(騙された少年)1
「ここが宿舎。寝泊りする部屋だ。一室ふたり、贅沢だろ」
兵士小屋にいたこの男は、リヒルクという。
教官のひとりだそうだった。
軍服を纏ってはいたものの、少しくたびれた感じのする中年の男性で、伸ばしかけなのかそれとも剃り残しなのか判別のつかない顎髭を、頻りに指先で撫ぜている。
「で、あっちが食堂と調理場。食事は自分たちで用意する。係が回って来るからくれぐれも忘れるなよ。ここにいる連中は皆食事だけが唯一の楽しみみたいなところもあるから。忘れたり、不味いもの出してみろ。一週間は下僕にされるぞ」
「断言してもいい」とリヒルクは言いきった。実体験なのかもしれない。リオは、神妙に頷く。
「井戸はあそこな。水は自由に飲め」
リヒルクの後を追いながら、紹介されたばかりの宿舎を眺める。
リオと同じくらいの年齢の少年たちが出入りを繰り返していた。
「とりあえず、日暮れまでは裏の訓練に混じってろ。知り合いも出来るかもしれんし」
「はい」
軍内部は、統率された町のようでもあった。
宿舎は縦と横に几帳面に整列していて、遠目から見た時よりもずっと整っている。
行き交う人々はほとんどが成人前の少年で、それに混じって軍服の兵士が混じっている。兵士は、子供たちを監視しているようでもあった。少年たちは兵士たちを「教官」と呼んでいる。リヒルクも、何度かそう呼びかけられていた。
「こっちだ」
リヒルクのあとをついて宿舎の通りを抜けると、開けた場所に出た。
「ここが、裏の訓練場だ。だいたいここで稽古をやってる」
そこは、牧草の広がる平地だった。騎乗した兵士や、隊列を組んでいる兵士が組み合ったりしている。
リオはふと、そこに妙なものを見つけた。
なんだろ、あれ
長方形の柵に囲われた一帯があった。
その中で少年たちが鍬で足元を耕したり、別の場所では苗を植えたりしている。
まるで農園地だ。
不思議に思ったリオは、リヒルクを見上げる。
「あの、あれは」
「ま、説明はこんなとこだ。わからん事があったら周りに聞け、じゃあな」
「え、リヒルクさ」
踵を返したリヒルクを留めることは叶わなかった。
「待って」
追いかけようとしたリオの肩に、後ろから、ぽんと、手が乗せられる。
驚いて振り向けば、同じ目線の高さで、見知らぬ少年が微笑んでいた。
「新入りさん?」
そう聞いてきた小柄な少年には、えくぼがある。
明るい金髪のくせ毛は、あちこちに向かって跳ねていた。
リオは、緊張しながら頷く。
「うん」
「今日から入るの?」
「うん、よろしく」
「こちらこそよろしく。僕はテイル。君は?」
「……リオ」
テイルははは、と笑った。
「そんなに構えなくていいよ。あれ? それとも僕、そんなに怖い顔してる?」
リオはとっさに首を振った。
むしろ逆だった。
たぶん、一目で好かれるタイプだと思った。明るくて落ち着いた話し方も、人懐っこい笑顔も。
問題は、リオにある。
ベルの元にいた影響だろうか。こんな風に笑いかけられることが少なかったからか、どう反応すればいいのか、わからなくなる。
けれどテイルは、固まったリオを気にする風もなく、片手に持っていた鍬を差し出した。
「じゃあ、はい」
「……え?」
受け取りつつも、これは何、と視線で問う。
テイルはその様子に、「ああ」と、眉を寄せながら唇で笑った。少しだけ、意地が悪そうに。
「そうか。君も騙されたクチなんだな」




