(恋と友情)
*
「は?」
思いのほか強い口調になってしまった。
「デート?」
ウィルが聞き返すと、定位置となっている隣の席でリオがおずおずと頷いた。なんとも煮え切らない態度に、ウィルはナイフとフォークから手を離し、身体ごとリオを向く。
「おい、無理やり約束させられたんじゃないだろうな」
「ルイスはそんなこと出来ないわよ」
そう否定するアーデルハイトも、動揺を隠せてはいなかった。大人しく気弱な幼馴染に、そんな行動力があったのだろうかと。
ルイスが最後に訪問してから、数日後。
その日の夕食は、アーデルハイトと騎士の全員がそろっていた。
アーデルハイトは結構なペースで酒を進め、それに今夜はキースが付き合っていた。そうしてメインの肉料理が出てきた頃、会話が途切れたのを見て、リオはアーデルハイトに休暇を願い出たのだった。
リオが日を指定して休暇を願い出るなど初めてのことで、ウィルは無論、アーデルハイトとキース、オーウェンまでもが珍しがった。そうして詳しく聞けばデートに行くのだと言う。あの、男と。
ウィルはリオを向いたまま低く声を落とす。
「デートって……大丈夫か?」
「うん、たぶん。だって出かけるだけでしょ?」
こちらを見上げたリオに、ウィルは「ああ……まあ」と曖昧に返す。
実のところ、ウィルにだってデートの経験なんてない。ないからこそ、心配だった。なんの助言もしてやれない。
「どこに行くんだ?オレ、ついて行ってやろうか」
「父親かよ」
呆れたように口を挟んだのは、キースだった。
ワイングラスを片手に、皮肉めいた笑みを向けて来る。
ウィルは睨み、言った。
「お前は関係ないだろ。黙ってろ」
「関係ないのは君もだよ、ウィリアム」
キースはゆっくりと手の中でグラスを回し揺らした。
「デートぐらい好きにさせてやりなよ。もう君たちは“子供じゃない”んだろ?」
ウィルが口を噤んだのは、それがいつか自分がリオに向けて放った言葉だったからだ。キースの勝ち誇ったような笑みにますます腹が立つ。
と、見兼ねたアーデルハイトが幾分乱暴にグラスを置いた。全員の視線が主に集まる。
「キース、その嫌味な口調止めてくれない。お酒が不味くなるわ」
「これはこれは、失礼しました。姫」
おどけて見せたキースに、アーデルハイトは困ったように息をつく。
「ウィルも、そう熱くならないで。リオが遊びに行くくらい良いじゃない。たまには息抜きも必要よ。それに相手がルイスならわたしも安心だし」
言って、その顔をリオへ向けた。たおやかな笑みを浮かべる。
「リオ。時間は気にしなくていいから、好きに遊んでらっしゃいな」
「はい……ありがとうございます」
アーデルハイトが承諾してしまえば、他の騎士たちは従う他ない。
けれどウィルはただただ、不安だった。
――デートって
一足先に食堂を出たウィルは、自室のバルコニーで夜風を浴びていた。
王都の夜は明るく長い。
街の方では至る所に光が灯っていた。耳を澄ませば、賑やかな喧騒まで聞こえて来る気がする。
「意味わかってんのかよ」
ウィルは、バルコニーの柵に両腕を水平に乗せ、体重を預けるように寄りかかった。街を見下ろすその顔は暗く浮かない。
リオが離れていく。
そうして自分も、変わっていく。
そう感じるようになったのは、いつからだろう。
「やあ、ウィリアム」
背後から声をかけられ、ウィルはゆっくりと振り返った。キースが、片手に緑色のボトルと空のグラスをふたつ下げている。
「飲もうよ」
ウィルが返事をする間もなく、キースはバルコニーの縁にグラスを並べると、とくとくと勝手に注いでいった。
「白かよ」
「赤のほうが好き?」
「どっちでもいい」
ウィルはグラスを受け取り、一息にあおる。その様子を眺めてキースは静かに言った。
「そんなに嫌?」
リオのことを指していた。ウィルは少し間をおいて、言葉を選ぶ。
「心配なだけだ」
「大丈夫だって。リオ、しっかりしてるし」
キースもグラスを傾けた。一口飲んで離す。そうして言った。
「なあウィリアム。友達はずっと一緒じゃないよ、いつかは道は分かれる。どんなに仲が良くても」
ウィルは空になったグラスを差し出した。
「約束した。ずっと一緒だって」
キースがボトルを手に取り、注ぐ。
「子供の頃の話だろ?」
「騎士になってからだ」
グラスはすぐに満ちた。
キースは、ボトルをそっと縁に乗せる。
「その約束で、リオが傷ついていても?」
「は?」
「オレはさ、本当は、他人の恋愛事に首を突っ込むのあんまり好きじゃないんだ。昔、まだ子供の頃だけど、責任転嫁されたり、したりしてしまったから――だけどリオも君も不器用すぎて見てられない。だから言うね」
お節介だけど、と付け足した。
「リオは、君のことが好きだよ。どういう意味か、わかる?」
夜風が吹いた。
ウィルは茫然としながら――あの、忌々しい裁判の渦中、アーデルハイトが叫んでいた声を思い返していた。
『女の子はね、いつだって好きな男に守って欲しいって思ってるものなのよ』
あの時は、激昂したアーデルハイトが勝手に口にしたものとばかり思っていた。
でも、もし、本当に“そう”だったら?
リオはずっと、自分に片思いをしていたことになる。
ずっと。ずっと?
いつから?
ウィルは考えを振り払うように声を荒げた。
「あり得ない。オレたちは友達だった」
「そうだ」
キースは頷く。
「君がそう思ってるから、リオは言わない。これからもずっと。友達でいようとするだろう」
ウィルはグラスを握ったまま縁を叩く。
ワインがこぼれ、シャツに飛ぶ――ああ、白で良かったかもしれない。
「じゃあどうしたらいいんだ。リオの気持ちを受け止めてやればいいのか。でも、オレは」
「リオを友人としか見られない?」
言われ、ウィルは違う、とくぐもった声をあげた。
「違うんだ。わからないんだ」
どこからが恋で
どこからが友情なのか。
わからない。
リオを大切に思う気持ちに偽りはない。困ったことがあれば助けてやりたいし、一緒にいると楽しい。
けれど、それが今までの友情と、どう違うのか、分からない。
「君って本当に、子供なんだな」
呆れたようにキースが呟く。
「誰とも付き合ったことがないからそうなる。君もリオも」
残りの酒も全て飲み干して、言った。
「リオのデートはいい経験になると思うよ、オレは。彼女は他の男にも目を向けるべきだ。だから君は黙って見守って、リオが困ったらその時は助けてやればいい。“親友”なんだろ?」
答えあぐねるウィルに冷笑を残し、キースは背を向ける。
涼しいと思っていた夜風は、いつの間にか、ひどく冷たくなっていた。




