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騎士団と嘘つき  作者: koma
小話
78/78

(幽霊騒ぎ)

子供時代。

リオが軍にきて半年後くらいの出来事です。

ウィルと友達になれたあと。

 ぱん、と手と手を打つ音がした。


「頼む! リオ」


 その夜。ベッドに入ろうとしていたリオを訪ねてきたのは、ジエンだった。

 ひょろりと長い身体を二つに折るようにして頭を下げたまま、懇願してくる。


「課題、教室に忘れたんだ。取りに行くのついてきてくれないか……? テイルはもう寝ちまってて」


 その切羽詰まった様子に扉に手をかけたまま、リオは戸惑う。


「課題って、ジャスティン教官の?」

「ああ」

「終わってなかったんだ」

「ん、今夜仕上げようと思って、探したらなくて……」


 上半身を起こして、ジエンが重い息をこぼす。

 その顔色は青白かった。



 リオが北軍にきて、半年が経っていた。


 相変わらずリオたち兵士見習いの活動は農地開拓がほとんどだったけれど、王都の英雄・ディートハルトの意向もあり、実施訓練や座学にも多くの時間が割かれるようになった。

 曲がりなりにも軍所属なのだからと、より実戦に近い兵法なども頭に詰め込まれることになったのだ。


 そして今回、ジャスティンが出してきた提出式の課題もその教育課程の一環で、一人一人出された問題を、文書方式で提出するようにと言われて、読み書きが人一倍苦手なリオは、四苦八苦しながら、昨晩やっとの思いで書き上げた。同室の親友の(頼んでもいない)熱心な指導付きだった。


 リオに出された課題は『敵地で負傷兵を抱え、なおかつ武器も持たない場合、どのように対処するか。』だった。

 戦地など立ったことも、目にしたことすらないリオは、授業で習った知識を総動員し、『適切な手当ののち、安全な行路を見つけ出すことを優先とし、敵地から脱出すべし』という旨をそれらしい文章にした。


 提出は明日だから、もちろん、採点はまだされていない。

 どのような評価が下されるかは怖いところだけれど、ひとまず課題を終えられた、そのことに安堵していた。


 しかしジエンは、課題そのものを教室に忘れてしまったのだと言う。

 しかもよりによって、教官の中でも一番厳しいジャスティンの課題を──。


「なぁリオ、ついてきてくれよ。さっと行って、帰ってくるだけだからさ」

「……別に、ついてくのはいいけど」


 消灯までにはまだ時間もあるし、教室のある学舎はすぐそこだ。


 しかしだからこそ、リオは解せなかった。


「どうして一人で行かないの? 課題取ってくるだけだろ?」


 それこそ、わざわざリオを訪ねずとも、一人で行ってくる方が早いのではないか。

 このやり取りをする時間すら、もったいないように思うのだが……。


 そう疑問に思うリオを、ジエンは困ったように見下ろしてくる。

 

「色々あるんだよ。こっちにも事情が」 

「事情?」

「あとで話す。とりあえず来てくれよ。……ってか、ウィリアムは?」


 リオの同室者の不在を、ジエンは今気づいたようだった。よほど気がはやっているらしい。

 リオは首を左右に振る。


「いないよ。さっき新入りの子たちに話しかけられてたから、また喧嘩かも」

「……飽きないよな、あいつも」


 二人はそろってため息を吐いた。


 リオと同室の少年──ウィリアム(愛称をウィルと言う)は、負けず嫌いかつ短気な性格で、北軍基地内でもしょっちゅう問題を起こしていた。

 今日もウィルは、入軍してきたばかりの少年たちと、どちらが強いかなどと口喧嘩をしていたから、その続きをどこかでやっているのかもしれない。(無論、教官に見つかれば折檻が待っているわけだが。)


 ウィルは細身で、しかも可愛い顔立ちをしているためか、揶揄われたり舐められることが多い。しかしその凶暴さときたら野生の獣そのもので、同じ年頃の兵士見習いたちの中に彼に敵うものはいなかった。だからリオもジエンも、ウィルの心配はしていない。


「ま、いいや。とにかく行こうぜ。教官に見つかったらまずいし」

「うん」


 リオは部屋の灯りを消すと、ジエンと連れ立って宿舎を後にした。





「おい、リオは?」


 ──その数分後。

 自分たちの部屋にリオがいないことを知ったウィルは、真っ先にテイルとジエンの部屋を覗いた。まもなく消灯を迎えようとしているこの時間、リオがいるとすれば、ここしかないと思ったからだ。しかし。


