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 ベッドに腰かけたまま、私は話を聞くことにした。

 フェリクス殿下は椅子に腰かけて、こちらに視線を向けたのだが、直前まで彼と色々なことをしていた私は恥ずかしくなって、視線をサッと逸らした。

 かなり動揺している私を気遣ったのか、私の挙動不審に触れることなく、彼は話し始めた。


 事の顛末はこうだ。


 私に大きな魔術を行使し、私の過去を詳らかにしようとしたリーリエ様は、夜会で大掛かりな魔術を使おうとしたことで、騎士たちに取り押さえられた。

 簡単に言ってしまえば、そういう話だ。

 私とリーリエ様がクリムゾンに空間転移をさせられ、リーリエ様だけがあの場に戻った。

 ぐるぐる巻きにされたリーリエ様は、そのまま騎士に確保されたらしい。


 それは王家の書庫に保存されている魔術書の中にあった魔術で、審判の魔術と呼ばれるもの。

 人の記憶を読み取ること自体が難易度の高い禁術だが、この魔術はその上位互換で、脳内映像として周囲の者に公開されてしまう。

 審判というだけあって、容疑者扱い。プライバシーというものはどうなっているのかと言いたくなる魔術だ。

 ちなみにこの魔術だが、乙女ゲームの中のフェリクス殿下ルートで登場していた。

 彼のルートは公爵家のゴタゴタを解決するルートでもあったので、それに相応しい奇跡とも言える。

「何故、光の魔術師は捕まったのだ?」

 人間の姿をしているルナがフェリクス殿下に問いかけている。精霊は基本的に人間の事情に疎い。

「夜会は基本的に、魔術で干渉することは禁じられているんだ。過去にそういう事件があったからね。全面的に禁止されてる。念話は、こっそり使う者は多いけどね。そのくらいなら黙認されている。私も使うことあるし」

 夜会の時、一定の魔力が検知されると、騎士たちに連れて行かれる。

 暗殺、闇討ち、様々な犯罪の芽を摘むため、貴族が集まる夜会などでは厳重に警備されるようになった。

「魔導騎士っていう役職があってね。魔術戦における戦闘能力に特化した騎士のことなんだけど……。その人たちは、違法な魔術行使を取り締まっている」

 魔術のプロフェッショナル集団だけあって、彼らは魔術戦において鍛えられ、魔力の感知などに長けている。

 魔術学園で優秀な成績を修めた者が、その門戸を叩けるという。

 ちなみに、フェリクス殿下が魔術学園に通っているのは、その魔術騎士との兼ね合いだったりする。

 優秀な成績で卒業したという事実を残すことで、支持率を上げるなど、王族の事情が関係しているのだ。

 たぶん、フェリクス殿下に魔術の授業なんて、必要ない。

 発表される成績も歴代に名を残す程で、同じ人間とは思えないというか、私みたいに人生2回目の人間からしてみても、彼は規格外だった。

 どういう教育をしたらそうなるのか。

「……」

 ふとこういう時、不安になる時がある。

 おそらく、フェリクス殿下は、努力を努力と思わない類の人間だ。

 おまけに人に助けを求めることなく、全て自分でどうにかしようとしてしまう。

 実際、どうにか出来てしまうので、私は不安になる。

 そんな殿下が婚約の件で、私に助けを求めて来たのは、よっぽどだったんだと思う。

 そんな風に周囲に少しでも助けを求めてくれれば良いのだけど……。


「ちなみに、ハロルドなんだけど、彼は王立騎士の優秀な人材として期待されているけれど、実は魔導騎士としても期待されていたりするんだ」

「そうなのですか? いつも魔術をあまり使わないから……」

「基本脳筋だから、物理攻撃に頼るんだけど、彼の雷撃は相当なものだよ。魔力干渉もコントロールもピカイチで、剣に纏わせて相手を昏倒させるのが上手い。後遺症も残さずに捕縛するということで、魔導騎士からの勧誘が来ていたりする」

 なるほど。フェリクス殿下がリーリエ様の護衛から外したがっていたのは、そういう訳だ。

 王立騎士団にも魔導騎士団にも怪しまれることなく、顔を出せるということは調査が捗る。

 確かにそれだけの能力を持った人に頼らないのは勿体無い。


「とにかく、あの魔力量を使った時点で現行犯だよ。本当は幽閉したいところだけど、彼女に取り入りたい者たちが減刑を求めて、厄介なことになりそうな気がする。有耶無耶にされる前に、先んじて手を打ってはいるけど」

「先手ですか?」

「魔力の枷と魔導騎士の監視つきで生活させるよう手続きを申請した。今思えば退学にしておけば良かったと思うんだけど、あの一瞬だったから」

「あ……」

 私が居なくなったあの一瞬で、フェリクス殿下はそこまで先を見通して指示をしていたのだ。

「レイラが居なくなったことで動転してしまって、恥ずかしながら、必要最低限の処理しかしてない」

 リーリエ様が確保されたのを確認した殿下は、近くに居た魔導騎士に諸々の手続きを早急に申請するように指示を飛ばし、それから私の居場所を探索。それから王立騎士と魔導騎士を数名ずつ連れて現場に急行したらしい。

「ふむ。対応としては、十分に最善だったと思うが」

 ルナの言う通り、あの一瞬でそこまで動けるフェリクス殿下がすごい。

「さすがですね。そこまで冷静に動けるとは」

 素直に関心していたのだが、フェリクス殿下は目を逸らした。

「冷静ではなかった……かな。実は無意識に行動していたところもあって、とにかく必死だった。あと、恥ずかしいことに動揺してしまったせいで、少々……その周囲に魔力を漏れさせてしまったというか……魔力の渦を発生させてしまったというか……。ノエルとハロルドには申し訳ないことをした……」

