(寂しい選択)
*
ルイスの帰宅後、ひとり自室に戻ったリオは吸い込まれるようにベッドに横たわった。毎日メイドが整えてくれるシーツは清潔で、今日もいい香りがする。
けれど気分は一向に晴れる気配がなかった。
『どうか、前向きに考えては頂けませんか』
そう言ったルイスにリオが放った言葉は残酷だったろうか。
『お付き合いは、出来ません。すみません』
友人からでもいい、と言ってくれたルイスに対して、リオはやはり頷くことが出来なかった。
言い切ったリオに、ルイスはぴくりと眉を寄せ、しかしそれでも諦めきれないと、食い下がった。
『どうしても、ですか?』
喉の奥から絞り出すような声に、リオの心は一瞬揺らいだ。同情だった。
『ルイスさん』
片恋の苦しさなら、リオだって嫌というほど知っている。
そして、だからこそ、半端なことは出来ないと思った。
決然と断ることが、ルイスの想いに応えられないリオの、精一杯だった。
『すみません』
友人からでもなどと曖昧な関係を築いて、傷つくのは恋をしている方だ。
共に過ごすうち、変わっていく思いもあるのかもしれないけれど、確証もない未来に期待を持たせることなど、リオには出来なかった。
謝り、俯くリオに、ルイスはゆっくりと肩を落とす。
そうして「参ったな」と切なく笑う。
リオはかける言葉も見つけられない。酷いことをしている自覚はあった。それでも、断らなければ。
『すみません』
『そんなに、謝らないでください』
ルイスはやはり、力なく笑った。
『わかりました、諦めます。……ただ、最後にひとつだけ、我儘を聞いて頂けませんか』
リオは頷いた。
『僕に出来ることなら』
恋を伝えてくれた時よりも、おそるおそると言った口調だった。
『……一日だけ、デートをしてくださいませんか』
デート?
怪訝な顔をしてしまったのかもしれない。ルイスがほんの少し、慌てる。
『あの、ご迷惑でしたら断わってください。本当に』
『迷惑、では……ないのですが』
デートなんてしたことがない。街で年頃の男女が連れ立って歩いているのは何度も見かけたことはあるけれど、実際に彼らが何をしているのかなんて、リオにはさっぱり分からないのだ。
『駄目、でしょうか』
リオは迷った。
一緒に出かけた思い出が、後に彼の傷になりはしないだろうか。
思いを断ち切る、邪魔になるのではないだろうか。
こんな申し出、断るべきだ。
そう思った、しかし――
『……僕で良ければ』
口をついで出ていたのは、了承だった。
良くないことだと、分かっていたのに。
リオは、自分の弱さに辟易した。
最後にデートなんて、彼の傷を抉るだけかもしれない。頭ではそう理解していた。
けれどついリオは、自分とルイスを重ねてしまっていたのだ。
同じ、片思いを抱える同胞として。
叶わない恋を断ち切るために、例えばリオが、ウィルに、最後に何かを望んだとして(握手とか、抱擁、とか)それすらも断られたら?―――とてもじゃないけれど、寂しすぎた。
自分は、なにも貰えなかった、と。
それよりは、たとえ後に自分を苦しめる思い出になったとしても、なにも無いよりは、マシに思えた。
どちらにしろ、残酷なことに変わりはないが。
『本当、ですか』
目を大きく見開き、前のめりになったルイスはまるで子供のようだった。
それでリオは少し笑んでしまう。
『ええ。でも僕、デートなんてしたことがないから、勝手がわかりませんよ』
『大丈夫です。僕もありませんから――ふたりで考えましょう。何処か行きたいところはありませんか?』
急に言われても分からない。リオは首を横に振った。
『あまり詳しくないので、出来れば、決めて頂けるとありがたいです』
『わかりました。僕で決めておきますね。リオさんの口に合う菓子なんか、探しておきますよ―――』
そう言ってルイスは笑っていたけれど、何処か哀愁が漂っていたのは間違いない。
私、間違えたのかな。
リオは緩慢に寝返りを打った。
と、窓辺に飾られている花々が目に入る。どれもルイスがその手に抱えてきたものばかりだ。メイドが「せっかくですから」と毎日綺麗に生けてくれている。
花があるというのは、いいものだった。これといった装飾品のない風景に生きた花が揺れている――それだけ室内は華やぎ、ほのかに外の空気も運んでくれる、ような気がした。
優しいルイスを、傷つけたくない。
だからせめて、デートの一日は、彼にとって楽しいものに出来たらいいと、そう思った。




