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 その名は、一体どこで聞いたのか。

 フェリクス殿下の口から出た、クリムゾン=カタストロフィという名前にドキリとした。


 せめて頷くことは出来るかと、私は首肯しようと顔を上下に振ろうとした。


 え? なんで……?

 今、私は……。

 何故か、自分の首が左右にゆるゆると振られていることに気付いた。

 それに私が浮かべているらしい表情も常日頃からのもの。

 一見すると真面目そうに見える自分の顔付きが、壁に貼り付けられた鏡に映っている。

 なに、これ?

 まるで仮面でも被ったように顔の筋肉が動かない。動かそうとしても感覚がない。

 な、なんで!?

 声も出ない。

 内心、動揺しきっているというのに。

 私は、クリムゾンのことを知っているというのに!


「その顔だと、レイラも知らないようだね」


 違う。知ってる!

 もちろん、私の唇からはそんな言葉を発することは出来ない。

 その言葉に絶望した。

 どう足掻いても、契約魔術は破れないことが分かったから。

 私の顔はどうしようもなく、いつも通り。

 私の反応に敏感なフェリクス殿下ですら欺く契約魔術の術式の強力さに内心舌を巻いた。


 私自身ですら驚いているのだから、当たり前なのかもしれない。

 動揺しているようで実は動揺などしていないのかもしれないと錯覚してしまう程、私の顔はいつも通りだった。

 当の本人ですら騙し切る。それ程までに隙のない契約の魔術。


 つまり、表情からも秘密を悟らせないと。そういうことだ。


「その方がどうかされましたか?」

 普通の質問は出来た。

 バレなければある程度は許されるらしい。


 私の問いにノエル様が詳しく説明してくれた。

 どちらにせよ、クリムゾンが例の闇ルートレザレクションに関与しているなら、詳しく情報を仕入れる必要があった。


 ごめんなさい。色々と知っていることがあるのに。

 クリムゾンとブレインが同一人物だと知れれば、きっと捜査だって進展するに違いないのに、私は何も言うことが出来ない。


「闇ルートレザレクションを探っていた僕は、葬られた売買記録を探っていたんだが、不自然に掻き消されたデータがあった。きな臭いからな。消された痕跡と記録の周辺をさらに探って報告したんだよ」

 闇ルートですら危険だというのに、掻き消されるなんて、さらに厄介だということの証左ではないか。

 フェリクス殿下はその後を引き継いだ。

「ノエルが報告してくれた記録には、暗号も施されていたから解読してみたんだ。不自然に葬られたらしい売買記録はかなりの量で、どれも違法で倫理的でないものばかりだった。人身売買が特に多い。……それらの記録によく挙がる名前、それがクリムゾン=カタストロフィという男だった」

『きな臭いな。奴は、人体実験を反対しているはずだが』

 ルナの言う通り、人体実験を拒否しているはずなのに、人身売買に手を染めるなんて、まるで実験体を確保しているように見える。

 顎に手を添えて考えていると、ノエル様がハッと鼻で笑った。

「クリムゾン=カタストロフィなんて、完全な偽名だな。紅い破滅か」

 確かに、彼の名前は偽名だ。

 ただ、ブレイン=サンチェスターという名前が真名でもないのだろう。

 彼はその名を特に何とも思っていないように見えたから。

 わざわざ、私にクリムゾンと名乗るくらいだもの。


「とにかく、そのクリムゾン=カタストロフィだけど、闇ルートのブローカー兼バイヤーとして業界では名前がよく上がるらしい。調達人として働くこともある」

 調達? 何を? 人間を?

 人身売買に関わっているなら、そういうことなのだろう。

 私に向ける笑顔は胡散臭いながらも、根っからの悪人ではなく、そして偽悪主義なところがある私と良く似た不思議な魔術師。それが私の中のクリムゾンだった。

 子どもたちが殺されるのを放置出来ないらしい彼と、その経歴がイコールで結びつかなかった。

 クリムゾンの偽悪主義の元凶は、もしやその経歴からなの?


「奴の取引は完璧だ。情報管理も情報操作も神がかっている。しかも、だ。あの手の闇ルートで珍しいことに、取引間の揉め事で人が死なないんだ」

『人が死なないことが評価されるとは、どういう現場なんだ、それは』

 長年人間の社会を見て回って来たルナにも想像がつかない世界だったらしい。

 私も想像がつかない。

 ノエル様はクリムゾンの取引について語っていく。

「見事に法の隙間を掻い潜る手腕と、益しか生み出さないその功績。一度、奴の頭の中とやらを覗いてみたいくらいだな。とにかく瑕疵がなく完璧なんだ」

 優秀そうだと思っていたけれど、真実その通りだったらしい。

 その時、フェリクス殿下がクスリと笑った。

 今の会話に相応しくない小さな笑みは、ほんの少し色気すら感じる程。

「クリムゾン=カタストロフィは、むしろ完璧すぎたんだよ。不自然に綺麗過ぎたからこそ、その違和感は周囲を乱す。だから、結局私に名前を知られる羽目になるんだ」

 凄絶な程美しい笑み。叔父様の椅子に腰をかけて、優雅に足を組み替えながら、彼はただ笑っていた。

 情報が消されていると言っていたのに、フェリクス殿下はどうやってクリムゾンの名前を割り出したの?

 私の想像すら及ばない思考法により、その答えに至ったということなのだろうか?

