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『なんて面倒な者たちが集ってしまったのだろうか』

 ルナの声はもはや虚無感でどこか虚脱している風である。


 私の後ろから抱き締めてくるお兄様は人前とか気にしないのか。

 普段の夜会や殿下の前では自重していたというのに、何故なの。


「やっぱり、狡い……。そうやって助けてくれる人が居るからって、私は1人なのに。そういうの多勢に無勢っていうんだよ!!」

 いやいや、私は虐めとかしていないのに、どうして責め立ててることになってるの。

 いや、責められてると思っていなくても、分が悪いと気付けばそういうことになるのかもしれない。

 何しろリーリエ様にとっては切迫した状態には違いないのだから。

 思わず半目になりそうなのを堪えながら淑女の笑みを貼り付けていたら、反論したのは、なんとお兄様だった。

「君は何を言っているの!? レイラはね、卑怯なことは一切しない清廉潔白で真っ直ぐな心の持ち主で、どんな人相手にも真摯に向き合う人格者なんだよ! しかも可愛い! さらに教養も礼儀作法も完璧なこの国の至宝! レイラ以上に完璧な女の子は居ない! 彼女こそ、国一の(僕の)プリンセス!」

『突然、語り始めたぞ、この兄』

 どうしよう。お兄様が自重しない。仕事では自重出来るのに、どうしてこういう時は自重しないの。お兄様。

「私だって、卑怯なことはしないで正しく生きているもの! ……そ、それにお姫様っぽいのは、私だって頑張ればレイラさんくらいには……」

『何か対抗し始めたぞ』

 もう好きにして……。

 半分投げやりになった私は、お兄様の腕の中で遠い目をしながら目を逸らした。

「いいや! 君では無理だね。レイラみたいに麗しく有能な女性に成れる訳がない! 何しろ(認めてないけど)王太子の婚約者として立っても誰も文句が言えないくらいに、レイラに瑕疵はないのだから! あまりにも完璧な令嬢っぷりに誰もぐうの音も出ない! だって相手は女神だから!」

「私だって……頑張れば、レイラさんに負けずに、王子様の婚約者に……!」

 リーリエ様は負けずに自らの胸に手のひらを当てて、甲高い声を上げる。

「いいや! 無理だね! レイラのように話し上手且つ立ち居振る舞いが優雅でなければ無理だね! 慎ましい微笑みを浮かべ、多くの者たちを癒す存在に君が適う訳がない! そしてたまに見せる無邪気な少女の顔がまた良いんだ! ふふ、少女と女性の境界を彷徨う妖しげな魅力はいまだけなんだ……! いや、歳を取ってもレイラは可愛いか……それもそれで……」

 私、もう帰って良いだろうか?

『気持ちは分かるが、ご主人。そなたは当事者だぞ。見届けるんだ。たとえそれが無駄な応酬であろうとも』

「貴方はレイラさんのお兄さんだから、そういうことが言えるんだと思います! もしかしたら私が勝っているところだって……。実は、そんなに変わらないかもしれないわ」

「レイラと君が変わらない?酷い侮辱だね?」

 お兄様が鼻でフンと笑った。

 なんだろう。年下の女の子にする仕草じゃない……。

『大人気ない』

 それだ。ルナ正解。

「何言ってるの? 10人中、10人がレイラの方が相応しいって言うよ。だって、こんな麗しい女神は居ないからね! 例えばレイラが婚約破棄した後に、君が殿下の婚約者の座についたところで元婚約者のレイラが素晴らしすぎて、君なんて霞んでしまうよ。それできっとね、相応しくないと後ろ指を指されるんだよ」

 そこまで言うか。

『この兄の思考が分かってきたぞ。ご主人を他の女と同等に扱われたのが嫌だったのだろう』


 ああ。ルナが最近、お兄様の思考を理解し始めているのが何とも言えない。

 お兄様とすれば、妹の私を自慢していただけだったが、リーリエ様は「相応しくない」という部分だけをしっかり受け取ったようで、その言葉に衝撃を受けて一瞬固まった後。

「まだ分からないですから……っ! 私、負けないから!」

 目を悔し涙で潤ませながら、私をキッと睨みつけると、踵を返して行ったのだった。

 計らずも追い払う形になって、ほっとしていれば、お兄様は私をニコニコと間近で見つめながら、何かを期待するがごとく、目をキラキラと輝かせていた。

 え? これは、何を。

『お褒めの言葉が欲しいのではないか?』

 何故、ルナはお兄様の思考を把握し始めているのか。

 そういえば普段から敵襲だとか言ってるし、お兄様のことを敵として認識しているなら、まずは敵を知れ的な?

