(そうして、ふたりは)
* * *
あるところに不幸せな少女がひとりありました
少女は不幸せを嘆き嘘をつきました
そうして偽りの幸福を手に入れました
けれどある日嘘は暴かれ罪に問われてしまいました
偽りの幸福はあっけなく壊れ少女のもとに残ったのは偽りの中で手に入れたひとつの真実だけでした
* * *
「で、初めての失恋はどうだった?」
自宅のガーデンテラスで、ルイスは旧友アーデルハイトと向かいあっていた。
今日も今日とて頭のてっぺんから足の先まで完璧な出で立ちをしたアーデルハイトは、蠱惑的な微笑みを浮かべる。その背後には番犬のように彼女の騎士、オーウェンが屹立していた。
いつ見ても威圧的な人たちだとルイスは苦笑する。
「辛いね。立ち直るのは、時間がかかりそうだ」
「そ。でも意外と平気そうね」
「そう見えるかい?」
だとすれば、リオのおかげだろうとルイスは思う。
彼女がくれた一日のおかげで、ルイスはきっぱりと諦めることが出来た。こんな自分でも、想う相手をほんのひと時だけでも笑顔にすることが出来るのだと、自信が持てた。
「でもまさか、あなたがデートに誘うなんて思わなかったから、本当に驚いたわ」
アーデルハイトは困ったように眉を寄せる。
「おかげでウィルの機嫌が悪いったらなくて、とっても面倒だったのよ」
「はは、あの人、怖そうだったもんね」
「違う違う。ちっとも怖くはないの、面倒なのよ」
繰り返し言って、アーデルハイトはほんの少し息をつく。ルイスを気遣うように声を落とした。
「でもおかげでウィルも踏み出せたみたい」
ルイスは口元に笑みを浮かべたまま、その意味を理解し、飲み込み、言った。
「それは良かった」
陽光降り注ぐテラスに、爽やかな一陣の風が吹く。
庭師が丹精込めて造り上げた草木が揺れ、懐かしいような土の匂いが香る。
リオを思えば、ルイスの胸はまだ鈍く軋んだ。
傷の深さからするに、しばらくは癒えないだろう。
それでも、少しでも彼女の幸福に貢献できたなら良かったと思える――そんな自分が誇らしくもあった。
「あなた少し、カッコよくなったわね」
アーデルハイトがからかうように笑う。
「そう?」
ルイスは言いながら、まんざらでもなく受け入れる。
「少しよ、少し」
「手厳しいな」
「調子に乗ったら可哀想だもの……でも、ねえ、社交界に出てみたら?失恋に効く薬は、新しい恋しかないってうちの騎士が言ってたわ」
「うん――そうだね、考えておく」
新しい一歩を踏み出してみようかな。
ルイスはそっと、前向きに頷いた。
*
また、季節が巡る。
それからもリオは、変わらぬ毎日を送っていた。
日々仲間たちと鍛錬を繰り返し、力をつけ、高みを目指す。手加減など無用だと主張すると、騎士仲間達は皆微妙な顔をしたけれど、リオの努力を認め、以前と同様に相手をしてくれた。
――ただ、ひとつだけ劇的に変わったことはそう、大切な親友が、恋人になったことだった。
主君と仲間たちは温かく祝福してくれて、けれどリオには全てが初めてで、正直なところ、戸惑っていた。恋人の正しいあり方が、わからなくて。
そんなリオの様子を見兼ねて助言してくれたのは、キースだった。
「リオ、いいこと教えてあげようか」
そう言った彼は、恋人らしい習慣のひとつを、リオに教授した。
顔を赤らめてしまうのを止められないリオに、「本当に君たちは初心だな」とキースは苦笑していた。
仕方がないとリオは思う。
だってウィルは子供の頃からずっと夢を追うのに夢中で、リオはウィルに追いつくのでいっぱいだったのだから。
でも、これからは違う。
自分たちは大人になっていく。
きっと色んなことを知って、変わっていく。
それでもずっと、ずっと一緒にいたいと思う。
だから変化を恐れないでいたい。
「ウィル、おはよう」
その日リオは、いつものように起きて、廊下ではちあったウィルに朝の挨拶をした。
ウィルはいつもの通り「おはよう」と返してくれる。
けれどその日は、ひとつだけ違った。
リオは近くに誰もいないのを確認し、ウィルのそばによると、その腕をつかみ、つま先立ちになる。
そうして一瞬だけ、唇をウィルの口の端に寄せた。ああ、ずれてしまった。すぐにかかとを地に戻し、呆けるウィルを恐々と見上げて、言った。
「朝の、挨拶なんだって」
ウィルは赤らむでも怒るでもなく、リオを見下ろし続ける。
「誰に吹き込まれた」
「…………キース」
ウィルが眉を寄せ「あいつ」と呟く。
と、リオの腕をつかみ返すと、背を屈め、その唇をリオのそれに押し当てた。命中した。
――熱は、すぐに離れていく。
目を見開いたリオに、ウィルは目を細めて笑った。
「下手くそ」
と、廊下の向こうから歩んでくるオーウェンとアーデルハイトに気づき、後ろに飛び退く。
「おはよう、リオ、ウィル。いい朝ね」
優しく美しい主人に平常心を保ちながら、リオは向き直る。
見られていただろうか。
主君の笑顔がいつもより輝いている気がして、リオの肌は知らず、首まで真っ赤に染まる――その隣では、同じく顔を赤らめた恋人がいた。
何故ならふたりは、互いに初めての相手だったからだ。
* * *
それからの少女の物語は多少のつまづきはあれど幸福に満ち溢れたものでした
それからふたりはみんなと一緒に いつまでもいつまでも幸せに暮らしました
長い間お付き合いくださり、ありがとうございました。**koma




