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騎士団と嘘つき  作者: koma
<都編>
29/78

(早速、喧嘩)

 * * *


「すごい……」


 思わず、心の声が漏れ出てしまった。清らかな噴水に守られるように建っている天使の像の巨大さと、その精密さに驚きを隠せなかったのだ。

 あんなもの、どうやって造るんだろう。

 リオは目を奪われたまま、往来を遅々と進む。道にはせわしなく人が行き交い、怒号と喧噪で溢れていた。おかげで、独り言も掻き消されてしまう。


 北軍基地を発って九日目の夕刻。

 行程より一日早く、リオとウィルは王都グランヴェルスにたどり着いた。


 ──ここが、王様の街


 初めて見る王の都は、ウィルが豪語していた通り何もかもが大きく、また人の数も北地の比ではなかった。

 整然と立ち並ぶ建築物は北軍宿舎の何倍も背が高く、その壁面には繊細な彫刻等の意匠がこらしてあった。足元に敷かれた道は、赤や黄のレンガで隙なく舗装されており、所狭しと並んだ露店の品は珍しい物ばかりで、リオは四方に首を向ける羽目になった。

 あれはなんだろう。

 なんのお店だろう。

 食べ物だろうか。

 立ち止まりそうになるリオの手を、前を行くウィルが掴んで、引っ張る。


「リオ、こっちだって」

「……っごめん」

「見物はあとでな。先に、軍部にいかねえと」


 リオから手を離し、ウィルは地図を見やりながら人の波をかきわけた。

 北地で見かけるのはほとんど軍人だったのに対し、都は市民であふれていた。果物を片手に「安いよ!」と声を張り上げる若い女や、暇そうに新聞を読みながら店番をしている男、それから走り回る子供の群れ……軍服を着た兵士もいるにはいたが、その数は全体の二割にも満たない。


「な、言ったろ。人も多いんだって」


 勝ち誇ったようにウィルが振り返る。


「うん……本当に、すごい」


 頷いて、リオはウィルの背を追いかけた。

 と、その耳に一際明るい声が届く。


「ねえねえ、見て」

「あの軍人さん達、素敵じゃない?」

「本当。でもまだ、訓練兵ではないかしら」


 それは、リオと同じ年頃の少女たちの会話で、その視線は間違いなく自分たちに向けられていた。北軍の軍服は特別に誂えてもらったものだったから、珍しいのかもしれない。

 リオはそう思った、しかし。

 ──カッコ良い?

 リオは前を行くウィルを見上げた。

 子供の頃は、可愛いと言われてひどく激高していたけれど、娘たちの評価はウィル的にどうなのだろう。聞こえているのかいないのか、ウィルの歩みは止まらない。

(まあ、見た目は良い方なんだろうな)

 問題は中身であって。

 リオは刺すように感じる人々の視線に、ウィルの容姿は他の男性に比べて大変に優れているのだと、改めて実感していた。

 まっすぐな癖のない黒髪に、少しだけ吊り上がった青灰色の瞳。均整の取れた体躯。

 恵まれたその容姿は、リオも羨ましいと思ったことがあるけれど、都人もその感覚は一緒らしい。大通りを歩く間、ウィルは何度も何度も振り返られていた。特に、若い娘たちに。彼女らはウィルを見て頬を赤らめたり、囁きあったりしていた。


「何処から来たのかしら」

「藍の制服なんて見たことないわ」

「でも、似合ってるわ」

「誰か話しかけてちょうだい」

「私は嫌よ!」


 楽し気な会話は、留まるところを知らない。誰が話しかけるかを押し付け合い、結局解決に至らないまま、リオたちは遠ざかってしまう。


「リオ、こっちだって」


 背後を気にかけていたリオを呼んで、ウィルが大きな角を曲がる──その時だった。


「っ!」

「……きゃ!」


 人込みの中から、ひとりの娘が目にもとまらぬ速さで飛び出してきた。ウィルがのけぞるが、間に合わない──ふたりは、まともに衝突してしまった。


「ウィル! ウィル、大丈夫!?」


 リオが駆け寄ると、ウィルが「なんなんだよ」と忌々しげに起き上がる。転んだウィルの反対側に、同じように尻餅をついた娘も、打った腰に手をあてていた。起き上がったウィルは、さっそく怒鳴る。


「あぶねえだろ。こんなとこで走んな!」


 しかし、娘も負けてはいなかった。

 鋭い深茶の眼光が、ウィルをまっすぐに貫く。


「あなたこそ、よく見て通りなさいな!」

「ぶつかってきたのお前だろ!」

「あなたが余所見してたからでしょう!」

「……っんだと」


 青筋だてたウィルが立ち上がろうとしたその時、遠くから鋭い警笛が聞こえた。娘がはっと顔をあげる。娘の走ってきた方角が一層騒がしくなった。それにあわせるかのように、男たちの怒鳴り声も近づいてくる。


「どけ!どけ!」

「道を開けろ!」


 不穏な気配がした。


「最悪」と呟いた娘は苛立ったように立ち上がると、ふたたび走り去ろうとする。が、ぶつかられたまま、ウィルが易々と逃すはずもなかった。


「おい」

「……ちょっと、何!」


 ウィルが娘の腕を掴み、力任せに引き寄せ、もう一方の腕も拘束する。娘は悲鳴をあげた。


「痛い痛いっ本当に痛いったら!離して!」

「謝ったら離してやる、だから、今すぐ謝れ」

「小さい男ね!あなた軍人の端くれなんでしょう、婦女がぶつかったくらい笑って許しなさいよ!私急いでいるの!離して!」

「知るか。謝ったら許してやる」


 埒があかない問答の間にも、警笛と、男達の怒号は確実にこちらへ向かっていた。

 よくない予感に、リオはウィルを振り向く。


「ウィル、離してあげた方が良いかも」

「は、なんでだよ」

「痛がってるし、かわいそうだし」

「オレだって痛かった」

「それに」


 リオの目線の先に、市民を押しのけるようにして近づいてくる複数の軍人──それも、騎士と思しき面々が現れた。立派な軍服に身を包み、長剣を腰に携えている。

 その先陣を切っていた男が、娘を捕らえているウィルを見つけて、目の色を変えた。

 

「貴様……っアーデルハイト様に触れるとは何事か!」


 屈強な肉体をした騎士が、ウィルの胸倉をつかみあげる。拍子に娘はウィルの手を逃れ、別の騎士に保護された。そうして気づけばリオの背後にも、いつの間にか騎士たちがついていて──つまりは、包囲されているのだった。


「ウィルの馬鹿……」


 だから離した方がいいと言ったのに。


 リオの独り言は、やはり都の喧噪にかき消されてしまった。

 

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