 でもこの場合、どうしろと?

 お兄様の奇行には慣れきったはずだが、こうして対応に困り、首を傾げることは多々あり、困惑していた私だったけれど、その答えは当の本人によってもたらされた。

「ほら。あの令嬢の前では、殿下と良い雰囲気とかいうデマを否定しなかったんだよ。ものすごく物申したかったけど、空気を読んだ」

『おお……!』

 ルナ。お願いだから、感心しないで。

 お兄様があまりにもシスコンなせいで、ルナのお兄様評価が底辺まで落ち込んでいるのが妹としては何とも辛い。

 でも、そっか。お兄様も空気は読める人だから……。私が関わると、お兄様の場合、空気が読めないのではなく、読まない。

 お兄様曰く、場の空気を読むことよりも大切なことはそこにある。

 正直、意味が分からない。


「お兄様。……困っていたところだったので、ありがとうございました。見苦しい失態を晒さずに済みました」

「あの令嬢……レイラに怒ってもらえるとか許せない……。僕だって最近は何をやっても怒ってくれることなく、優雅にスルーされるのに……」

『それは諦念と言うのだ、兄』

 何やらブツブツ呟くお兄様に、ルナが冷静に呟いていた。

 怒って喜ばれるのは、こちらとしては微妙なので、早急にその性質をどうにかして欲しい。


「あ、そうそう。僕はフェリクス殿下に用事があったんだよ! 最近のレイラとの噂は目に余るものがあるし、真意を知りたいと思って! 生徒たちに聞いて、ここに殿下が向かったことは知っているんだ」

『王太子に敵襲だと念話を入れておくんだ、ご主人』

 念話でフェリクス殿下に一報入れれば、『了解』と大して狼狽もしていない涼しい殿下の声。

 殿下も殿下で大物だ。

「生徒たちから裏は取っているから、逃げも隠れも出来ないよ」

 お兄様は、その柔らかな物腰とフレンドリーさから人に好印象を持たれやすく、初対面の人にも世間話ついでにある程度、情報を聞き出すことが出来る。ユーリ殿下程ではないが、聞き出すことが得意らしい。

