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連続投稿失礼します。

「ご協力を感謝致します。ヴィヴィアンヌ侯爵令嬢」

「この度は、ヴィヴィアンヌ侯爵家の皆様のおかげで活路を開くことが叶いました。ご協力感謝申し上げます」

「……はい?」

 医務室へと訪れたマナー講師の男女の教師2名に囲まれた私は、目を瞬かせた。


 女性教師がヒソヒソ声で言う。

「不穏分子をこの機会に跡形もなく処理することが出来たのは、貴女のご協力あってのことでした。ヴィヴィアンヌ侯爵にも感謝を……」

 話が見えないけれど、お父様が何かした?

 昨日終わったばかりのマナーの授業。特に大きな事件が起こることもなく、それなりに成功したはずだったけれど。

「……ええと、ただのマナー講座ではなく、私の父の思惑が絡んでいたということですか?」

 男性のマナー講師の方が頷いた。

「ふむ。お父上は貴女の力を信用しているようでした。……もしかして、お父上からはお聞きでない?」


 マナーの講師として突然採用された経緯が見えなかったのだが、話は簡単だった。

 後日、ネタばらしということで私は今日知ったところだけど。

 2人が持ってきたお父様の手紙に全て真相が書いてあった。

 声に出さずに全てを書面で理解し、頷いた。


 今回のマナーの授業、高位の貴族たちは居なかったのだけど……。

 どうやら、リーリエ様の恩恵に預かりたい下級貴族の中には、リーリエ様の望みを叶えようと、私をフェリクス殿下の婚約者から引き摺り落とそうと考える者も居るらしい。

 お父様はそれらをどうにかしたいと思っていたということで、学園側と協力体制を敷いた。

 その結果、臨時講師として私が立つことになったという訳だ。

 つまり、屋敷に学園からの手紙が届いた時点で計画は始動していたということ。

 今回、私が矢面に立つことで、リーリエ様贔屓の貴族の子女の反応を窺い、誰か生徒が怪しげな振る舞いをするのを見つけたら、学園の教師陣がそれをヴィヴィアンヌ本家と王家に報告する。

 それが単なる私情で、私のことを純粋に嫌いな生徒だったとしても、とにかく報告する。

 ここが貴族の怖いところだけれど……。

 元々、そういった私的な感情を貴族は見せないように努めるのが常識なのだから、つけ込まれるのは、本人が至らぬからだ、と多くの貴族は捉えるのだ。

 ちなみに学園側にもメリットはあった。

 問題を起こしがちなリーリエ様をこれ以上預かりたくない学園側にとっては、光の魔力の持ち主を贔屓などしないという意思表示をしたのである。

 今回、私を助けるという体を取ることにより、リーリエ様陣営でないことを世間に訴える形で。

 この協力体制、お父様が先に言い出したことらしい。

 学園側の意向をいち早く察したらしいお父様は、すぐに申し出た。レイラ=ヴィヴィアンヌを使え、と。

 娘を使うなんて、なんという父親なのかと思うが、お父様は実に分かりにくい愛情表現をするお方で。


 というのも、これは私を世間から守るためでもあるからだ。

 学園側とそれなりに交流していることを見せつけ、レイラ=ヴィヴィアンヌには学園側が味方をしていると周囲に見せつける。

 別に学園側と契約していなくても、一時共闘でも構わない。

 重要なのは真実ではなく、周りがどう思うかなのだから。


「お父様ったら、過保護なことを」

 私に、王家以外の後ろ盾のようなものを与えようとした訳だ。

 少しでも危険が減るようにと。


 ついでにいうと、あのマナーの授業の間、隣室に魔道騎士や優秀な教授、戦闘訓練の指導員など、戦いのプロフェッショナルの方々が詰めていたらしい。

 なるほど。私の安全面も完璧だということだ。


 事後報告なのは、私の精神衛生を慮ってなのかもしれないけど。


 お父様はお兄様とは別の形で過保護だった。


 全然気付かなかった。

 うーん? 思い返して見れば、少し嫌がらせめいた何かはあったけれど、取るに足らないものだったので、ほとんど忘れていた。

 怪しげな振る舞いと言えばそうかもしれないけど、ルナに教えてもらって転倒は避けられたし。

 それに、リーリエ様は騎士たちが居たし、魔術も使えなかったから、問題を起こすこともなかったし。


「なるほど。私の父がそのようなことを……。こちらこそ、ご面倒をおかけしました」

「いえ、お互い様ですよ、レイラ様」


 なら音声魔術の授業も何か意味があるのかと聞いてみたら、女性教師からこんな答えが帰ってきた。


「貴女は何気なく使っていらっしゃる音声魔術ですが、あの魔術は本来ならとても難しく、完全な使い手など現代にはいないものなのです」

「そんなはずは……。音程と拍子と詠唱歌が合ってさえいれば使えます。魔力も消費しません」

「音程と拍子と詠唱歌が()()()()()()()()()()()()()()、ですよね? レイラ様。貴女は音程をどうやって取っていますか?」

「頭の中に音程が──、うーん。音楽がそのまま再生されていて、流れていると言いますか。1度聞いたら、なんとなく頭の中で録音されるというか……」

 うーん。なんて説明したら良いのだろうか。

 女性教師も男性教師も苦笑した。

「普通の人間にそれらの芸当は無理ですよ。知らぬは本人ばかり……ですね。音声魔術の使い手が貴女しかいらっしゃらず。他の方々は少し使える程度なんです。音声魔術を教えろという話ではありません。文化の継承です」

