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フェリクス殿下の回想

「きっと、窮屈な思いをしているだろう。父上からもよく言われているんだ。私が出来ることなら、何か言ってね」


  それはフェリクスにとっては、社交辞令のつもりだった。

  完璧な笑み、内心の隙は誰にも悟らせない。

  だからリーリエ=ジュエル厶に関しても、好意からそういったことを言っているのではなく、傍目からどう見えるかを意識して言った。

  親切な人間であるとリーリエに思ってもらえるように、王家で手綱を取るために打算有りで微笑んだ。

  そして、この気遣いは「私個人でもない、王家総意だ」と分かりやすく告げたつもりだった。

「フェリクス様は優しいんだね」

  少女はその真意に気付くことなく、朗らかに笑う。

  王家の者に敬語なしで、親しげに話しかけてくるのは、きっとこの娘しか居ないだろう。

  人工魔石結晶という発明が生まれたとはいえ、光の魔力を持った人間は貴重だった。

  治癒魔法の上級魔術師となることが出来る上、そういった素質のある者を王家の血筋に入れたいという派閥もあるくらいだ。

  この国でただ一人の魔力適性は、魔術世界において大きな意味を為す。

  だから、王家の者に多少無礼を働いたところで、表向きにはお咎めなしだ。

「私、久しぶりに街に行きたいんだけど、駄目かな?」

  期待するような目。王太子に好かれるかもしれないという仄かな期待は年頃の少女のものだ。

  リーリエは普通の令嬢で、人格的にも問題なく、貴族らしさは欠片もないが善良な類の人間だ。

  フェリクスが友好を示す意味も深く考えていない、恋物語に憧れるだけの少女。

  リーリエがフェリクスを好きかといえばそうではなく、そういった恋情よりも憧れの方が強いことが分かるけれど。

  フェリクスは、彼女のことをあまり知らない。ただ、王家が手綱を取りたい人間の一人。

  精々、機嫌を取っておけと父は命じていた。


  だから彼女が親しげに声をかけて来ても特に何も思わなかった。こちらに害を与えて来なければ別に良い。


「外は危険だから、あまりおすすめはしないけれど」

  王家にも注目され、魔術師にも注目されている彼女の身は、彼女自身が思っている程、安全ではなかった。

  だから本当は出かけたくもなかったが、自分が言い出したことなのだ。

  社交辞令を本気にされるとは思わなかった自分が悪かった。

「きっと、フェリクス様が守ってくれるって信じてる」

  その信頼は素直で、何の含みもないものだったけれど、特に何の感慨も感じなかった。

 ──ああ、面倒だな。


  信頼の扱い程、面倒なものはない。こちらに期待すればする程、彼らは無意識に虚構を生み出していく。

  期待外れ。失望。王族は民にそう思わせないように努力する。

「どうしたの? そんなに思い詰めた顔をして……。私は何も出来ないかもしれないけれど、話を聞くことは出来るよ。少しでも気晴らしになれたら良いな」

  まだ知り合って間もない相手に何も言える訳がない。

 ──だけど、何か言わないと。

  こちらが心を開いていないと思われたら()()()()()()

  だから。

「ただ、毎日の執務に辟易しているだけだよ。執務仕事は疲れるから」

  嘘ではない。

「何かあったの?」

 ──お願いだから何も聞かないでくれ。

  心を許したフリをするのが疲れたなんて、そんなこと言える訳がない。

  本来のフェリクスは頑なで、警戒心が強い性格をしているのだ。

  本当に信用出来る者は数えるくらいしかいない。

  だが、そんなところを見せられる訳がなかった。

  悩みを打ち明けて、アドバイスをしてくれたならば、それ相応に喜んだ演技をしなければならない。

  貴女のおかげで助かったのだと。

  反応が芳しくなければ、それなりの反応をしなければ、人は皆失望するのだ。

『私では貴方の心を癒してあげられなかった』と。


  ふと頭の奥に浮かんだのは医務室に居る彼女。

  最初は、打算や期待の目をしていなかった彼女の凪いだ目を見て、気になっただけだった。

  知らない相手になら話せることもあるだろうと気まぐれを起こしただけだった。


  話していくうちに知っていった。

  彼女が聞き上手なこと。達観したような独特な空気に、自分がとても安心していることも。

  自然と口が緩くなってしまうのが不思議だった。彼女なら話を聞いてくれそうだと根拠なしに思う。

  王族であるフェリクス相手に過剰な期待はしないし、何かを求めようともしないところも気に入っていた。

  『フェリクスの信用』を求めて勝手に失望することもない。

  打算もなさそうだし、友人になりたい旨を伝えたが、彼女は事実をそのまま受け止めた。

  何を言っているのか分からないという顔はしていたが、『王太子なりに色々と考えがあるのだろう』と何かに納得したのか、深く追求することもなくそのまま受け止めた。

  なんというか彼女は基本的に受け身なのだが、グイグイ来られるのが苦手なフェリクスにとっては彼女の控えめな性格はとても安心するのだ。

  そして彼女の独特な雰囲気は、月の光のように静かな輝きで、確かに明るさを感じているのに、目を眩ませない輝きで。

 

 ──あれを居心地が良いというのだろう。まさか私が好きな人のことまで話すとは思わなかったけど。


  夜中にあった月の女神については、彼女にしか伝えていない。

  一目惚れしたなどと、あまり公に知られるのも不都合なのにと理性は言う。


 ──やはり、彼女の独特な雰囲気が理由なのかも。

 

  それは、どうやらハロルドもそうなのかもしれない。

  しかもハロルドは怖がられずに普通に話が出来るということに感動しているように見受けられる。

  二人して最近は、彼女の居る医務室を溜まり場にしている節があった。


 ──ああ。彼女に会いたい。いつか、この悩みを打ち明けたとしても、彼女は受け止めてくれそうな気がする。


  自分と同い年だというのに、大人の女性のような老成した雰囲気を持つ彼女。


  目の前のリーリエに微笑みつつ、フェリクスはそんなことを考えていた。


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