(騎士になった日)2
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宴は、その夜遅くまで続いた。
気心の知れた仲間たちに囲まれ、美味しい料理を食べて、リオは心も身体も温かく満たされていた。
そんなふうに酩酊する兵士たちも増えた頃、監視役の青年がリオに囁いた。
「リオさん、お酒は駄目ですよ」
リオは振り返り、頷く。
「分かってます」
軍部からついてきたこの青年は、リオよりニ、三ほど年上の若い将校だった。上官から厳重に監視せよと命じられた青年は、いつでもリオを拘束できる位置について見張っていた。
彼の手をてこずらせるつもりは、リオにはない。
けれど、自分の私的な話を聞かれるのは、気恥ずかしかった。
だがこれが条件で釈放を許されたのだから仕方がない。
リオは青年がついてくるのを意識しながら、ホールの奥、長椅子の方へと歩み寄った。
「アデル様」
「あら。なあに、リオ」
飲酒したらしいアーデルハイトは、頬から首筋にかけてほんのりと赤く染まっていた。長椅子に腰かけたまま、にこにことリオを見上げて来る。オーウェンが心配そうに介抱していた。
リオは考える。
今じゃないほうが良いだろうか。
でも出来るだけ早い方がいい。
リオは明日にはまた軍に戻されてしまう予定だった。
「お話しがあるんです」
リオはきゅっと軍服の端を掴んだ。
緊張すると、いつもこうしてしまう。
幼い頃から、この癖は治らなかった。
「……何かしら」
まるでそれまでの酔った様子が嘘だったかのように、アーデルハイトが真顔に戻る。そうして細い眉を不安気に寄せた。
「皆にも、聞いて欲しい」
リオはそばにいるウィルと、長椅子の向こうに立っていたキース、それからオーウェン、皆に目を合わせる。心臓がドクドクと鳴った。本部で拘束されている間中、ずっとリオは考えていた。自分が何をしたいのか。これから、どうしたいのか――。
「今回のことで、迷惑をかけたのは、わかってる。悪かったって思ってる……」
ついさっきまでの喧騒が嘘のように辺りはしんとしていた。
中には眠ってしまった兵士もいるようだ。どこからかいびきが聞こえてくる。
リオの声は、だんだんと小さくなった。
「でも、出来たら、私はまだ……アデル様の騎士でいたい……んです。駄目……でしょうか」
言い終わって、リオは視線を下げた。
反応が怖かった。
なんて図々しいのだと言われたら諦めようと、自分に言い聞かせる。
それでも、出来ることなら――
と、俯いたままのリオの耳に、アーデルハイトの声が届いた。
「なんだ、そんなこと」
「びっくりした。今さら辞めるとか言い出すのかと思った」
「そのつもりで動いていましたが」
アーデルハイトが胸を撫で下ろし、キースが笑いだす。オーウェンは困惑していた。
あれ?
リオははっとウィルを見上げる。
「良かったな」
ウィルは言って、柔らかな笑みを浮かべた。優しくて、温かな、すべてを包み込むような笑顔だった。ウィルはまた一段と大人になったような気がした。
「これでずっと一緒にいられる」
「う……ん」
「もう料理人になりたいとか、言わないよな」
「うん……」
「よし」
ウィルは満足そうに頷いた。
と、その時。アーデルハイトが名案を思い付いた!と言うように両手を合わせた。
「そうだわ!改めて任命式をしましょ!リオの騎士服も、もう少し可愛いのにしなくっちゃ」
「え」
可愛いのなんて、似合うはずない。
リオは即座に首を振る。
「いや、いいです、今のままで」
「遠慮しないで。私がしたいの、させて。フリルはつけないから、約束するから」
瞳を輝かせ、上機嫌で詰め寄って来るアーデルハイトに、リオはおろおろと狼狽える。
キースが「主君命令だよ」と笑った。
他人事だと思って、とリオは睨みつける。
ウィルは爆笑、オーウェンはやっぱり困り顔。
そしてその少し奥では、監視役の青年将校が顔を背けて肩を震わせていた。