 この先に繋いでいき、失われた魔術にさせないように保存していくということか。

 その魔術理論を保存するのは、未来に使い手が現れた時のためにも重要だった。

 ほんの少しの簡単なものならと、彼らに約束することにした。


 そんな報告を受けてから、魔術についての雑談をしていた最中だった。


 コンコンとノックされた扉から、見慣れた顔が顔を出した。

 ときたま、私の様子を見に通っているという噂が立っている私の婚約者。

「フェリクス殿下、こんにちは」

「こんにちは、レイラ。……もしかして今何かの話し中だった?」

 私の婚約者のフェリクス殿下が顔を出すと、2人の教師は唖然呆然とした後に。


「それでは、私どもはここらで失礼いたします!」

「お2人のお邪魔はしませんとも」


 最近、フェリクス殿下と二人で居るだけで微笑ましそうに遠目から眺められる気がするの。


「あはは。最近、仲をアピールするためとは言えやり過ぎたかな。途中からはほとんど素だったけれど」

 顔を真っ赤にした私の頬を、すっぽりと包むようなくらい大きな手がそのまま両手で包み込んだ。

 そうしてこんな恥ずかしいことを言う。

「私はいつも貴女に触れてばかりだけど、いつも触れさせてくれてありがとう。」

「フェリクス殿下。あの……ええと。触れたいと思っているのは、殿下だけではなくて……その。私も……貴方に触れたいと……思っております」

 しどろもどろになって返した言葉は、フェリクス殿下の心の琴線に触れたのか、彼は笑顔のまま固まった後、濡れた瞳のまま私へと顔を近付けていた。

 余裕のない、表情だ。

 き、キスされる?

 だけど、僅かに身を引いたからか、フェリクス殿下はそれ以上迫って来なかった。

 頬の両手は慈しむみたいに撫でているけれど。

 ゆっくりと撫でる手は優しくて、思わずうっとりとしてしまう。

 彼はやがて悩ましげに熱い溜息をついた。

「何だろうね。最近では、理由なくとも貴女に触れたくて仕方ないよ、レイラ。貴女の恥じらう姿を見ると、堪らない」

 瞳には熱が宿り、コクリと喉を鳴らしたフェリクス殿下は、何とも甘ったるい言葉を、蕩けるような声で呟いていた。

 私がビクリと体を震わせるのを見ると、素直に体を引いてはくれるものの。

 頬から片方の手だけ離して、私の唇をちょんとつついていた。

 殿下は、目の奥にトロリとした熱を隠し持っている。

 私に向ける視線は、これ以上ない程に熱を帯びていて。

 そんな私の唇をさらに、すりっ……と親指で押さえると秘密を共有するように囁いた。

「……どこかで時間があったら、ゆっくり唇を味わいたいんだけど、良いかな」

「唇……って……」

「そう。この間の続き、しようか。ルナに止められない範囲でね」

 あの夜会の時の続きをしようと彼は言っていた。

 熱を帯びて掠れた男の人の声、だ。

 ルナに止められない範囲ということは、それ以上のことをしようという意味ではないはずなのに、あの時の熱を思い出してしまって。

 私が顔を真っ赤に染めて固まったのを見ると、息だけで笑って私を解放した。

「うん。意識してくれて嬉しいよ」

「…………コホン。ええと、殿下」


 フェリクス殿下は私をからかいに来た訳ではない。

 2人が去って行ったので、フェリクス殿下がここに来たであろう用件のために私はそっと口を開いた。

 もちろん、顔が真っ赤なので締まらないこと、この上ないけれど。


「……じ、時間通りでございます。フェリクス殿下。皆様、お揃いでいらっしゃいます」

「ありがとう。レイラ」

 ふっと微笑んだフェリクス殿下の顔が近付いて、そっと傾けられた。

 不意打ちに、私の唇を掠め取るように口付けを1つすると、すぐに顔を離してペロリと唇を舐めて奥へと去って行く。


 今度するって言ってたくせに!


 医務室の奥。叔父様の部屋を使った──フェリクス殿下、ユーリ殿下、ハロルド様、ノエル様の会合が行われる。

 私はそのための門番としての役割と同時に、場の提供者になっていた。


『大人しく見守っていたが、ご主人。あれは気を抜けばペロッと捕食する類の人間だから、調子に乗らせれば、際限ないぞ』

「うう……。もう」

 ルナの指摘に、私は熱い頬を押さえるのだった。


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