「……リオ? きてない、けど」


 二段ベッドの上で眠っていたテイルがのそりと起き上がり、寝ぼけ眼で答える。ただでさえ癖っ毛のテイルの髪は、さらにあちこちに撥ね上がっていた。

 ウィルは顔をしかめつつ、ベッドの下段が無人あることに気づく。


「ジエンは?」

「ジエン? ……え、まだ戻ってないの?」

「まだって?」


 訝しむウィルを無視して、テイルもベッドの下段を覗き込んだ。そうして困ったように肩を落とす。


「課題取りに行ってるんだと思う、教室に」

「は? 課題?」

「ジャスティン教官のあれだよ」

「……あぁ、あれか。リオも苦労してたな。──で、それがなんなんだよ」

「ジエンの奴、あとは仕上げだけだったのに教室に忘れちゃったらしくて、取りに行ってるんだよ。僕は怖いから断ったけど」

「夜の教室がか?」


 鼻で笑ったウィルに、テイルはふと真顔になった。そうして、いやに慎重に声をひそめる。


「ウィリアム、知らないの?」

「何を?」

「あの教室………………出るんだよ、ほんとに。大昔の軍人の幽霊が、夜な夜な──」

「んなもんいるわけねぇだろ」


 馬鹿じゃねえの。 

 くだらない話に付き合わされたことに苛立ち、盛大な舌打ちをしたウィルは、その勢いのままテイルを睨みあげた。幽霊がどうだとか、ジエンが今どこで何をしているかなんてどうでもいい。ウィルはただ、リオを探していただけなのだ。


「で、リオは知らないんだな?」

「え、う、うん。今夜はここにも来てないと思うけど」

「わかった。邪魔したな、じゃ」

「あ! 待って! もしかしたらリオ、ジエンと一緒にいるのかも」


 部屋を出ようとしていたウィルは、その一言に動きを止めた。


「──は? なんであいつと」


 知らず声に不機嫌が滲む。

 眉間に皺を寄せたウィルに凄まれ、テイルは弁解するように言葉を並べ立てた。


「や、あの! ジエンってあんなナリして結構気弱でさ、特に幽霊とか怪談話とかは駄目みたいで……だ、だからもしかしたらリオを連れてったのかもなぁって。……僕が、断っちゃったから」

「……あいつ」


 確かにリオなら、頼まれればいやとは言わないだろう。

 幽霊だって信じていなさそうだ。

  

 ウィルは苛立ちを募らせつつ、廊下に出る。

 それにしたって帰りが遅すぎだ。何かしらの事故に巻き込まれたとか、教官に見つかってしまったとか、そんな事態になっていなければいいけれど。


 ウィルはため息をつきつつ、足早に寮舎を出る。


「待ってウィリアム、どこにいくの?」

「決まってんだろ、リオを迎えに行く」


 中途半端に靴を履いて追いかけてきたテイルを、一瞥すらせず吐き捨てる。


「迎えに行くって、もうすぐ消灯だよ。見つかったら」

「じゃお前は戻ってろよ。うるせぇな」


 リオはウィルの弟分だ。

 軍に入って日も浅く、知らないことの方が多く、だからウィルは、リオが困っているなら助けてやらなければいけないし、それは自分の役目だと、誰に言われるでもなく知っていた。全く世話の焼ける弟だと、満更でもなく思いながら、真っ黒な影と化している学舎を目指す。

 教官に怒られるなら、一緒に怒鳴られてやらなければいけなかった。


「すぐ帰ってくるって! ウィリアム、戻ろうよ」

「だから戻るならお前一人で戻れよ」


 しつこいテイルにうんざりと視線を向けながら、ウィルは夜の学舎へ足を踏み入れた。






「くら……」

「うん。思ったより暗いね」


 月明りがあるから、平気かと思っていたが。

 深夜の教室は不気味なほど静まりかえっていて、まるで知らない場所みたいだった。


 リオに寄り添うにように廊下を歩き、教室に入ったジエンは、おそるおそる自分が使っていた席を探す。


「どう? ありそう?」

「ああ、確かここに……あった!」


 明るい声を上げたジエンの手には、数枚の紙束が確かにある。


「うん、これだ。間違いない」

「すぐ見つかってよかったね」


 暗がりの中、課題を確認しながら、ジエンは何度もリオに礼を告げた。


「ほんと助かったぜ。あー、命拾いした……」

「そんな大袈裟な」


 思わず笑ってしまったリオの視界に、その時ふと、人影が映る。


(え?)


 誰もいないはずの廊下。

 そこに、何かの影が揺らいだような気がしたのだ。


(まさか、教官の誰か……?)


 焦ったリオはそっと廊下を見やる。

 しかし、しんとしたそこは先ほどと同じく薄暗いまま。


 なにもなかった。


「気のせいかな」


 呟いたリオに、ジエンが「どうしたんだよ」と声をかけてくる。


「ああ、うん。そこを誰かが通ったような気がして」

「え」


 瞬間、顔をこわばらせたジエンに、リオは慌てて言葉を付け足す。


「大丈夫。僕の見間違いみたいだったから」


 しかしジエンは硬い表情のまま、突然リオの手を握ると、逃げるように教室を飛び出した。


「ちょ、ちょっとジエン……!? どうしたの」


 驚愕しつつもなんとか声を顰め、リオはジエンに問いかける。

 ジエンは、リオを引き摺るように足早に廊下を進みながら言った。


「さっき、事情があるって言っただろ」 

「え? ああ、うん」


 そう言えばそんなことを言っていた気がする。

 頷いたリオに、ジエンは前を向いたまま話を続けた。


「夜の学舎は『出る』って噂があんだよ。昔から」

「『出る』?って、なにが?」

「……幽霊」


(………………幽霊?)


