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騎士団と嘘つき  作者: koma
<都編>
42/78

(ウィルの反撃)

「入れ」


 槍剣を携えた牢番たちに命じられ、リオは軍本部の地下独房へ足を踏み入れた。背後で鉄格子の扉が軋みながら閉ざされる。


「沙汰が下りるまで大人しくしていろ」


 錠をかけた牢番が言い捨て、軍靴の音を打ち鳴らしながら今きた道を戻っていく。どこかで、罪人のひとりが奇声をあげていた。


「……寒」


 ひとりになったリオは、ぼんやりと牢内を見渡した。暗くじっとりした牢は、四方を石壁で囲われていた。家具と呼べる物は何ひとつなく、無機質な空間が広がっている。

 ――北軍の罰牢も、こんなだったな

 双眸を細め、記憶を呼び起こす。荒くれ者や、聞き分けのない後輩、規則を破った者を模範生のリオはよく連行していた――親友と一緒に。


 リオは、冷え切った独房の床にゆっくりと腰を下ろした。少なくとも今夜一晩はここで過ごすことになるだろう。背を丸め、すり合わせた両手にそっと息を吹きかける。気休めにもならなかった。


『これに着替えろ』


 軍部に連れられたリオはまず、軍服を剥がされ、古びたシャツと薄い生地のスカートに着替えさせられた。十数年ぶりの女物の衣服は違和感しかなく、隙間風の通る股にリオは不安を覚えた。その上、軍部の男たちは男装をしていたリオが物珍しいのか、にやにやと不躾な目で眺めまわしてきた。それはモーリス・ベルの宿で漁師たちが向けてきた、あの眼差しに酷似していた。 

 もう子供ではないリオは、それがどんな意味を含んでいるのか知っている。

 男達の視線を思い出して気持ち悪さに総毛立ちながら、リオは自身を守るように立てた両ひざを両腕で抱き、顔を伏せた。

 どんな罰が待っているのだろう。

 懲役刑、鞭打ち、強制労働。どれも考えられることだった。九つから十六まで八年間――八年間もの間、リオは皆を欺いていたのだから。どんな罰でも受ける覚悟はある。けれど。

 問題はそんなことではなかった。


 ――ウィル

 考えるだけで、左胸が突き刺されたように痛んだ。

 信じられないと大きく見開かれた親友の瞳を思い出し、リオは一層強く己を抱きしめる。

 怒っていた。当然だ。リオはウィルを騙していたのだから。

 それだけではない。リオのせいで、アーデルハイトまで窮地に立たされている。ウィルの大切な主君を危険に晒しているのだ。最低だ。


 どうしたらいいの。

 リオはうずくまり、必死に考える。自分はどうなってもいい。だが、あの決闘だけは無効にしてはならなかった。アーデルハイトだけは救わねばならない。なんとしても。

 方法はひとつ、リオひとりの罪にすることだった。

 アーデルハイトは実質、詐欺にあった被害者なのだから、軍部に訴えればそれは可能なはずだった。

 

 ただ、ロゼワルトはそれを認めないだろう。

 リオは慎重に思考を巡らせる。

 ロゼワルトは『アーデルハイトの見る目・上に立つ者の素質』を騎士団を通して判断すると誓約した。事実あの男は、アーデルハイトに対し『リオの性別を見破れなかった』と難癖をつけていた。

 

 返す返すも、トマスの出現が恨まれた。

 リオは拳を握りしめる。打ちひしがれる暇はない、権利もない。

 ウィルに打ち明ける時間はいくらでもあった。それを言わなかったのはリオだ。

 自分で蒔いた種は、自分で摘み取らねばならなかった。



 *


「リオを取り返す」


 リオが連行された後、不気味な程黙っていたウィルが唐突に口を開いた。

 同じく考えこんでいたキースが、怪訝な顔をあげる。


「どうやって?」


 ウィルは今までの沈黙を取り戻すように早口にまくしたてる。


「リオのこれまでの全ての成績と功績を書面にして軍部に提出する。女だからなんだっていうんだ。下手な将校よりあいつは強い。軍にそれを認めさせる。決闘は、有効だ」

「女性でも、騎士だと認めさせるってこと?」

「そうだ」


 性別なんて関係ない。リオは強い。それは間違いない。

 それが、ウィルが導きだした答えだった。

 

