(少年の末路)
証言台にあがったウィルを、直視することは出来なかった。聞きなれたはずの足音が、息遣いが、すべてが怖くてたまらない。
「ウィリアム・ウィンズ」
裁判官の無機質な声が、親友に向かって振り下ろされる。
「貴方達は、主君アーデルハイト嬢を含め誰一人として彼女の性を知らなかったと。間違いありませんね」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「訓練や手合わせをしていて、違和感は?」
「ありませんでした」
「全く?」
「全くです」
「そうですか」
裁判官は頷き、手元の資料を見下ろした。
「ウィリアム、貴方は北軍寮ではリオと同室だったそうですね」
「はい」
「随分、親しい間柄だったそうですね」
「リオが入軍した当初から同室で、訓練でもずっと一緒でしたから」
裁判官が視線だけをあげる。
「そんなにも長期間寝食を共にしながら、本当に気づいていなかったのですか」
「はい」
「信じられませんね。本当は知っていて、貴方も隠ぺいに携わっていたのではありませんか。そこの教官と同様に――虚偽の申告をすれば、貴方も同罪ですよ」
裁判官の疑うような目つきを受けても、ウィルは決して揺らがなかった。きっぱりとしたよく通る声が辺りに響く。
「虚偽はありません。僕は、なにひとつ知りませんでした」
リオはじっと靴の先を見つめた。軍靴は奪われ、今は少し大きすぎる襤褸の靴を履かされている。とても、歩きづらかった。ウィルの証言が続く。
「僕もアーデルハイト様も、騎士団員はおろか使用人の誰一人、リオが女性だと気付けませんでした」
裁判官の静かな声は、最終確認だった。
「では、貴方達も彼女に騙されていたと。被害者であったと。違いありませんね」
間抜けだと評されても、気づかなかったことそれ自体は罪ではない。少なくともウィル達が軍律で裁かれることはなかった――ここで、頷いてさえいれば。
「いいえ」
ウィルの否定を、裁判官は一瞬、理解することが出来なかったらしい。
数秒して、口を開く。
「騙されていたわけではないと?」
「はい」
リオはゆっくりと顔をあげた。
「……ウィル?」
ウィルはまっすぐに裁判官を見上げている。
「リオは確かに、真実を隠していました。ですがそれは、軍律では男しか入軍出来なかったためです。そこに、悪意はなかった。むしろリオは、身体的不利を努力で克服し、誰よりも軍に貢献していました。それは先に提出させて頂いた実績表をご覧いただければお分かり頂けることかと思います。
軍律違反は認めます。ですが僕は、リオの無罪を主張いたします」
ざわりと、決議の間に波が立った。
「何を馬鹿な」
「軍律を軽んじている」
「軽んじているつもりはありません」
ウィルはざわめく軍幹部たちを振り仰ぐ。
「軍律は重んじるべきでありますし、違反者には相応の罰は必要だと思っています。でなければ軍隊として統率がとれず、国を護るという機能を果たしませんから。
僕が申し上げたいのは、軍とはそもそも、国を、主君を護るために作られた組織だということです。ならば、その力を持っているリオにはなんの罪もないのではないでしょうか」
「女性でも、相応の力があれば問題はないと?」
「はい」
「嘘を重ねる者を信用できますか?」
「リオは嘘をつく他生きる道がなかった。悪事なんてなにひとつ働いていない。裁かれる理由なんてない」
裁判官の表情が、不愉快気に曇る。
「滅裂な理論ですね。無罪は認めません。あなたの証言は以上ですね、下がりなさい」
「裁判長」
「彼女は軍律を犯し、我々を騙した。これが事実で、すべてです。理由は問いません」
ウィルは引き下がらなかった。
「軍には、リオより弱い兵士はいくらでもいる。都での手合いを、貴方も見たはずだ。リオは実力で認められている」
「彼女は女性ですよ。そもそも、剣を向けるべき相手ではない」
ウィルは舌打ちを堪える。昔から口喧嘩は苦手だった。
「だったら、オレたちは騎士道に反していることになる。手合いでリオに刃を向けた奴も、決闘を行ったロゼワルトの騎士もだ!それは罪じゃないのか」
「彼らは騙されていただけです」
「騙されるような騎士だってことだろ」
「侮辱するのですか」
「真実だ」
リオはなぜか、子供の頃を思い出していた。
きゅうと胸が締まり、切なくなる。
ウィルはちっとも変わらない。
すぐに敵を作ってしまう。
短気で、言葉選びが下手で、なによりも自分に正直だから。
そんなウィルに、リオは惹かれ、憧れていた。
「ウィル」
リオがそっと声をかけると、眉間に皺をよせたウィルが振り向く。
「リオ」
もどかしそうに声を絞り出す。
「すぐに助けるから。待ってろ」
それは、いくらなんでも無理ではないだろうか。
相手が手ごわすぎる。
もういいよ。
その気持ちだけで十分だ。
そう、言おうとした矢先。
「諦めるな」
ウィルの力強い瞳と声が、リオに向けられる。
「リオ、お前今まで何のために頑張って来たんだよ、こんなことで諦めるな」
「……ウィル」
「こんな理不尽に負けるな。オレもアデルもオーウェンもキースも、お前の味方だ。あいつらだけじゃないい。屋敷の使用人もだ。無罪を求める嘆願書を作った」
「……ウィル」
リオはぎゅっとスカートの裾を握りしめる。
「僕、嘘ついてたんだよ?ウィルのことも、騙してた」
「事情は知った」
「ずっと言わなかった」
「そうだな。それは反省しろよ、さっさと言えば、もっと早く助けてやれた」
見捨てるなんて選択、ウィルには、なかった。
「オレ約束したよな。困ったことがあったら助けてやるって」
「……うん」
「忘れたのかよ」
「忘れて、ない」
でもあれは、随分と昔の話だ。有効だなんて、思わなかった。
覚えていてくれたのか。
「――静粛に」
会話が出来たのは、そこまでだった。
裁判官の声が、二人を遮る。
「貴方達の主張はわかりました。あくまで無罪と言い張るのですね」
「そうだ」
ウィルに同調するように、アーデルハイトも強く頷いた。
オーウェンとキースも、同様に。
「いいでしょう」
裁判官は席を立ち、他二名の裁判官と少しの時間、話し合いをした。
そうして再び戻ってくると、厳かにこう言ってのけた。
「結論が出ました。被告人――リオ」
「はい」
「戦ってください。この場で、ただちに。女性であることなど関係がないと、そう主張されるのでしたら簡単なことでしょう。貴女の力をここで、この場で示してください。されば我々も貴女の能力を認めざるを得ない。性など些細な問題でしかないと。相手は、そうですね。ちょうどいらしてるようですので、リンジャー卿に願いましょうか」
裁判官の冷静な声が、アーチ型の天井に広がった。
名を呼ばれたディートハルトが目を見開く。
勝ち誇ったようにロゼワルトが微笑み、アーデルハイトがゆらりと立ち上がった。
「卑怯者……!」
アーデルハイトの叫びに、しかし兄は愉快そうに笑うのみだった。