 どうやら純粋な高魔力の渦を発生させてしまったらしく、その後処理を2人に任せていたらしい。

「……私の魔力は、とにかく強いから幼い頃から、魔力の抑制と調整を訓練させられていたし、自信はあったのだけど……。どうやら私はまだまだ未熟らしい。今思えば、かなり、やらかしてしまったな、と」

 気まずそうに告げるフェリクス殿下に、ルナが呟いた。

「そこの男はな、ご主人。そなたのことになると冷静ではいられなくなるらしい。精霊の私から見てもかなりの熟練者なのだがな」

「うん。その通りなんだけど、レイラの前では格好つけさせてくれると嬉しいかな」

 フェリクス殿下は恥ずかしそうに、くしゃりと笑う。

「いえ、殿下! その……かっこいいと思います!何かあった時に動けるかどうか、それが大事だと思うので……。それに私としましては、……その、そう言っていただけると……女冥利に尽きます。……心配してくださったことが……嬉しいと言いますか…………ええっと」

 勢い込んで言い切って、だんだん声が小さくなっていく。

 私は何を言っているのだろうか。

 とりあえず、ルナの後ろにサッと隠れた。

「ご主人。私を盾にするのは止めてくれ。王太子がこちらを熱心に見つめているぞ」

「……ああ。ええっと、すみません。ちょっと今のはなかったことに。あっ! 話を続けましょう!! そう! リーリエ様は、どうなるのですか!?」

「ご主人……強引すぎるぞ」

 分かってる。ルナの呆れた声に、私は自らに苦笑しつつも、赤面した。

「……この後、退学処理をしようとしたところで、たぶん光の魔力の持ち主側を擁護する者たちはいるだろうから、たぶん無理だと思う」

「フェリクス殿下。ちなみに、今リーリエ様は魔導騎士団にいらっしゃるのですか?」

「うん。そのままリーリエ嬢は今、魔導騎士団にその身を引き渡されている。……出来ることは今からやろうと思うけど。とにかく、退学処理が出来なかったとしても、レイラに危害は加えさせないように取り計らうつもりだよ。方法は色々とある」

 ルナの背中から、そうっと顔を出すと、真剣な面持ちのフェリクス殿下と目が合った。

「あんなことがあったからね。私の専属の護衛をつけようと思う。隠密だから、変に意識することはないと思うよ。ちょっと緩い性格をしているけど、信頼出来る護衛だから安心して欲しい」

「あの、フェリクス殿下の護衛ですよね? 私につけたらフェリクス殿下は、どうされるのかと思いまして……」

「……皆の手前、つけざるを得ないんだよ。クレアシオン王国の中で、私に対抗出来る魔術師は居ない。魔力量ではリーリエ嬢の方が上だけど、干渉力で勝っているから何も問題ない」

 ルナもコクリと頷いた。

「干渉力があれば、多少魔力が封じられても強行突破出来るからな。力技だ」

 クリムゾンのあの鎖にも勝てるのだろうか?とふと思った。

 あと、お兄様の魔力吸収などもそうだ。

「そうそう。だから、王族は、幼い頃から過酷な訓練を義務づけられてる。……とにかく私は平気だから、安心して。それで良いかな?」

「……もし、殿下の身に何かあった時は、貴方の身を優先させるようにという条件なら」

 この国の次世代を担う尊い人なのだから。

 いくら殿下が強くても、それだけは譲れないと見つめていれば、フェリクス殿下はやがて折れた。

「うん。そういうことにならないように気をつける」


 フェリクス殿下は立ち上がると、ルナの後ろに隠れていた私へと近付いてそっと手を伸ばして、私の頬を包むようにして軽く撫でた。

 思わず頬を赤くして見上げていれば。

「そういうことは、私を挟まずにやってくれ」

 ルナの憮然とした声。

 なんか、ごめん。ルナ。

 フェリクス殿下は、愉快そうに肩を震わせ笑った後、ルナの肩をぽんっと叩いた。

「もし、私が今日のように暴走しそうになったら、止めてくれ」

「なるほど。了解した。ご主人がその気でなかった場合は、交尾を阻止すれば良いんだな」

「言い方!!」

 ルナの赤裸々すぎる発言に真っ赤になった。


 ルナは振り返ると、宥めるようにして言った。

 やけに神妙な顔をしていた。

「ご主人。命の営みは尊いものだぞ。精霊はそのように生まれるものではないから、尚更そう思う。番って、交尾をすることは何ら恥じることではない自然の摂理だ。この世の万物を見れば分かる通り、そのような行為があるからこそ、次世代に命を繋げられるのだ。私が思うに、ご主人の体ならそれなりに成熟しているから、たとえ交尾をしたところで負担は──」

「もうっ! 交尾って連呼しないで!!」

 この世を見守って来た精霊としては、そのような営みを恥じらう必要などないらしい。

 言っていることは間違ってないんだけど!

 ないんだけど!

 なんだろう。神様的な視点? そんな感じがするけど、とにかくフェリクス殿下が微笑ましそうに私たちを見ているので、即刻ギリギリな発言を止めて欲しい!

 精霊と人間の認識の差を感じた……。

 たとえ人の姿をしていても、空気が読めていたとしても、ルナの感性は精霊だった。


「ルナ。レイラは恥ずかしがり屋だから、発言には気を使ってあげて」

 フェリクス殿下が気を使ってルナにそう言ってくれるけれど。

「ふむ。王太子よ。一言だけ言わせてくれ」

「ん?」

「普段ご主人を散々からかっているそなたには言われたくないぞ」

 ごもっともである。

 というか、これを五十歩百歩って言うのだと思うの。


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