(騎士道の嘘)
「今日は君たちに騎士道について話そうと思う」
そんな第一声で始まったジャスティンの講義は、思いのほか淡々と進んでいった。
講義によると、
騎士とは指名されるもので、
一級の騎士になれば爵位と領地を下賜される(こともある)。
騎士になるには、都に出て認められることが必要なのだという。
「騎士には命に代えても守らなければならないものがある、即ち主君だ。騎士とは主君ありきで成り立つもので、逆を言えば主君なくしての騎士などありえない」
騎士道のなんたるか、を説くジャスティンの話を、ウィルを除く全員が熱心に聞き入っていた。
「また、一度忠誠を誓った主君を裏切ることもあってはならない。身も心もすべてを捧げ、終わりが来るその時まで誓約を守り通す、それが崇高なる騎士道だ」
初めて耳にする騎士道精神に、リオもうっすらと興味を惹かれはじめていた。騎士に絶対になると言っていたウィルをちらと盗み見る――やはりつまらなさそうに頬杖をついていた。
ジャスティンの話は続く。
「だからこそ主君は慎重に選ばなければならない。そう考えると『この人こそ』と思える主人に出会えることこそが僕たち騎士にとっては一番の幸運なのかもしれないね」
命を捧げる。
随分と大仰な精神だった。
「騎士はいかなる時も主君に誠実で、正直で、肉体も精神も強靭であらねばならない。権力に屈さず、媚びず、弱者の味方であること。特に、か弱いご婦人方の守護、これも我々の大切な仕事だ。
女性には親切に、そうして大切に扱うこと。身分に関わらずね。いいかい?決して忘れてはいけないよ。
女性の身体は、僕たちが思っているよりうんと脆くて弱い。
だからこそ戦いは僕たち男の仕事なんだ。
そのためにも日々の鍛錬を怠ってはならない。
例えば君たちが陰では無駄だと思っている畑仕事だって馬鹿にしちゃいけない。よく考えてごらん。足腰を鍛えるのにこんなに合理的なことはない。なんたって、訓練と食糧の確保が同時に出来るんだからね」
ジャスティンは壁掛け時計を見て、突然講義を終わらせた。
「と。今日の授業はここまでにしようか」
客人がいらしてるんだ、とにこやかに微笑む。
「皆も承知の通り、騎士への階段は高く険しい。でも、だからこそ目指す甲斐があるというものだろう?道は険しいけれど、閉ざされているわけじゃない。僕は君たちを精一杯応援するよ」
以上。
去り際に残された、その柔らかな笑顔を見てリオは思った。ジャスティンの主君は、誰なのだろうと。
「俺、感動しちゃった」
「僕も」
講義のあと、若い兵見習い達は熱に浮かされたように言葉を交わしていた。
「僕は主君にするなら可愛いお姫様がいいな。いつもそばについて守ってあげたい」
「ああ、それは良いな」
「お礼にキスとかしてくれるのかな」
「それは夢見すぎだろ」
わいわいと賑わう少年たちは、鍬や肥料を手に農場へ向かっていた。
「俺はやっぱりカッコ良い主君が良い。市民にも人気がある人!」
「確かに」
「でも、騎士になるには都に出ないとだろ」
「頑張ろうぜ」
「おう」
興奮する少年たちを横目に、ウィルは「馬鹿な奴ら」と呟く。
「ホントあいつら単純だな。すぐ騙されやがる」
「?騙すって?」
振り返ったリオに、ウィルは思い切りしかめ面を作った。
「お前……まさか、あんな薄っぺらな言葉信じたわけじゃないだろうな」
ウィルは呆れたように息を吐く。
「いいかリオ。本当の騎士ってのは、他人に認められた人間のことを言うんだ。犬みたいに舌だして尻尾を振る奴のことじゃない」
「うん」
「あのサディストは命を捧げるだとか、犠牲になる事をさも立派なことみたいに言ってたけど、あんなの嘘だからな」
「嘘」
「そうだ。貴族なんてオレたちの事を使い捨ての駒ぐらいにしか思ってない。壊れたら買いなおせばいいと思ってるんだ」
「最悪だね」
「最悪なんだ」
そう言うウィルも貴族なのに、とリオは訝しむ。
ウィルは面倒そうに持ち場につくと、鍬を振り上げた。
「特にあれだ、女が弱い?んなわけあるかっての」
鬱憤を叩き付けるように、土を耕していく。
「あいつらは誰より強いよ。女性は守るべきとか親切にとか、聞いてるだけで腹がよじれる」
「ああ……うん」
リオもそれには同感していた。
ベルはその迫力と饒舌さだけで、村の男性陣を圧倒していた。あれを弱いだなどとは天地がひっくり返っても表現できない。
ウィルが、忌々し気に鍬を振り下ろし続ける。
「女ほど強くてずる賢い生き物はいないよ。
感情的に喚いて、しまいには泣いて、自分を弱者にしたてて、男に折れさせる術を持ってるんだ。知ってるか?女って自由に涙を出し入れできるんだってよ。それを知らないどっかの馬鹿が女性は弱いなんて決めつけたから、男は皆勘違いしてるんだ。男も大概馬鹿だよな」
「ウィルは、女の人が嫌いなの?」
「ああ嫌いだね」
ウィルは鍬を動かす手を止め、皮肉気な笑みを浮かべる。
「こないだ面会に来たオレの母親、父親の再婚相手なんだ。いわゆる継母だな。で、こいつが、ほんっとムカつく奴なんだよ。いっつもなよなよしてて、声も小さくて、とにかく気持ち悪いんだ。
父親はあいつに骨抜きにされてて言いなり。てんで役に立たない。なあ、信じられるか?あの女、オレの母上の形見まで売ったんだぜ。もう必要ないって。母上が実家から持ってきた家具も洋服も装飾品も、全部。要するにあの女は前妻が気にくわないんだよ。
だからあいつは、父上を言いくるめてオレをここに追いやったんだ。自立精神を養うためだとかこじつけてさ」
くそ。と砂を蹴飛ばした。
「邪魔なんだよ。長子のオレが。あの女は連れ子の弟に家督を継がせたいんだ」
「……ああ、なるほどね」
「あんな家、欲しいならくれてやるけどよ」
「家を捨てるの?」
「ああ、捨てるぜ。オレは自分の力で城を立てるんだ」
「城?」
途方もない目標に、リオは目を見開く。声が、うわずった。
「ウィルは……お城を建てるの?」
「ああ。それがオレの目標だ。オレは親父みたいに女に惑わされたりしない」
野心に塗れた、ウィルの灰青の瞳が輝く。
「絶対に領地を勝ち取って、親父ともあの女とも縁を切るんだ」
ウィルの熱意に圧倒され、リオは口ごもった。
リオには、そんな志はない。
ただ、辛い現実から逃げて逃げて、ここにたどり着いただけ。
「……ウィルは凄いね」
だからそんな事しか言えない。リオには夢を見る力がなかった。
「僕も早く目標を見つけなきゃ」
野菜の苗の入った木箱をぎゅっと握りしめる。
「リオ?」
ウィルの声は、どこか遠くから聞こえるようだった。
「ごめん。ちょっとテイル達に話があるから」
「え」
ウィルとは、離れた方が良いのかもしれない。平凡な生活を目指すには、彼とは見ている世界が違いすぎた。リオはざわついているテイル達の群れへもぐりこむ。
ウィルは、不思議そうにこちらを見ていた。




