」
フェリクス殿下は完璧な笑顔のまま、固まっていた。
「……どうされたのですか?」
物凄く見られているのが恥ずかしいのですけど。
そしたら、フェリクス殿下は私から視線を外すと、「ちょっと待ってね?」と声をかけて壁際に行った。
何かと思ったら、壁にゴツンと頭をぶつけている。
え、ええ……。
さらに小声でブツブツと何事かを呟き始めた。
「何この破壊力。上目遣いは反則だろう……。どこでそんなの覚えてくるの。謎の警戒心を発揮する割には無防備な表情だし。それよりも、レイラが私のベッドに居る……とか。私のベッドに」
ちょっと何を言っているのか聞こえなかった。
『ご主人。気にするな。思春期少年が感極まっているだけだ。自分の寝床に番の雌が居て、何やら思うところがあるのだろう。ほら、人間の交尾はこうした寝床で行われるのだろう?』
「も、もう! ルナ! 言い方!」
あまりの発言に私はベッドから跳ね起きて、ルナに文句を言った。
私がルナに「そういうのは、オブラートに包むとか、思っても言わないとか……」云々と物申している間、フェリクス殿下はいつの間にか復活していたらしい。
私の影に隠れて姿を見せないルナに対して彼も、「レイラを恥ずかしがらせちゃ可哀想だよ。それに恥ずかしがらせるのは私の役目だ」
色々と、違うと思う。
ベッドの上でペタンと座り込んでいる私の隣に、フェリクス殿下は腰かけた。
「ナイトドレスの着心地はどう? 寝にくいと思って侍女に着替えさせてもらったんだけど」
「えっ……あっ。いつの間に。そうでした。私、気絶してしまって……。何から何までありがとうございます。こちらも布の素材が良くて肌にも優しいですし、着心地が良いです」
フェリクス殿下は私を引き寄せると、後ろから包み込むような体勢で、膝の上に私を導いた。
「えっ……殿下? この体勢は!?」
「あ、そうそう。状況を報告しようと思って」
「えっ……あの、ですから」
『ご主人、諦めろ』
ルナの声が無情にもハッキリと部屋中に響いた。




