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 叔父様は時折、学会で出かけるのだが、その際、研究室は無人になるので、その時間はフェリクス殿下たちに貸し出すことになっていた。


 曰く、ルナの防音魔法や扉の封が、密談に適しているとかでフェリクス殿下が目を付けた。

『私の魔法は施錠か何かではないのだがな……』

「潜入捜査の結果報告なら、それなりに機密保持が重要だし、それで良いと思うけれど」

 ルナのしっぽがパタンと垂れた。

 そのもふもふをツンツンしていたら、サッと避けられる。また触る。

 そんなことを繰り返すのも不毛なので、私は書類整理をしつつ、この場に残っていた。

『ご主人は聞かなくて良いのか。報告を』

「私は、ここに残って外の様子を見ていた方が良いわ。仕事もあるし……。それに、あまり私には聞かせたくない内容もありそうだから、私は聞かせても問題ないところを後で聞かせてもらう」

『ご主人は、その辺り、しっかりと線引きが出来ているのだな』

「世の中知らなくて良いことがたくさんあると思うから」


 カリカリと万年筆を動かす音だけが響き渡る。

 叔父様の研究室の中では、潜入捜査の報告が成されているはずだが、もちろん声は漏れることはなかった。

 大あくびをしていたルナは私の足元で眠る体勢に入っていた。

 何かあった時のため、魔力の温存に努めるのだろう。少しでも魔力(ヘソクリ)は溜めておいた方がもしもの時には有効だ。


 そうして途中に何人か来客があったものの、取り立てて大きな怪我や病気はなかった。

 叔父様が放り出していた紙の束をまとめたり捨てたりと処分していると、ルナがぽつりと呟いた。

『ご主人は、なんだか苦労性だな。あの叔父の生活を担っているではないか。あの男の場合、甘やかせば甘やかす程、駄目になっていく気がするのだ。私の駄目男せんさーが反応している』

