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騎士団と嘘つき  作者: koma
<北軍編>
26/78

(友達になった日)

 ウィルの頬に軟膏を塗った瞬間、大げさな声があがった。


「っ!」

「大丈夫?」

「…………大丈夫って言いたいけど、無理」

「我慢して」

「……」


 ウィルはやつれた顔でうなだれた。なにせ十数名を相手に喧嘩をした後だ、流石に参っているらしい。不満顔で、悪態をつく。


「くそ。あいつら無茶苦茶やりやがって。絶対仕返ししてやる」

「やめときなって」


 リオに宥められ、ウィルはまた不貞腐れた。


 上級生をジャスティンの名前で脅してまき散らし、ふたりは何とか寮の自室に戻ってきたところだった。

 狭い部屋で、心もとない蝋燭の明かりを頼りに、互いの手当てをしていく。リオはリオで酷かったが、ウィルのそれは比べものにならなかった。ディートハルトにやられていた怪我もやはり悪化しており、細い腕は倍ほどにも膨れてしまっている。


「明日一緒に医務室に行こう?」

「ひとりで行ける」

「歩けないでしょ」

「歩ける」

「無理だって」

「ほっとけよ」

「やだ」


 ウィルが猫みたいな大きな瞳で、じとりと睨んできた。


「お前、ちょっと喧嘩に勝ったくらいで調子に乗ってるんじゃねえか」

「別に調子になんて乗ってないよ」

「危ねえから、もうすんなよ」

「必要がなかったらしないよ」

「……編成クラスもやめろ。成績を落とせば、外されるはずだ」

「やだ」

「リオ」


 リオは軟膏の入った薬壺に蓋布をかぶせ、その口を紐できつく縛った。


「僕も強くなりたいから、やめない」


 言い切ったリオに、ウィルが困ったような目を向けてくる。リオはその視線を受け止めながら、薬壺を返した。


「……さっきはありがとう。ウィル、謝ろうとしたの、すっごく嫌だっただろ」


 ウィルがそっぽを向く。


「オレがもっと強けりゃ、あんなことにならなかったけどな」

「うん。僕もそう思った」

「……悪かったな」

「や、そうじゃなくて。弱いとさ、あんなふうに嫌なことも受け入れなくちゃいけないんだなって。それってすっごくムカつくなって……だから僕もウィルみたいに強くなりたいって思ったんだよ」