 頭の良い人が考えることは分からない。まるで別世界の言葉を聞いているようだ。

 唖然とする私にノエル様は苦笑した。

「大丈夫だ、レイラ。僕もフェリクス殿下がどうやって導き出したのか分かっていない。説明してもらったけど、ちょっと何を言っているのか分からない」

「……そうでしたか」

 どうやら諦めたらしい。

「彼のやり方から浮かび上がってくるクリムゾン=カタストロフィの性格だけど。ちょっと予想してみた」

 犯罪心理学やプロファイリングに近い手法だろうか?

 思わず姿勢を正すと、彼はまずこんなことを言い出した。


「まず、基本的な彼の性格だが、彼は基本的に人間不信で淡白だ。判断基準としては面白いか、面白くないかの二択。ついでに言うと、彼は極度の女性不信で女嫌いだ。触れることすらないくらいに」

 すごい。大体合ってる。最後以外は。

 クリムゾンは私に触れたのだから。

『ご主人、先に言っておく。全部合ってるぞ。あの男にとってご主人が例外なだけだ』

 確かに私たちは似たもの同士だ。クリムゾンは私に対して仲間意識みたいなものを持っているのだろう。

「殿下。その根拠は? 一応聞いておきたい」

 ノエル様が問いかけると、フェリクス殿下は一つ一つ丁寧に説明し始めた。

「まず一つ目。彼の契約方法。無事に契約が履行されるまで闇の魔術で契約させられて監視されるんだ。契約違反をした瞬間、その違反者は社会から消える」

「き、消える……?」

 消えるとは、穏やかではないというか。死んでしまうことはないと言っていたではないか。

「本人も周囲も気付かぬうちに緩やかに破滅へと向かっていくんだ。最終的な末路は、社会的に死んでいるせいで誰も知らない。痕跡が何もかも消え失せてしまうから。彼の名前通り、破滅だよ」

 痕跡が消えるって。確かに、彼の名前通り。

 彼の名前の由来はそこから来ていたらしい。

 それにしても何て自虐的なんだろう。自らを破滅とするなんて。

「いたれり尽くせりの姿勢を崩さない割には、そういった点から警戒心の強い一面が窺える。契約さえ守れば上等な取引相手なんだけどね」

『己の命を守りたいなら、単純に契約違反をしなければ良いのに、人間は分からないものだ』

 きっと、破った本人も分かっていないと思う。

 人間は、やはり矛盾に満ちている。人間が約束を守る生き物なら、世界に罰など必要ない。

「それとクリムゾン=カタストロフィは、裏を取り顧客の情報を調べ上げているようで、それは一種の情報屋並み。本当に警戒心が強いらしく全て一人でやってのける」

「全部一人でですか? 協力者は居ないのですか?」

 アビスが居るとしても、彼一人でどこまで行えるのか。

 私の疑問の声にノエル様はキッパリと答えた。

「そんな痕跡はなかったぞ。奴に協力者は居ない」

 調べたのは彼だ。それは彼の所感なのだろう。

 フェリクス殿下はさらに考察を続けた。

「淡白だと思ったのは、彼の行動に熱意を感じられないから……かな。その癖、時折、矛盾の見られる行動をしているんだよね。その行動基準を考察した結果がそれ。彼にとって、面白いか面白くないかってね」

「では、女嫌いだというのは?」

 女嫌いなのに、私にその様子を見せたことがない。

「ああ、根拠はいくつかあるけど。分かりやすいのは、女性相手の取引かな。彼は気付かれない程度に、吹っかけるんだよね。さり気ないそれに気付く者はなかなか居ないみたいだけど」

「……」

 話を聞いていたら、それらの行動がクリムゾンによるものかもしれないと思えてきた。


「以上が私の予想する犯人像だけど、一つ気がかりな点がある。その用意周到さ。執拗なところが少し私と似ているような気がする。何かに執着すれば、二度と離さない類の人間だ」

『正解だぞ、王太子。そして残念なことに、もう遅いぞ』

 ルナは即答した。

 フェリクス殿下はクリムゾンと自分が似ていると言っている。

 クリムゾンが執着? 世の中、楽しいか楽しくないか考えているような人なのに?

 予想がつかない。


「それで、問題はここからなんだけど。レイラ」


 フェリクス殿下は私へと目を向けた。

 私は何も答えられない。何も言えない。何かを仄めかすことすら出来ない。

 その罪悪感に胸の奥に何か冷たい何かが引っかかったみたいだった。

 息が出来ない。泣きそうになるのに、術式の影響で泣くことも出来ない。

 だって、クリムゾンのことについて聞かれて感情を見せれば、フェリクス殿下は気付くだろう。

 私とクリムゾンに何か関係があることに。

 今、ここで少しでも嘆いた素振りを見せれば、フェリクス殿下に違和感を与えて真相へと繋げかねないから。

 ああ。相手が聡ければ聡い程、私に影響する魔術は強くなっている気がする。


「クリムゾン=カタストロフィの髪の色は紅。かつて、レイラが遭遇した侵入者も、同じ特徴だったと思う。話を、聞かせて欲しいんだ」


 この場合、契約魔術は私をどう操るのだろう?

 顔には現れていないけれど、内心では、ただただ冷たい涙が流れて溜まっていく。


 ごめんなさい。

 心の中で私はフェリクス殿下とノエル様にもう一度謝った。


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