 駄目男センサーとは。

 ……確かに、叔父様、私が居ない頃は1人で生活していたはずなのになあと思うことはある。

 私が居ることで、ますます研究に傾倒しているのだけど、さらに悪化していっている。

 私は思わず、頭を抱えた。

 いや、でも、点滴なしで叔父様を放置するなんてそんな非道なこと出来ないし。

 だからといって私に甘えっきりなのは困るし。

『私が思うに、あの類の男は出来るのにやらないタイプだ。もしもの時に生活力という名の本領を発揮するのだろう』

 普段から発揮して欲しい。せめて食事を食べて欲しいし、整理整頓はして欲しい。

 重要書類とそれ以外!みたいな大雑把な分け方をしないで欲しい。あ。これは元からだった。


『レディも苦労しておりますねぇ。貴女の周りに居る男は、変な性癖を持っているか、粘着気質か、駄目人間や変人ばかり』


 書類の束の横、私の向かう机の上に、ちょこんと可愛らしい黒猫が座っていた。

 間違いなく言うならば、精霊アビスが私の顔の前にアップでこちらをゆっくりと瞬きしながら見つめていた。


「──っ!?」

『驚かせることが出来て何よりですよ、レディ。相変わらず苦労と共に人生を歩む令嬢ですね』

「アビスが居るってことは!」

『黒猫よ、何用だ』

 ルナが訝しげに問いかけて、私の方は、クリムゾンが近くに居るのではないかと慌てて立ち上がったところで。

『我が主はいませんよ。ワタクシは主の命でレディの元へと使いとして参上させていただきました故』

 机からピョンっと下りたアビスは、その場で一礼するように頭だけを軽く下げて、トコトコと近くまで歩いて来た。


 フェリクス殿下に見られたら、自ら正体を晒すようなものだと思っていたら、私の心を読んだように彼は応える。

『そちらの部屋に人間たちが詰めているのは存じ上げています。動く気配があったら、ワタクシは即座に逃げ帰るのでご安心を』

「何かクリムゾンから伝言なの?」

 アビスはコクリと素直に頷いている。

 そういえば、アビスをこちらに寄越すとか何とか言っていたこともあった。

 フェリクス殿下に喧嘩を売るためにそう言ったのかと思いきや、そうではなかったようだ。


『わざわざそこの黒猫を寄越すということは、それなりの用件なのだろう?』

 精霊を遣わしたということは、それなりに知られたくない事柄なのだろう。

『そのようですね。我が主は取引だと申しています』

『それで、だ。契約魔術でこちらは口止めされた訳だが、そちらは何をしてくれるのだろうか?』

 ルナがそう言うように、クリムゾンは、私の体の負担や違和感をなくすために今回の契約魔術ではお互いに枷を付けたらしい。

 術式を分散させることにより、万が一にでも片方だけ──つまり私に大きな影響が及ばないようにと。

 つまり、私が口止めされた分、彼の方も私へと何か契約を交わしているのだ。

 つまり、何か制約がクリムゾン側にもあるはずなのだ。

 クリムゾンは本当に何をしたいのか。

 私を助けたいのか、それとも監視したいのか、どちらなのか分からない。


『近頃の人体実験及び魔獣召喚事件。一連の事件の次の被害者とその場所。それらを我が主は、知ることの出来る立場にあります。どうでしょう?それらの情報をレディに何もかも密告しなければならない。こちら側の協力はそれではいかがですか?』

「え?」

 人体実験。無理矢理、魔力を込められ狂ってしまった人たち。

 魔獣召喚。その大量の魔力はどこから来たのかという謎。

 そしてノエル様が調べた人身売買の話。

 魔獣召喚の魔力としか思えないそうした血肉の物流。


 クリムゾンはそれらに少なからず関わっている?

 だとしても疑問が残る。

「……それを何故知っているのかは聞かない。何故、それを私に持ちかけるの?」

 アビスはやれやれと首を振るような人間らしい仕草で応える。

『我が主は実験を妨害したいのです。それだけのこと』

「確認するけれど、貴方の主は人体実験に反対なのよね?」

『そうですね。人体実験を止めさせたいのは本当ですし、信用出来るレディに助けて欲しいと思っていることでしょう。我が主は素直なようでいて素直でないので、伝えはしていないようですがね』

 精霊は嘘をつかない。アビスの言葉は全てが本当だと分かっているのに、クリムゾンの立ち位置が見えて来ない。

 クリムゾンは敵なの? 味方なの?


 戸惑う私に、ルナが1つ質問した。

『単刀直入に聞くぞ、黒猫。そなたの主は、私のご主人の味方なのか、敵なのか』

 それは最も知りたいことだった。

 私は、死にたくない。

 アビスは優雅にしっぽを揺らして不思議そうに答えた。

『我が主は、完全なレディの味方ですよ。何があろうとそれだけは断言出来る事実です。逆に何故疑うのかワタクシには理解出来ませんね』

 それは、当たり前のことを当たり前だと言うような。

『……ならば、良い。それが嘘などではないと私は知っているからな』

 精霊は嘘をつかない。だからアビスが言っている内容は、全て本当だ。

 嘘ではない。クリムゾンは私の味方だというのも本当のことなのだろう。

 私と契約を半分にして、共有するような真似をしたのだから。

 彼は私だけを縛り付けることはしなかった。

 対等な取引相手だと彼は語っている。

 やり方には問題しかなかったし、許すつもりは一切ないけれど。


『おっと、そろそろ人間たちが動き出しそうですね。ワタクシは早急に逃げ帰らせていただきますね。それでは、また。密告役としてワタクシがメッセンジャーを努めるので。以後、お見知り置きを』