 あの時、ウィルが頭を下げさせられそうになった時、自分の非力が悔しくてたまらなくなった。

 ウィルは矜持を曲げてまでリオを守ろうとしてくれたのに。


「オレ、別に強くねえよ」

「え?」


 ウィルの灰がかった青い瞳が、暗がりの中で煌いた。まるで星空のように綺麗で、リオはほんの少し見惚れてしまう。


「あの時、お前が殴られてるのを見て、めちゃくちゃ怖くなった……オレのせいだって」 


 ウィルの瞳は、僅かに揺らいでいた。


「悪かった」

「ウィル……」

「あのさ、オレも、もっと、もっと強くなる……だからさ、リオ」


 風で、蝋燭の炎が揺れた。ウィルの腫れた顔が、橙色の灯りに淡く照らされる。


「……何?」


 いつもの自信はどこへ行ったのか。


「また一緒に……飯食わない」


 まるで迷子の子供みたいに、ウィルの声はか細く、頼りなかった。


「……いいよ」


 リオが言えば、ウィルの顔がほっとほころぶ。

 可愛い。

 そう声にすれば、せっかくの笑顔が引っ込むことは目に見えていた。だからリオは口をつぐむ。


 と、その時。

 年季の入った扉が控えめにノックされた。リオもウィルも、反射的に顔を向ける。凝視した扉の向こうから、遠慮がちな、小さな声が届いた。


「……リオ……ウィリアム、君……いる?」


 テイルだ。

 リオは立ち上がって、扉を開けた。と、暗い廊下を背景に、テイルとジエンが立っている。


「どうしたの? ふたりとも」


 驚いたリオに、テイルが頭を下げる。ジエンもそれに続いた。


「さっきはごめん」

「え?」

「オレも……見てるだけで、助けられなくて」

「そんなの」


 リオは慌ててかぶりを振った。


「僕たちが売られた喧嘩だし、ふたりとも気にしないで」


 けれどテイルは顔をあげない。


「教官を呼びに行こうとしたんだ。でも、見つかって、僕まで殴られたらって思うと、怖くて、出来なかった……本当にごめん」

「臆病だって言われても、仕方ないと思う」


 ジエンがリオの肩越しに、奥を覗いた。

 座り込んだままのウィルが怪訝そうな目を向けている。


「それで、安全になったから謝りにきたってのか? 本当臆病なんだな」


 痛いところを突かれ、テイルとジエンが黙り込む。しかしジエンは、勇気を振り絞るように持っていたズタ袋を掲げた。


「手当て、しにきた。オレの実家薬草も育ててて、詳しいから」  

「ジ、ジエンの薬はよく効くんだ。医務室の薬なんかよりずっと」


 テイルが弁明するように顔をあげる。


「そうなんだ」


 リオは「ありがとう」と薬を受け取った。


「入りなよ。薬の使い方教えて」

「……いいの?」


 ウィルを気にしたテイルがおどおどと視線を泳がせる。


「いいよ。僕の部屋でもあるし。ねえ、ウィル。いいだろ?」


 ウィルはふんっと鼻を鳴らした。


「勝手にしろ」

「素直じゃないなあ」


 ふふ、とリオが笑うと、ウィルはまた顔をしかめた。

 



 四人で向かいあうように座り込むと、部屋はそれだけで窮屈になる。けれど、なんだかとてもワクワクした。


「ウィリアム君……い、痛い?」

「いてえよ。痛くないわけないだろ」


 テイルがおそるおそるウィルの打撲した足に、ジエンの薬草を貼りつける。


「しかもこれ臭いし」

「よく効くんだってば」


 顔を顰めたウィルに、ジエンがもごもごと口答えする。ウィルの手当てを終えると、次はリオに身体を向けた。


「リオも、肩腫れてるだろ。上脱いで」

「…………うん」


 胸が膨れているわけでもないし、上だったらバレることはないかな。

 ここで躊躇うのもおかしいかと、リオは上着を脱いで、三人に背を向けた。そうして、息をのまれる。ベルに受けた火傷や裂傷の痕は、まだ生々しく残っていた。


「リオ、それ……」

「ああ。訓練の時の怪我じゃないよ。前に宿にいたって言っただろ。その時、そこの女将さんにつけられたんだ。癇癪もちな人だったから」


 こともなげに言うリオに、ウィルの低い声がとどろく。


「……どこの宿だよ」

「もう二度と帰りたくないから、忘れちゃった」

「言えよ。オレが敵とってやる」

「いいよ」


 背をさらすリオに、ジエンが、労りながら薬草を貼ってくれた。確かに、少し臭った。


「復讐は自分でするから」

「どうやって」

「──今からここでいっぱい訓練して、騎士になって、贅沢に幸せに暮らすんだ。そしたらあの女、きっとめちゃくちゃ悔しがると思う」

「……?」

「それが僕の復讐なんだ」


 言葉に出すと、すっきりした。

 力をつけて、幸せになる。

 誰にも屈さず、強く生きてみたい。


 ウィルの隣なら、それが叶うような気がした。


 「ふうん。いいな、それ」


 ウィルがふっと肩の力を抜いた。

 その微笑みに、テイルもジエンもわずかに驚いていた。どうだ、可愛いだろうと、なぜかリオが誇らしげな気分になる。


「でしょ」


 リオは言って、開け放したままの窓から空を見上げた。群青のカーテンを背負った満月が、明るく宿舎を照らしている。

 ──この身体で何処まで出来るかなんて、まだ、わからない。きっと限界は来る。

 でも、今は。


 大切な友人たちといられるこの時間がとても幸せで、満ち足りていた。






  


このお話で前章(子供時代)が終わりです。


ここまでお付き合いくださって本当にありがとうございました。


次回からは成長したリオとウィルのお話しになります。

どうぞよろしくお願い致します。

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