 思わず眉を顰めたリオに、ジエンは半泣きで振り向く。リオは目を丸くした。


「ほんとなんだって! 何人も見た奴がいるんだからな!」

「そ、そうなんだ」

「信じてないだろ」

「そんなことはないけど」


(幽霊。なるほど……でも)


 リオはジエンが怖がっている理由を知って、納得した。

 見たことはないけれど、そんな存在がいることは宿屋にいた頃、おしゃべりなトマスに何度も聞かされたことがあったからだ。


「じゃあさっき、僕が見た影も幽霊だったのかな」

「怖いこと言うなよ。そこは見間違いだったで終わらせてくれよ」

「だってジエンが」


 二人でぶつぶつと言い合いながら、暗い階段をゆっくり、けれど急いで駆け降りる。

 あと少しで一階に辿り着く──そう思った瞬間だった。


「うわああああああああ!!!!」

「!」


 叫び声を上げたジエンに、リオはめちゃくちゃに抱きつかれた。痛い。


(出た……!?)


 しかし、階段を降りた先、そこにいたのは。


「おい、なにやってんだお前」


 顔をひどく歪めたウィルと、気の毒そうな顔をしたテイルだった。


「あれ? 二人ともどうして……」

「リオを迎えにきたに決まってんだろ。おい離れろ、いつまでしがみついてんだ」


 ずかずかと歩み寄ってきたウィルは、力任せにリオの腕を引きジエンからひっぺがした。そうしてすぐにリオの顔を覗き込んでくる。


「大丈夫か? 怪我とかしてねえか?」

「うん。全然平気、課題とってきただけだし」


 盛大に舌打ちしたウィルは、硬直したままのジエンを睨み上げる。


「この弱虫が。リオ巻き込んでんじゃねえよ」

「そう怒らないであげて。リオもごめん。僕が断っちゃったから」


 仲裁するように間に入ってきたテイルに、リオは左右に顔を振る。


「いいよ。なにもなかったし。ああでも、幽霊っぽいものは見えたかも」

「え?」

「ほんとか?」

「うん。なんか、黒かった」


 ウィルが片眉を顰める。


「ただの影じゃねえの」

「うーん。そう思うんだけど、なんだか人っぽかった気がして。大人で、男の人で」

「はい、終わり。そこまで。帰ろう」


 テイルが無理やり話を遮り、四人は夜の学舎を後にするのだった。





「ごめんね、ウィル」

「あ?」


 宿舎は、もうすぐそこだった。

 前方をテイルと半べそのジエンが、後方をリオとウィルの二人が歩いていた。


「なんのごめんだよ」

「心配かけただろ」

「……無事だったからいいけど。今度から俺にも声かけろよ、特に夜は」

「うん。迎えにきてくれてありがとう」

「当たり前だろ、お前は俺の弟分なんだから」


 言って、にっと口の端をあげて笑ったウィルはとても可愛らしかった。けれど、そう口にすると彼は決まって機嫌を損ねるから、心の中にしまっておくことにする。


 怒りんぼが治ればいいのに。


 思っていたリオの耳に、その時ふと、柔らかな声が届いた。


「──やあ、皆。こんな夜更けにお散歩かい?」


 聞き覚えのありすぎる声。

 ああ。

 もうすぐ、もうすぐで宿舎に辿り着き、何事もなく眠りにつけるはずだったのに。


「最悪」


 隣でウィルが低く呟く。

 前を歩いていた、テイルとジエンの顔は見えない。

 でも、想像は容易についた。


「おかえり」


 にこにこと笑顔で立ちはだかるジャスティンの姿に、リオの胃はきりきりと痛んだ。

 幽霊なんかより、よっぽど怖い……。




 後日。

 許可なく宿舎を抜け出した罰として、四人には訓練後の労働と清掃が課せられた。

 

 飽きることなく文句を言いながら畑仕事をするウィルに、リオは考えていた疑問を口にする。


「でもさ、幽霊ってほんとにいるのかな」

「さあ? 俺は見たことねえし、いないと思ってるけど」


 耕した土に、苗を植え付ける。この作業は嫌いではなかった。

 リオは首に伝ってきた汗を拭う。


「あの幽霊が、お父さんかお母さんだったら嬉しかったなと思って」

「そういう考えもあるか」

「うん」


 あの人影には驚いたけれど、怖い感じはしなかった。だから。

 そうだったらいいなと思ったのだ。


「おい」


 ウィルに話しかけられ、振り向く。とたん優しく頬を拭われた。


「土ついてたぞ」


 全く。と呆れ顔をしたウィルが笑う。

 その顔はどこか得意気で、眩しくて。

 ウィルと友達になれてよかったと、心から思うのだった。



ずっと温めていたSS。

やっと書き上げられました☺︎

読んでくださってありがとうございました。

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