「あいつはこれまで、泣き言なんかひとつも言わなかった。

 オレだって参りそうな訓練にも、歯を食いしばって耐えてきた。脱落していく男どもの隣で、あいつは耐えてきたんだ。証人はオレと、北軍全員だ。リオは騎士に相応しい」


 ウィルは長椅子に座り込んでいたアーデルハイトの前に膝をついた。アーデルハイトが、不安そうにダークブラウンの瞳を揺らめかせながら、ウィルを見つめた。 


「アデル、安心しろ。お前の見る目は正しい。お前は負けていない」

「……ウィル」


 アーデルハイトは、強く頷き返す。


「ええそう――そうよね。リオは、私の大切な騎士だわ。お兄様の思い通りにはさせない」

「そうだ。だから、リオを取り戻すのも協力してくれるよな」

「勿論よ。リオが女の子なんて驚いたけれど、理由があるのよね?」

「ああ。あいつは両親がいなかったから、たぶん、軍以外に居場所がなかったんだ。だから性別を偽るしかなかったんだと思う」 


 キースが口を挟む。


「……おい、ウィリアム。相手はあの軍本部だぞ。本気で言ってるのか?」

「当たり前だ。このままリオをひとりになんてさせてたまるか」


 決心すれば早かった。ウィルはすぐに行動に移ろうと腰をあげる。


「時間がない。キース、お前も協力しろ」


 キースは呆れたように首を振った。


「君も騙されてたんだろ?よくそんな気になれるな」

「騙してたわけじゃない。話せなかっただけだ」

「それはつまり、君も信用されてなかったってことだろ?親友だとか言ってたけど、結局リオは君にすら心を開いてなかったってわけだ。違うか?」


 考えないようにしていた事実を指摘され、ウィルは一瞬、口を噤んだ。

 事実が露見する前にと、何も告げないままリオは軍を去ろうとしていた。きっともう、二度と会うつもりはなかった。

 リオのあっさりとした別れを思い返し、ウィルの胸は鈍く軋んだ。

 リオにとって自分はそれほどの存在でしかなかったのだと、思い知らされた。


 ウィルは暗い気持ちを打ち払い、キースを見返す。


「ごちゃごちゃうるせえな。だからなんだって言うんだ」

「ウィリアム」

「リオに信用されなかったのは、それだけオレが頼りなかったってだけだろ。助けて、問い詰めて、謝らせて、一生分の恩を売ってやる」


 そして今度こそ、本当の親友になる。なってみせる。

 もう二度と、離れようなんて思わせないくらいに。


 ウィルはオーウェンを振り返った。


「オーウェン、北軍に連絡を取りたい」

「わかりました」


 さしあたっては、テイルとジエン、それからリヒルクに手紙を送ろう。それから気は進まないけれど、あの、暴力的な教官にも。



 

 *


「出ろ」


 リオが独房を出るように指示されたのは、それから数日後のことだった。

 後ろ手に錠をかけられたまま、リオは軍本部の施設――決議の間に連れ出された。


 軍法会議も行われるその場所は、罪人を尋問する場所でもあった。

 リオが入室すると、決議の間には既に大勢の関係者が集まっていた。ロゼワルトはもちろんトマスも、その側近たちもいた。向かい合うように座っているのはアーデルハイト、ウィル、キースにオーウェン……ちらと視界に入った彼らと、目を合わす勇気はなかった。


 アーチ型の天井に、裁判官の落ち着いた声が響く。


「静粛に」


 リオの立たされた台より高くに、三人の裁判官の席があった。壮年の男たちは誰も皆、軍出身の老兵たちだという。

 正面の裁判官が、リオを見下ろしながら厳かに口を開く。


「これより、裁きを開始する……では、罪人リオ、宣誓を」

「はい」


 リオは決まりきった文句の宣誓を誓わされた。

 決して嘘をついてはならないと言う、宣誓だった。




 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ウィル男前!好き!! [一言] ウィルとの恋愛エンドもいいですが、ウィルとは親友エンドで大穴ジャスティンエンドもいいと思います(笑)
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