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窓から飛び降りたリアム様に目を丸くして見送るしかない私と平然としているフェリクス殿下。
さらに、窓から飛び降りて地上に着地するのかと思っていたら、違った。
「飛行魔術……? いえ、少し違う?」
地面に着地するはずのリアム様の足は、空中を蹴っていた。まるで足場でもあるかのように。
透明な足場でも作っているのかと思ったが、加速しながら天を駆け回っているように見えるので、違う。
あれでは早すぎて足場など作る暇などないだろう。
本当に空を飛んでる?
「リアムの魔術で透明な靴だよ。風の魔術が足に施されているから、自由自在に空中を闊歩出来るんだ。滑空とは違うから、それこそ自由自在にね」
リアム様は空中を駆け、小さな人影を見つけた途端、頭から急降下した。
それは獲物を狩る肉食鳥のごとき鋭さで突進していく。
「もうあれはほとんど落ちていませんか?」
「リアムにとっては地上も空中も大差ないんだよ。気分的には高所から飛び降りて攻撃して着地する気分なんだろうね」
その言葉の通り、リアム様は懐からサバイバルナイフを抜き、そのまま振り下ろした。
暗殺者もナイフで、それを力任せに払い、小さく火花が散った。お互いに後ろへと跳んで、一定の距離を取り、間合いを測っている。
ここまで金属の音が聞こえてきそうな程だった。
リアム様は空中へと駆け戻り、肉食鳥の狩りのような動きを繰り返し、落下の勢いを利用して攻撃を仕掛けるが、暗殺者の方もそれを受け止め、捌き切っては体勢を立て直す。
リアム様が空中へと駆ける瞬間に、暗殺者は懐からナイフを取り出して、それを投げる。
真っ直ぐに寸分の狂いなく放たれたナイフを、リアム様は足で払い落とすが、どこから出てくるのか暗殺者は次から次へとナイフを投げる。
「空中に居るリアム様が優位と思っていましたが、これは……」
どこに隠し持っていたのか大量のナイフを投擲しては、それをリアム様が空中で平然と叩き落としているけれど、あまりの量がありすぎて全てを叩き落とすなんて私には絶対に無理だ。
暗殺者は駆けずり回り、叩き落とされたナイフを回収しては投擲を繰り返す。
神業だった。リアム様の空中に居る優位を補って余りあるような腕前だった。
「すごい……」
「リアムにも加速魔術で援護しておこうか」
「え? 今までかけていなかったのですか?」
それであの動きというのだから、リアム様も規格外である。切断魔術も自分で防いでいたのだろう。
そして、加速魔術で援護したリアム様は、俊敏すぎて見えなくなり。
暗殺者に向かって再び、空中からダイビングでもするように、彼は突進して。
「あ。リアムが捕まえた」
上から伸し掛るようにして暗殺者を地面へと引き倒していた。
これで暗殺を防げたかと思いきや、リアム様は何故か硬直した。
「え?」
私の口からは間の抜けたような声が漏れて。
フェリクス殿下は、苦々しく眉を潜めた。
「脅しか」
確かにそう呟いた。
暗殺者の上で拘束していたリアム様はゆっくりと手を離し、足を退けていく。
フェリクス殿下はここから少し離れた二人の会話を魔術で盗み聞きしていたようだ。
「どういうことなのですか?」
「ここで逃がさなければ、しかけていた魔術爆弾を発動すると言っている。逃がせば、今日のところは退くとも。確証はないのだが……ここから見える暗殺者の空気を察するに……本気にしか見えない」
「……」
そう言われたらリアム様も離すしかなかった。
敵がそういう脅しを使ってくるとは。
やはり、黒幕と繋がっているのだろうか?
それともハッタリなのか。
確認が出来ない。
何とも言えない幕切れに、私たちは無言になった。
この街の住民を人質にするなんて。
恐ろしいのは、その爆弾がどれだけ設置されているかということだ。
こちらで動いても周り切れるかどうか。
私も不思議の国の魔術を解いたのだが、その瞬間、暗殺者の姿が視界から消えた。
納得していない様子の私に、ルナが声を間近で声をかけてきた。
『当初の目標は達成しているぞ。ご主人。暗殺は起こらなかったし、敵の計画を潰すことが出来たのは確かだ』
「……そ、うなの」
あれ? なんだか、体が動かない……?
急激に眠くなった私はその場に気を失うようにして倒れた。
意識が急速に遠くなっていく。
「レイラ!」
フェリクス殿下の声が遠くに聞こえて、抱き留められて、私の意識は黒く塗り潰された。
そして次に目が覚めた時は、見知らぬ場所に居た。
「えっ……? ここは?」
意識がぼんやりとするのを、頬をペちっと叩くことで繋ぎ止める。
日が落ちて薄暗い室内だということは分かるが、家具に見覚えが全くない場所で私は目を覚ました。
布団がフカフカしてる……。布の手触りも良い。
何より、この安心するような香りは……。
と、そこまで思考したところで、ルナが一言だけ呟いた。
『ご主人は何が起きたか分からんと思うが、一つだけ。ここは王太子の部屋だ』
「え? えええ!?」
私はベッドから飛び起きかけたのだが、狼姿をしたルナの前足が、私の肩をとんっと押したので、起き上がれなかった。
『ご主人は魔力を使いすぎて疲れていたらしく、暗殺者が逃げ出してから倒れたのだ。おそらく安堵からだろう。その後は後始末が色々あった。そこで王太子は自分の部屋に運んだのだ。かなりの防御を誇った要塞のような部屋だから安心するといい。強い防御系魔術が山のようにかけられている』
ルナが状況説明をしてくれた。
じゃあ、この部屋はフェリクス殿下の……?
「確かに、フェリクス殿下の香りがする……って思ったの」
横になったまま辺りを見渡したけれど、暗くなってきたせいで判然としなかった。
それでも、ここはフェリクス殿下の部屋らしいと私が判断したのは、彼の残り香があるからだ。
ここで、フェリクス殿下はいつも寝ているの?
ベッドの掛布を顔まで潜り込ませて、慣れた香りに安心していた私はそっと息を吸い込んで──。
「私、ただの変態じゃない!?」
『落ち着け、ご主人』
ルナにぺしっと軽く腕を叩かれた。




