(美味しい食事)3
教室の席は、やはりまばらに埋まっていた。
どこに座ろう。
教室を見回すと、見知った背中が目に入った。それで思わず、ウィルの肘部分のシャツを引っ張る。
「あ。あそこ、テイル達がいるよ」
前の方の席にテイルのクセ毛と、周りより頭ひとつ分飛び抜けたジエンがいた。
けれどウィルは顔を向けることもなく近くの椅子を引いてしまう。
「オレはここでいい」
ウィルが腰を下ろすのと同時に、教室がにわかに静まりかえった。
「おはよう」
にこやかな挨拶と共にジャスティンが入口に立っていた。教室中の寮生は皆、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。ウィルも渋々ながら着けたばかりの尻を上げにかかる。
ジャスティンは教卓の向こうに立つと、一段高いそこから教室を一瞥した。と、淀みなく動いていた視線が、リオのところでぴたりと止まる。
そうしてにこやかに微笑まれた。
「きみ、リオ君だろ?」
「…は、はい」
突然名指して話しかけられ、反応が遅れる。
ジャスティンは興味深そうに、リオの方に一歩踏みだした。
「聞いたよ。今朝の食事を作ったの、君なんだって?」
「はい」
「とても美味しかったよ。教官室でも好評だった」
「ありがとうございます」
にこりと、ジャスティンは笑い続ける。
「本当においしかった。どこで習ったの?」
どくり、と心臓が鳴ったような気がした。こちらをじっと覗く、細められた目が怖い。
「お母様から?」
ふるふると、顔を横に振る。
「いえ」
「では?」
「…祖母です」
「へぇ」
その瞳が、動けないリオにまた一歩近づいた。観察するように眺めまわされる。
「細いね。まだ入ったばかりだって聞いたけれど。ここでは身体が資本だ。食事と睡眠はきちんととらなければいけないよ」
「…精進いたします」
恐怖を押し隠し、ジャスティンを見上げ返す。
「はは、難しい言葉を知っているんだね」
ジャスティンが小首を傾げると、いつかみたいに金髪の隙間で耳飾りが揺れた。
唐突に話題を変えてくる。
「少し前に、トマス君って子が入ってね。彼もリオ君くらい細かったな」
試されているのだろうか。リオは一層身構える。
「とても熱意のある子だったんだけど、昨日、除隊になった」
「除隊…?」
「隊を抜けること。残念だよ。うちには合わなかったみたいだね」
また募集に行かないと、と独り言のようにジャスティンが息をつく。
「まあね。何も珍しいことじゃない。ここはとても厳しい場所だから。熱意や根性だけではどうにもならない」
「はい」
「-君も、そうならないといいけれど」
憐れむように言って、ジャスティンはリオの短い髪を撫でた。
「自分で切ったの?」
くすりと、笑われた。
「ジャスティン教官」
と、すぐ隣から、低い声が届いた。
顔を向けると、酷く顔をしかめたウィルがジャスティンを睨みあげている。
「なんだい、ウィリアム君」
「一人に構ってないで、さっさと授業始めてくださいよ。で、さっさと終わってください。オレ達野良仕事で忙しいんで」
ウィルの鋭い眼差しを悠然と受け止めて、ジャスティンは頷いた。
「ああ、ごめんね」
そうして、また教卓に戻っていく。
「じゃあ授業を始めるよ」




