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騎士団と嘘つき  作者: koma
<北軍編>
8/78

(可愛い?)

「なあ、名前は? 聞いてるだろ」


 呆けたリオにむっとしたウィリアムが低い声をあげる。

 しかし、目の前にいる少年がテイルに忠告された危険人物なのかと思うと、緊張と警戒でリオの口は思うように動かなくなった。硬直するリオに、ウィリアムの灰青の瞳が急かすように細められた。

 それでリオはようやっと自身の名を吐き出した。


「……リオ」


 ウィリアムはふっと息をつく。


「リオね。歳は?」

「九つ」

「ふうん、同い年なんだな。面倒だからオレの事はウィルでいいぜ」


 そう言うと、ウィルは床にどかりと腰を下ろした。


……っ」


 と、自身の背中をかばうように手を伸ばす。リオがよく目を凝らしてみれば、その背中には赤く細い傷がいくつも重なっていた。

 なんだろう。

 傷はぶくぶくと腫れあがっている。


「リオ」


 ウィルが握っていた小さな薬壺を差し出した。


「悪いけど、塗ってくれないか」


 断って機嫌を損ねられるのも面倒だ。


「……うん」


 リオは薬壺を受け取り、少年の背後に両ひざをついた。

 そうして思わず顔をしかめてしまう。傷口はすっかり膿んでしまっており、膿と血がじくじくと混ざり合っていた。べルは酷い女だったが、リオはこんな怪我を負ったことはない。


「塗るよ、染みると思う」

「……そっとな?」

「うん」


 声をかけたが、それでも指先が傷口に触れた瞬間、ウィルの白い背はビクりと震えた。相当に痛むのだろう。ウィルは深呼吸を繰り返して痛覚の波が過ぎるのを耐えていた。


「あいつら……絶対許さねえ」


 ウィルの低い唸りに、リオは首を傾ぐ。なにがあってウィルはこんな目に遭っているのだろう。


「あいつらって?」

「あ?」


 ウィルの顔が、わずかにこちらを向く。


「威張り散らしてる屑共に決まってるだろ……って、そうかお前、今日入ったばっかりなんだっけ」


 悪い悪い、とウィルの声が少しだけ和らぐ。


「オレさ、顔が可愛いだろ」

「……ん、ん?」


 唐突な会話の変化に、リオの反応が遅れる。


 可愛い……

 可愛い、だろうか。

 振り向いているウィルの顔を凝視する。 

 整っていると言えば、そう見えるけれど。


 ウィルは構わず言葉を続ける。


「で、上級生の屑共に女みたいだとかってからかわれてさ。唾までかけられて、ムカついたから仕返ししてやったんだ。

それだけだぜ?

ああくそ。思い出したらまた腹立ってきた。それでなんでオレが反省部屋なんだよ納得いかねえ……! お前もそう思うだろ」


 ウィルが勢いをつけて身体ごと振り向く。真っすぐ伸びたウィルの黒髪が、さらりと揺れた。

 正面から激昂した灰青色の瞳に射抜かれ、リオはその上級生たちの気持ちがわかった。

 大きな二重の瞳も、白くてふっくらした頬も、赤い唇も、確かに、可愛らしく見えるかもしれない。怒ってさえいなければ、だが。

 ウィルは続ける。


「しかもだ。教官共は『上級生を気絶させるまで殴るなんて普通じゃない』って、オレの方を閉じ込めたんだぜ? 一発殴ったくらいで気を失う方がどうかしてるだろ。軟弱なんだよ、騎士候補生のクセに」


 ふてくされるように唇を噛む。


「ああくそ。むしゃくしゃする」

「とりあえず落ち着きなよ」


 ウィルに薬壺を返して、リオも尻を床につけて座り込んだ。


「ああ。ありがとうな」


 鬱憤はまだまだ溜まっていそうだったけれど、ウィルは深く息を吐いて、愚痴を飲み込んだ。


 テイルはこいつに近づくなと言っていたけれど、リオには今のところウィルがそこまで悪い奴には見えなかった。

 事情を聴けば、ウィルは全く悪くないし、怒ってしまう気持ちも分かる。

 きっとテイル達は『ウィルが上級生を殴った』という情報しか知らなかったんだろう。それで怖がって、事実を知らないまま、ウィルに近づかないようになる。ウィルを『乱暴で怖い人物』とだけ認識する。そうして、それだけが真実として残り、リオに伝わった──大方そんなところなのだろうと思った。


「災難だったね」


 ぽつりと心の内をこぼす。


「僕も、その上級生の態度は良くなかったと思うし、教官の判断は間違ってたと思う。咎めるなら上級生も一緒であるべきだったよ。ウィルは手加減した方が良かったかもしれないけどね」


 言いつつ、リオは頭をかいた。


「まあ……こんな偉そうなこと言っても、僕は仕返しする勇気もないんだけど。ウィルは凄いね」


 リオはベルの暴力に耐えることしか出来なかった。歯向かうなんて考えたこともない。臆病者なのだ。


「そう、か? そんなこと、初めて言われた」


 ウィルも、少しこそばゆそうに首の後ろをかく。そうしてふと言葉を和らげた。


「お前も女顔だから、苦労してそうだな」

「え」


 リオは焦って、息をのむ。


「僕、女に見える?」

「ん?ああ。最初、なんで宿舎に女がいるのかと思ったし」


 熱くもないのに、汗がじわりと浮かんでくる。


「……あいつらにも、オレってそう見えてたのかな。でも、だからって馬鹿にすることないよな」


 しかしウィルは、喧嘩を売られたという時のことを思い出したようで、再び拳を握りこんだ。


「好きでこんな顔に生まれたんじゃないっての」

「そうだよね」


 会話の流れに乗ろうとリオが同調すると、ウィルがぱっと表情を明るくした。


「だよなあ!?」


 それは、とても可愛いらしい笑顔だった。


「よかった。分かってくれる奴ひとりもいなくって。オレ、今めちゃくちゃ嬉しいかも」


 ウィルは片手をずいっと差し出す。


「今日からオレ達、友達な。困ったこととか嫌な奴がいたら言えよ。絶対助けてやるから」

「うん……ありがとう。よろしく」


 できれば、穏便な方法でお願いしたいけれど。

 リオが握り返した手は思いのほか熱くて、力強かった。

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