 ……本当にシスコンさえなければ……。


 そして叔父様の実験室にお兄様を案内することになったのだが、部屋につくとフェリクス殿下とノエル様は、叔父様の論文を挟んで何やら語り合っていた。

「人工魔石結晶の研究過程が7通りあるが、何故ヴィヴィアンヌ医務官は、難易度が高い実験から始めているのだろうか。」

「フェリクス殿下。この彼の研究は失敗例からヒントを見出す法則になっているぞ。失敗すればする程、細部の矛盾点に気付ける寸法らしい。緻密に仕組まれている」

「なるほど。失敗の事例でもここまで大きな反応を見せていれば成果になるか……。いや、むしろ失敗例の方が反応が大きい?」

「ようするに失敗を前提とした研究の仕方だよ。この実験においては失敗よりも反応の大きさの方が重視されてるんだと僕は思う」


 叔父様の本棚にあった研究論文に好奇心を抑えきれなくなったらしい彼らは生き生きとしていて、それをお兄様はポカンと見つめている。

「おや? 特に疚しい雰囲気や謀りなどは、なさそう?」

 どうやらお兄様は拍子抜けしたらしく呆然とフェリクス殿下を見つめていて。

 フェリクス殿下はこちらを悠然と振り向いて、何の陰りも疚しさもない爽やかな微笑みでお兄様を迎えていた。

「おや、メルヴィン殿。久しいね。色々聞きたいことがあるだろうし、そろそろ来ると思ってた」

『どこからどこまでが演技なのか分からないんだが』

 ルナがそう思うのも不思議なくらい、フェリクス殿下に不自然さは微塵もなかった。

 ノエル様は自然に1歩下がっていて、目立たないように気配をひっそりと消している。

 うん。確かに関わりたくないと思う……。

 おそらく勢い込んでやって来たお兄様だったが、予想外にもフェリクス殿下の堂々とした姿に、呆気に取られていたのか、勢い付いていた声が少し抑えられる。

「お久しぶりにお目にかかります、殿下。ええと、この度は、うちのレイラと貴方の噂話の真実がどうなのか、気になって夜も眠れないので説明の場をいただきたく……」

「ああ……それなんだけどね」

 フェリクス殿下は悩ましげに眉間の皺をグイグイと伸ばしながらこう言った。


「思っていたよりも公爵家のゴタゴタが酷かったせいでね、その結果ヴィヴィアンヌ侯爵令嬢との婚約に異議を唱えるものが1人もいなくて、これまた驚く程に貴族たちに受け入れられたんだ。公爵家の彼らにとっても、他の貴族たちにも1番穏便な選択肢だったようでね。元々私もそれを狙っていたけれど、今回の婚約……思っていた以上に好意的に受け取られたというか」

「公爵家はそれ程までに……? 野心ある彼らが王家との直接的な繋がりを諦めるまでに、ゴタついているのですか?」

 思っていたよりも真剣味を帯びていたフェリクス殿下の声に、お兄様の声が真面目な色を帯びた。

「それはもう足の引っ張り合いが酷い。たとえ王家と繋がりを得たとしても、その瞬間針のむしろになることは分かりきっているようだからね」

「貴族たちが諸手を挙げて賛成する程、6大公爵家は関係が悪化しているのですね。それなら、王家との繋がりを得た瞬間、その公爵家は残りの公爵家に潰される運命にあると……」

 フェリクス殿下は、肩をすくめると苦笑しながら、やれやれと言わんばかりに首を振っている。

「そうなんだ。……それですんなりと受け入れられたのと、レイラ嬢が公爵家令嬢も含めた令嬢たちの間で人気なのも相まって、2人の仲を応援する会のようなものが出来ている。女性に好かれるって凄いよね」

「そ、そんなものが!? でも、さすがレイラ。同性にも人気なんて、さすが! つまりは人徳があるってことですよね、ふふふ。確かにレイラは性格も良いし、可愛いし……」

『誇らしげだな……。ブレていないぞ、この男』

 ルナは、王太子の前でも平常運転のお兄様のシスコン発言に、改めて呆れているらしい。

「それであるお嬢様の1人が、私とレイラ嬢をモデルに小説を執筆して連載しているらしいよ? 『淑女と共に』という誌面で。そこには頬にキスするシーンもあったよ」

 ああああ。見られて、ネタにされている!?

「成程! 火のないところに煙は立たないと言います。その火種は、よもやそんなところに……。たとえ事実でなくても、噂が広まってしまえば出どころは関係ない……ということですか。なんだ、結局は噂だったのですね! そりゃそうですよね。デートしているとか、頬にキスしているとか! そんな暇などなかったですからね!」

 フェリクス殿下はニコニコと邪気のない微笑みを浮かべている。

『以前も言ったが、私はこの王太子が時折空恐ろしいと感じる……。ご主人、気付いているか? 口からデマカセなのに嘘が一切ないという事実に』


 ノエル様がフェリクス殿下の後ろで「うわぁ……」とでも言いたげな微妙な表情を浮かべていて、それがルナの表情と瓜二つだった。


 フェリクス殿下は、何を目指しているのだろうかと時々思う。

 あれ? 本当にどこからどこまでが演技なのだろうか?

 それくらいフェリクス殿下に不審な点は見当たらない。


『ふと思ったのだが、ご主人。王太子の影に隠れていれば、あの兄から逃げられるのでは……?』


 ルナの声は、明らかに本気だった。

 それにしてもお兄様はルナにどれだけ警戒されているのだろう。


 とりあえず今日は、ドン引きした様子のノエル様の顔がとても印象的だった。


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