 すうっと空間の穴へと飛び込んで行ったアビスを呆然と見送っていれば、扉の鍵の魔法が解ける気配がした。

 そっと振り返れば、お馴染みの4人。

 フェリクス殿下とユーリ殿下、ハロルド様にノエル様が出てくるところだった。

 いけない。呆然としたままでは。

 私は顔を引き締めていつも通りの淑女の微笑みでもって、皆を迎えた。

「お疲れ様です。皆様」

 ユーリ殿下がまず人懐っこい笑顔で駆け寄って来た。

「レイラちゃん、わざわざ場所を用意してくれてありがとうね!助かったよ」

 ぎゅっと私の手を握ったユーリ殿下だったが、ハッとしたように青ざめると、突然私の手を離して、フェリクス殿下の居る方向へとバッと勢い良く振り返った。

「よ、良かった。今の見られてなかった! 兄上、ハロルド君と話してた! 良かった!」

『あの王太子のことをよく理解した弟だな』

 さすがのフェリクス殿下も、私の手を握ったくらいで文句を言うことはないと思うけど……。


 ハロルド様とユーリ殿下は一足先に戻ると言って、早めに去って行くことになったのだけれど。

「レイラ君、今度、修行をしよう。前回の夜会で色々と大変だったと聞いた。光の魔術を発動される前に、一撃必殺を繰り出すんだ。物理は裏切らない!」

「物理は裏切らない。それは一理あると思いますが、脳筋すぎやしませんか、ハロルド様」

『ご主人が言える台詞ではないと思うぞ』

 何故かルナに断言された。解せぬ。


 そしてユーリ殿下は私を見ながら「お願いだから、君の手を握ったことは兄上には言わないで……」と繰り返している。

 ユーリ殿下は、フェリクス殿下の弟だしそんなに怒らないと思うんだけどなあ。

『ご主人。そなたは執着系粘着男を舐めているのだ』

 ちょっと何を言っているのか分からない。


 2人とも部屋を出るまで私にそれを言い続けていたけれど、フェリクス殿下に「頼みがあるんだ」と一言もらった瞬間、しゃんとした。


 え。何この変わり身。すごい。

 2人がすごいのか、フェリクス殿下がすごいのか、これはどちらなのだろう?


 2人を見送った後、こちらを真剣に見つめるフェリクス殿下とノエル様の姿に、私は思わず身構えた。

 これは、私にも何か話があるに違いないと察したので、「お茶はいりますか?」と問いかけた。

 少々長い話になるかもしれない。


 医務室をルナに頼んで、私は叔父様の研究室へと連れられて、しっかりと扉をルナに閉じてもらい、防音魔術をかけた。

 私は研究室の中にあるポットに手を翳して術式を発動させて、保温していたお湯があるのを確認する。

 少し熱するかと、魔術を発動させた後。

 狭いかもしれないけれど、2人にソファを勧めたところ、ノエル様もフェリクス殿下もその場に立ったままだった。

 2人によって、何故か私がソファに座らせられる。しかも手際が良い。

 というより、私だけ座っていて良いの?これは。

 気まずいなあと思っていたら、ノエル様は向かい側の壁に背を預けて、床に座った。

 フェリクス殿下は……。


「あの……フェリクス殿下?」

「ん? どうしたの?」

 さっきは座ろうとしなかった癖に、何故私が座った後に、ぴったりと密着して横に座るのだろうか。

 こういうこと、前もなかったっけ?


 コホン、とノエル様が咳払いをしたので、フェリクス殿下はさすがに自重して私から体を離して、普通に叔父様の使っている椅子を近くまで持ってきて座った。

 最初からそうして欲しい……。


「人身売買に関わりのある男の名前を1人、僕は偶然にも知ることが出来たんだ」

 ノエル様は前置きを一切せずに、いきなり結論から言い始めた。


 そして、私の近くに居たフェリクス殿下から、その名が告げられた。


「クリムゾン=カタストロフィっていう名前を聞いたことはある?」

「……」


 何故、その名前をここで聞くことになったのだろう。

 クリムゾンが実験には反対の立場なのだとアビスから教えてもらった直後に。


 クリムゾン。貴方は一体、何をしているの?


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