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騎士団と嘘つき  作者: koma
<都編>
46/78

(英雄)

 ああ、なるほど。

 そういうシナリオか。

 リオは事態をいやに客観的にとらえていた。

 全てはロゼワルトの計略なのだろう。

 

「卑怯?卑怯とは、何を指していうのかね」


 呆れたように首を振ったロゼワルトに、アーデルハイトが掴み掛らんばかりの勢いで身を乗り出した。


「リオを、リンジャー卿と戦わせることよ……っ」

「実に慈悲深く公平ではないか。()()()お前の騎士は認められるのだから――何をそんなに怒ることがある」


 ゆったりと構えたロゼワルトは、アーデルハイトからリオへと視線を移した。 


「なあ、罪人リオ。君は“騎士”なのだろう?」

「……はい」

「ならば、存分に戦いたまえ。それが君の仕事だ」


 リオはじっとその目を見つめ、観察した。

 鍛えていない貧相な身体。

 きっとテイルよりも弱い。

 一突きで倒せる自信があった。


 でも、違う。こいつを本当の意味で倒すには、決定的な一打が必要だった。完膚なきまでの、敗北が。


「わかりました」


 リオが言うと、場内はいよいよざわめきを大きくした。

 隣にいたジャスティンが口早に言う。


「リオ、止めろ。君の境遇には皆同情してる。今ならそう重くない刑で済むはずだ」

「それでなにか解決するんですか」

「いい加減にしろ!」


 ついに怒鳴られる。


「相手はディートなんだぞ、僕でも勝てない」

「でも、このまま戦わなくても負けるだけです。だったら、勝てるチャンスに賭けるべきです」


 最初から白旗をあげるなんてかっこ悪すぎる。

 それにリオは、怒っていた。自分を軽んじる男たちに。


「無事じゃすまない」


 らしくないことを言うジャスティンに、リオは苦笑した。


「今さら怪我なんて怖くないですよ」


 腕まくりをすれば、そこには無数のキズがある。


「リオ、これはチャンスなんかじゃない。ただの見せしめだ。軍律に逆らえばどうなるか、脅しているんだ」

「そうですね。それが軍とあの男の思惑なんでしょう。ディートハルトさんを出せば、僕が怖気づくと思ってる」 


 誰もが、リオは戦わないと思っている。

 リオが女だから。


 きっと、最初からリオは、ディートハルトと戦わされる予定だったのだろう。

 開廷してからずっと気にかかっていたロゼワルトの余裕が、それを物語っていた。

 勝てるわけがないリオは敗北を認めざるをえず、軍部から処罰を受ける。

 そうしてアーデルハイトは一生、ロゼワルトに飼い殺されるのだ。

 アーデルハイトは、何にも悪いことをしていないのに。

 ただ、妹だと言うだけで、理不尽にロゼワルトに従わねばならないのだ。


 リオはぎゅっと拳を握りしめた。

 アーデルハイトを救う方法はただひとつ、リオが勝つことだけ。


「リオ!待って」


 アーデルハイトが席を降り立ち、リオに駆け寄ろうとした。それを衛兵たちが押しとどめる。


「アーデルハイト嬢」

「被告に近づかないでください」

「どいてっ触らないで!……リオ、棄権して!!」


 衛兵たちを押し返しながら、アーデルハイトが叫ぶ。


「お願い、もう良いから……っ!ごめんなさい、私があなたをこんなことに巻き込んだ……っ!!」


 リオは、泣き叫ぶ優しい主君を見つめた。彼女はやっぱり、美人だ。泣いていても、ぐしゃぐしゃの顔でも美しい。


「アデル様。それは違います。巻き込んだのは、僕のほうです」

「違う、違う……っ」

「違いませんよ。僕がちゃんと男だったら、こんなことにならなかった」


 言いながらリオはアーデルハイトを追いかけてきたキースとオーウェンにも目を向けた。彼らにもちゃんと謝っていなかった。


「ややこしいことになって、ごめん」


 深々と頭を下げたリオに、キースとオーウェンは苦渋を向ける。アーデルハイトの涙は止まらなかった。


「なんで謝るの?リオは悪くないのに……っお願い。もう戦わないで……」

「アデル様まで僕が負けると思ってるんですか?僕を騎士にしてくれたのは、あなたなのに」


 言ったリオに、アーデルハイトがはっと顔をあげる。


「大丈夫です。絶対に勝ちますから」 


 それは、自身に言い聞かせている言葉でもあった。

 リオは強くなった。努力もした。

 剣の使い方は知っているし、戦い方も習った。


 歩み寄ってきたウィルだけが、リオを静かに見守ってくれていた。

 一番剣を合わせたウィルは、信じてくれていた。それが今は、とてもうれしい。

 

 リオは、深く息を吐きだし、呼吸を整えた。

 ディートハルトと剣を交えたのは、北軍時代と決闘の時の、二度だけ。

 北軍の時は相手にもならなかったけれど、先の決闘では彼の剣を打ち返すことができた。勝機がないわけでは、ない。


「お待ちください、裁判長殿」

 

 その時、ディートハルトが片腕をあげた。冷静に努めながら、しかしその瞳は困惑に揺らいでいた。


「女性に剣を向けるなど、私の騎士道に反します。ほかに、方法があるはずです」

「問題ございません。彼女自身が自分を女性であることを否定されているのですから。そうでしょう。リオ」


 頷く以外に、どんな手があっただろうか。


「――はい」


 ディートハルトの顔が、露骨に歪む。


「リオ、馬鹿な事を言うな。君の腕は知ってる――加減は出来ない」


 リオは思わずはにかんだ。


「光栄です」


 ディートハルトは気づいているだろうか。

 彼は今、公衆の面前で、リオの実力を認めたのだ。


「ディートハルトさん。ご迷惑をおかけしますが、どうか、お相手を願えませんでしょうか」

「リオ」

「お願いです」


 リオの真摯な頼みに、ディートハルトは喘ぐ。

 幼い頃から、女性を大切にしろと言われて、生きてきた。

 こんな小娘を相手にできるものか。

 けれど。


「お願いです。ディートハルトさん」


 ディートハルトは、息を飲んだ。

 今にもリオの両目からは、涙が零れ落ちそうだったからだ。必死に目を開き、瞬きを堪えている。

 この子はこれまで、幾度、そうしてきたのだろう。


「お願いです……」


 掠れた、喉の奥から絞り出されるような、繰り返されるリオのひたむきな願いに、ディートハルトは、折れた。

 リオは、努力の塊だった。

 思い出す。

 手合わせをした時の、剣技、気迫、眼光。

 全てが、一般兵以上だった。

 そうでなければ生き残れなかったのだろう。


「わかった」


 リオの最後の希望を、自分が潰すことになる。


「君を、ひとりの騎士として相手にしよう」


 それが、ディートハルトが示すことの出来る唯一の誠意だった。

 彼女自身が、そうありたいと望んでいるなら。


「全力でおいで。オレも全力で戦う」

「はい」


 リオが背筋をただす。

 ウィルは、その横顔から、目を離すことが出来なかった。

 



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