(悪くはない)
北軍時代のテイル視点のお話。
試験でリオがウィルを抜いて、ウィルが怒る一幕です。
(Twitter掲載 SSを修正したものです)
その朝。
宿舎の掲示板の前に、人だかりが出来ていた。先日行われた試験の結果が張り出されたのだろう。そこには上位30名までの名が羅列される──従軍して一年と少し──残念ながらテイルの名前は一度も載ったことがなかった。
どうせいつもの奴らなんだろうな。
そうは思いつつ、けれど一応、と引き寄せられるように覗いてしまう。
そこで、硬直した。
「え?」
一番上の名前が、変わっている。
──長年その位置を独占していたウィリアムが、ついに抜かれたのだ。
動揺は周囲にも広がっていた。掲示板の真正面に立つウィリアムは、その肩を小さく震わせている。
うわ、怒ってる。
テイルはなんとも言えない気持ちになって、ウィリアムを覗き込んだ。
よほど悔しいのだろう。
ウィリアムは白い頬を真っ赤にして、隣に立っている少年──リオを睨んでいた。
「オレが勉強教えてやったのに……!」
噛み付くように言ったウィリアム。しかし当のリオは淡々と──いや、いつもより少しだけ嬉しそうに掲示板を眺めていた。
「うん、ありがとう。ウィルのおかげだよ」
「……っ! 次は、オレが勝つからな!」
「うん。僕も負けないように頑張る」
「オ、オレはもう勉強教えてやらねえぞ! お前は今日からライバルだ!」
「え、一緒にやろうよ。ウィルって色々知ってるから聞きたいし」
問題児として敬遠されていたウィリアムに、ここまでずけずけものが言えるのはリオくらいのものだろう。テイルは半ば感心しながら二人のやりとりを眺める。
ウィルはまだ、怒鳴っていた。
「お前、そうやって次もオレから一番を奪うつもりだろ!」
「そんなつもりはないけど。ただウィルと勉強したいだけだし」
「くっ。いくら親友つってもな、オレは騙されねえ」
テイルは、苦悩するウィリアムに苦笑した。
まるで子供だ──子供だけど。
「なんだよ、ウィリアムの奴とうとう抜かれたわけ?」
と、後ろからやってきたジエンが驚いた声をあげる。
運悪く、その独り言はウィリアムの耳に拾われてしまった。
「たまたまだ!」
怒鳴られたジエンは「悪い悪い」と引き攣った笑いを返す。
朝から元気な奴だな、とテイルは小さく息をついた。
「ほら、みんな。そろそろ食堂に行こうよ。講義に遅れるよ」
言ったテイルに、ウィリアムは渋々頷いた。
そうして揃って食堂に向かう道すがら、テイルはふと思った。
不思議なものだ。少し前まではウィリアムのことが恐くて嫌いで仕方がなかったのに、今はこうして自分から話しかけて、食事に誘っているなんて。
でも、悪くない。
まだぶつぶつと文句を垂れているウィリアムを見つめて、テイルは、小さく笑った。




