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 話があると言い、いつものごとく、叔父様の研究室へと二人を案内した。

 奥から椅子を持って、一人用のソファの隣に置くと、今日も今日とて私はソファにぽすりと沈められた。


「あ、ありがとうございます。その……リアム様は……」

「あっ! 俺のことは気にしなくて良いんで!」

 壁際に彼はひっそりと立っている。

 とりあえず連れて来たけど、どうやって伝えよう。どこ情報なのかって聞かれたら、おそらく何も言えなくなるだろうし……。

 クリムゾンからと言う訳にもいかない。

 アビスから教えてもらった訳で。

 ……その手があった。


「ルナ。出て来て、彼らの前に姿を現して」

『……承知した』

 ルナが私の影の中から出て来た瞬間に、彼の形が輪郭を変える。

 高身長の黒髪の青年姿をしたルナが突然現れた。

「え!? どこから!? この俺にも分からない隠形魔術!?」

「落ち着いて。リアム。この青年は隠形魔術で姿を隠していた訳ではないんだ」

 フェリクス殿下がリアム様を宥めて、ルナが続きを引き取るように説明した。

「私は、ルナ。闇の精霊だ。こちらに居るレイラ=ヴィヴィアンヌ嬢が私のご主人だ」

「闇の精霊!? 精霊って、リーリエ=ジュエルム以外にも精霊付きって居たんすね!?」

 興味津々のリアムは、ルナの体にぺたぺた触り始め、脇腹もつつき始めた。

 ルナは顔を顰めて振り払おうとしたが、さすがフェリクス殿下の護衛。

 リアムはルナの攻撃をサッと避けた。

「っく。素早い……だと? ふむ、不慣れな人の姿ではなければ一発……」

「ルナ、脱線してるよ」

 何故かムキになったルナをフェリクス殿下が苦笑しつつも宥める。

 そうだった。気合いを入れて上手く説明しなければ。

 嘘を言わずに真実を隠しながら、上手く伝える方法……。

 ここが正念場だ。

「私が精霊持ちだというのは一部の間では知られていることと思いますが、この度、他の精霊からタレコミがありました。それは人間社会をざわめかせる一大事です」

 精霊からのタレコミは本当だ。誰が誰に対して情報を伝えたのかを意図的にぼやかしただけで。

 スラスラと口から言葉が出てくる。

「他の精霊から干渉があったのです」

 精霊は嘘をつくことが出来ない。そういう性質を持っている。

 この部分は嘘ではないので、コクリとルナは頷いた。

「精霊間に交流があるとは、初めて知った。緊急事態の際はそのように連絡を取り合うんだね」

「普段はお互いに避けているようですよ」

 ここでルナはコクリと頷いた。

 ルナが私の言葉に頷いた。普段精霊同士の干渉が少ないことは知っている。

 ルナはそれに対して頷いた。

 続けて発言することによって、違和感をなくしたのだ。

 ルナが頷いたことで、これが嘘ではないとフェリクス殿下は受け取ることだろう。

 ごめんなさい。フェリクス殿下。

 人を騙す手段は、幼い頃から学んでいた。

 それを駆使することに罪悪感ばかりが募っていく。

 大好きな人に嘘をつくことは嫌だった。誠意を見せることをしたかったのに。

 だけど、ここで疑われて早急な行動が出来ないのも嫌だった。

 今は、時間がない。それは分かっているのに、嘘を吐くことが嫌で仕方なかった。

 罪悪感は降り積もる。こればかりは、慣れる訳がなかった。

「精霊についてはまだ分からないことばかりだけど、ねぇ、ルナ。精霊が人間界に干渉するってことは、それ程までに危険が差し迫っているということ? 少し気になったんだけど、タレコミをして来た精霊はルナと同じ契約精霊? それとも、人とは契約をしていない精霊?」

 普通、人間の営みに精霊は直接干渉しないし、することはない。

 もしかしたら進言することはあるのかもしれないけれど、私はよく分かっていない。

「…………」

 嘘が言えないルナは押し黙るが、しばらくそれを確認したフェリクス殿下は、納得したように頷いた。

「精霊の中にも約定があると聞く。ルナが口を開けないということは、人間には伝えられない上級精霊の意思が関わっている可能性がある。精霊のことは解明されていないから、憶測だけど」

