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騎士団と嘘つき  作者: koma
<騎士団編>
60/78

(恋と友情)

 *


「は?」


 思いのほか強い口調になってしまった。 


「デート?」


 ウィルが聞き返すと、定位置となっている隣の席でリオがおずおずと頷いた。なんとも煮え切らない態度に、ウィルはナイフとフォークから手を離し、身体ごとリオを向く。


「おい、無理やり約束させられたんじゃないだろうな」

「ルイスはそんなこと出来ないわよ」


 そう否定するアーデルハイトも、動揺を隠せてはいなかった。大人しく気弱な幼馴染に、そんな行動力があったのだろうかと。



 ルイスが最後に訪問してから、数日後。

 その日の夕食は、アーデルハイトと騎士の全員がそろっていた。

 アーデルハイトは結構なペースで酒を進め、それに今夜はキースが付き合っていた。そうしてメインの肉料理が出てきた頃、会話が途切れたのを見て、リオはアーデルハイトに休暇を願い出たのだった。


 リオが日を指定して休暇を願い出るなど初めてのことで、ウィルは無論、アーデルハイトとキース、オーウェンまでもが珍しがった。そうして詳しく聞けばデートに行くのだと言う。あの、男と。


 ウィルはリオを向いたまま低く声を落とす。


「デートって……大丈夫か?」

「うん、たぶん。だって出かけるだけでしょ?」


 こちらを見上げたリオに、ウィルは「ああ……まあ」と曖昧に返す。

 実のところ、ウィルにだってデートの経験なんてない。ないからこそ、心配だった。なんの助言もしてやれない。


「どこに行くんだ?オレ、ついて行ってやろうか」

「父親かよ」


 呆れたように口を挟んだのは、キースだった。

 ワイングラスを片手に、皮肉めいた笑みを向けて来る。

 ウィルは睨み、言った。


「お前は関係ないだろ。黙ってろ」

「関係ないのは君もだよ、ウィリアム」


 キースはゆっくりと手の中でグラスを回し揺らした。


「デートぐらい好きにさせてやりなよ。もう君たちは“子供じゃない”んだろ?」


 ウィルが口を噤んだのは、それがいつか自分がリオに向けて放った言葉だったからだ。キースの勝ち誇ったような笑みにますます腹が立つ。

  

 と、見兼ねたアーデルハイトが幾分乱暴にグラスを置いた。全員の視線が主に集まる。

 

「キース、その嫌味な口調止めてくれない。お酒が不味くなるわ」

「これはこれは、失礼しました。姫」


 おどけて見せたキースに、アーデルハイトは困ったように息をつく。


「ウィルも、そう熱くならないで。リオが遊びに行くくらい良いじゃない。たまには息抜きも必要よ。それに相手がルイスならわたしも安心だし」


 言って、その顔をリオへ向けた。たおやかな笑みを浮かべる。


「リオ。時間は気にしなくていいから、好きに遊んでらっしゃいな」

「はい……ありがとうございます」


 アーデルハイトが承諾してしまえば、他の騎士たちは従う他ない。

 けれどウィルはただただ、不安だった。





 ――デートって


 一足先に食堂を出たウィルは、自室のバルコニーで夜風を浴びていた。

 王都の夜は明るく長い。

 街の方では至る所に光が灯っていた。耳を澄ませば、賑やかな喧騒まで聞こえて来る気がする。


「意味わかってんのかよ」


 ウィルは、バルコニーの柵に両腕を水平に乗せ、体重を預けるように寄りかかった。街を見下ろすその顔は暗く浮かない。


 リオが離れていく。

 そうして自分も、変わっていく。

 そう感じるようになったのは、いつからだろう。


「やあ、ウィリアム」


 背後から声をかけられ、ウィルはゆっくりと振り返った。キースが、片手に緑色のボトルと空のグラスをふたつ下げている。


「飲もうよ」


 ウィルが返事をする間もなく、キースはバルコニーの縁にグラスを並べると、とくとくと勝手に注いでいった。


「白かよ」

「赤のほうが好き?」

「どっちでもいい」


 ウィルはグラスを受け取り、一息にあおる。その様子を眺めてキースは静かに言った。


「そんなに嫌?」


 リオのことを指していた。ウィルは少し間をおいて、言葉を選ぶ。


「心配なだけだ」

「大丈夫だって。リオ、しっかりしてるし」


 キースもグラスを傾けた。一口飲んで離す。そうして言った。


「なあウィリアム。友達はずっと一緒じゃないよ、いつかは道は分かれる。どんなに仲が良くても」


 ウィルは空になったグラスを差し出した。


「約束した。ずっと一緒だって」 


 キースがボトルを手に取り、注ぐ。 


「子供の頃の話だろ?」

「騎士になってからだ」


 グラスはすぐに満ちた。

 キースは、ボトルをそっと縁に乗せる。


「その約束で、リオが傷ついていても?」

「は?」

「オレはさ、本当は、他人の恋愛事に首を突っ込むのあんまり好きじゃないんだ。昔、まだ子供の頃だけど、責任転嫁されたり、したりしてしまったから――だけどリオも君も不器用すぎて見てられない。だから言うね」


 お節介だけど、と付け足した。


「リオは、君のことが好きだよ。どういう意味か、わかる?」 

 

 夜風が吹いた。

 ウィルは茫然としながら――あの、忌々しい裁判の渦中、アーデルハイトが叫んでいた声を思い返していた。


『女の子はね、いつだって好きな男に守って欲しいって思ってるものなのよ』


 あの時は、激昂したアーデルハイトが勝手に口にしたものとばかり思っていた。

 でも、もし、本当に“そう”だったら?

 リオはずっと、自分に片思いをしていたことになる。

 ずっと。ずっと?

 いつから?


 ウィルは考えを振り払うように声を荒げた。


「あり得ない。オレたちは友達だった」

「そうだ」


 キースは頷く。


「君がそう思ってるから、リオは言わない。これからもずっと。友達でいようとするだろう」


 ウィルはグラスを握ったまま縁を叩く。

 ワインがこぼれ、シャツに飛ぶ――ああ、白で良かったかもしれない。


「じゃあどうしたらいいんだ。リオの気持ちを受け止めてやればいいのか。でも、オレは」

「リオを友人としか見られない?」


 言われ、ウィルは違う、とくぐもった声をあげた。


「違うんだ。わからないんだ」


 どこからが恋で

 どこからが友情なのか。

 わからない。


 リオを大切に思う気持ちに偽りはない。困ったことがあれば助けてやりたいし、一緒にいると楽しい。


 けれど、それが今までの友情と、どう違うのか、分からない。


「君って本当に、子供なんだな」


 呆れたようにキースが呟く。


「誰とも付き合ったことがないからそうなる。君もリオも」


 残りの酒も全て飲み干して、言った。


「リオのデートはいい経験になると思うよ、オレは。彼女は他の男にも目を向けるべきだ。だから君は黙って見守って、リオが困ったらその時は助けてやればいい。“親友”なんだろ?」


 答えあぐねるウィルに冷笑を残し、キースは背を向ける。

 涼しいと思っていた夜風は、いつの間にか、ひどく冷たくなっていた。 

  

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作品全体の尊みがK点突破しました(合掌) [一言] キースはいいやつだ
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