 フェリクス殿下はそう解釈した。

 ルナに直接問われたところで心配しては居なかった。精霊については語られていないことや謎な部分が多いから、どうにでもなる。

 実際、ルナに守秘義務があるのかは知らないけれど、そう言われたとしても不思議ではないくらい、彼ら精霊は人間にとって謎めいている。

 結局のところ、知られていない未知の領域だからこそ為せる小手先。

 私は内心、ホッとしながら、ルナを促すことにする。

「ルナ、説明をお願い」

 情報をルナが口にすることによって、精霊同士の伝達によって知り得たというイメージをフェリクス殿下たちに刷り込ませる。

 ようは嘘を言わなければ良いのだ。

 ルナは心得たように簡潔な応えを口にする。

「端的に言おう。教会の大司祭の暗殺。カーニバル期間においての魔獣召喚計画。伝えられたのは二つ」

 フェリクス殿下はサッと顔色を変え、リアム様は「大司祭暗殺されるんすか!?」と悲鳴のような叫びを上げている。

 私は付け足すようにさらなる情報を口にした。

「これは予言なのか何なのか私には判断がつかないのですが、騎士団の中でも上級騎士に仕事をさせるのではなく、近衛騎士に協力を頼んだ方が良いとのことです」

「うーん。精霊たちが何を視てそう言うのか分からないけど、従った方が良いね。確かに、教会の大司祭が狙われるなら、精霊たちが動くのも分かる気がする」

「何にせよ、このまま狙われるのを見過ごす訳にはいかないと思いまして」

 フェリクス殿下は私の頭にポフンと手を置いた。

「……」

 罪悪感。自分が酷く汚いものになった気分だ。

 私は俯くことはせずに顔を上げたまま対峙した。

「ありがとう。伝えてくれて。精霊の予言を参考にすると、秘密裏に対応した方が良さそうだ。分かった。こちらで対応させてもらうとしよう。手練を揃えて置くよ」

 ああ。嘘を突き通してしまった。

 あのフェリクス殿下を騙し通せるなんて。

 クリムゾンがかけた契約魔術は今回もしっかりと仕事をしていたのだ。

 どこからの情報源か、それを露見させることは出来ないのだから、怪しまれる訳にはいかないと契約魔術が私の表情に仮面を被せていた。

 先程からの言葉は私の意思だけれど、表情は全て契約魔術による効果だ。

 こうやってアシストもするとは思わなかった。

 フェリクス殿下を騙すような真似をして、ヒヤヒヤしていたのというのに、体は私の意思に反していたからすぐに分かった。

 息遣いも何もかも通常通りと変わらないのだ。

 緊張しているはずなのに、手に汗をかくこともなく、心と体がチグハグだったのだ。

 契約魔術のおかげで表情は保たれているけれど、しっかり緊張はしていたというのに。

 ルナが狼の姿に戻った。

 フェリクス殿下は慣れたようだったが、案の定リアム様は「消えた!?」と騒いでいた。

 狼姿になったルナは私にだけ聞こえる声でボヤいている。

『この契約魔術とやらは気持ち悪い。先程は……私が自ら口を閉ざしていたのではない。術式の影響で口を開けなかったのだ。精霊は嘘が言えないからな。さすがにご主人のように操られることはないとはいえ、気持ち悪い』

 当たり前のことだが、精霊が嘘を言えないという性質は覆せなかったらしい。

 フェリクス殿下はルナに質問した。

 伝えて来た精霊が何者なのかを問われたせいで、ルナにも契約魔術が発動したらしい。

 アビスに繋がるヒントを少しでも漏らされないようにと。


 よく考えればこの魔術は精霊ですら縛っているのだ。

『術式を作る際、あの黒猫も関わっているのだろうな、忌々しい』

 己の行動を制限されることは、ルナにとってかなり不愉快だったらしい。


 そのポイントをフェリクス殿下とリアム様に伝え切った後は、足がガクンと折れ曲がる。

 安堵と、契約魔術の効果から解放されたからか、どちらなのか理由は分からない。


「レイラ」

 フェリクス殿下の腕の中、私は気が付けば支えられていた。

「物騒な話を聞いたんだ。そうなってもおかしくない」

 頬を手の甲で軽く撫でられて、その優しくささやかな接触に泣きたくなった。

 私の唇の端に彼の人差し指の関節部分が掠めてドキドキする。

「……っ」

 思わず息を詰める私に、フェリクス殿下は肩を掴む手に力を込めながら言った。

「無理は禁物だよ」

 このお方は……。

 私を甘やかさなくて良いと思った。

 結局、私はこの時嘘をついたのだ。事情があったとはいえ。

 このままではいけない。

 だからこそ、私が出来ることはしなくては。

 むしろ役に立つことが出来たらと思う。

 私が危険な目に遭うことを彼は許さないだろうし、私は彼の婚約者という身だ。周りの迷惑を考えても、簡単に戦闘要員に立つべきではない。

「フェリクス殿下、私の……闇の魔術が役に立つかもしれません」

 私のよく使う魔術は攻撃系ではない。一定の空間を丸ごと変質させる類の闇の魔術、不思議の国。

 多少魔力の消費は増えるが、遠方から使えない訳ではない。遠くからサポートが出来るのだ。


 アビスの言葉が頭を過ぎった。

『カーニバル期間はまだこれからですが、大司祭の暗殺は近々行われます。暗殺者の使う魔術は切断魔術と加速魔術です。それも特化型の。攻撃魔術は全て切断されますので、攻撃系魔術は相性が悪いかと』


 つまり、幻術や精神系の魔術の出番だということだ。


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