(美味しい食事)2
スープを口にした少年が、驚きに目を見開いた。
「うま……」
その称賛は喜ぶべきものなのだろう。けれど出来るだけひっそり生きたいと思っているリオには、居心地の悪いものでしかなかった。配膳役に徹しようとするのに、チラチラと視線を投げかけられる。
「今日の当番、誰だっけ」
「オレ、見たことある」
「あいつだよ。ほら、少し前に入った……ウィリアムの」
目立ちたくも、話題にも上りたくはない。……のに。
「今日の飯、めちゃくちゃ美味い」
だからお代わりを頼まれても、美味しい、と面と向かって言われても、リオは無愛想に「どうも」と返すことしか出来なかった。
「もう少し笑ってやれば良かったのに。人気者になったぜ、たぶん」
他人事みたいにウィルが笑った。
「嫌だよ」
配膳係も終わり、リオとウィルもようやく自分たちの朝食にありついていた。
好評だったのは野菜のスープだ。
普通のレシピ通りに小麦粉を練ったものをいれ、ついでに余っていた鶏肉と傷みそうだったトマトもいれてみた。
それだけだった。
「けどさ。お前本当にすごいな。こんなのぱぱっと作っちまうなんて」
「普通だってば」
言いつつ、リオは食堂の隅に目を向ける。テイルとジエンも少し離れた席で朝食をとっていた。後は、片付けが終われば当番も終いになる。
向かいに座ったウィルは、スープを掬うと音もなく口に流し込んだ。
「もったいない奴。なんでそう自信がないんだよ」
「いや、自慢するほどの事でもないから」
リオは、かたいパンをちぎって口に運んだ。
調理に集中することが出来たのはウィルのおかげだった。ウィルが調理以外の清掃や食器、食材運びをしてくれて、それで仕事は随分捗ったように思う。
だからだろう、味付けを終える頃には、テイルとジエンの態度も少しばかり柔らかくなったような気がした。まだ物理的な距離はあるけれど。
と、突然ウィルがしかめ面になる。
「あ、くそ。今日ジャスティンの授業だったな。……さぼりてー」
ウィルがだらしなく椅子の背もたれに寄りかかる。仰向けに首を後ろにやっているから、正面から見ているリオには顔がなくなったようにも見えた。
「ジャスティンってあの人だよね。ウィルに面会だって呼びに来た」
ウィルが億劫そうに身体を起こす。
「ああ。リオも気を付けろよ。よそ見とかしようもんなら蹴りいれられるから」
「そんな風には見えないけど」
「……だから余計タチが悪いんだよな。はっきり言ってサディストだよ。オレの背中見ただろ。あいつにやられたんだぜ」
「……あれを?」
思わず眉をひそめてしまう。初日に見た、ウィルの背中の鞭のあと。
あれを、ジャスティンが。
あのにこやかな顔で鞭を振り下ろしたのだろうか。何度も、何度も。ウィルの悲鳴を聞きながら……?
その異様な光景に寒気がした。
「うん。気を付ける」
言って口をつけたスープは、冷め始めていた。
片付けを終え、リオはウィルと共に教室へ向かった。その道すがら。
「でもさ」
「ん?」
小走りになりながら、リオは言った。
「少しだけど、仲良くなれてよかったね」
「は?」
「テイルとジエンとだよ。普通に話せてたし」
「ああ。あいつらね……」
どうでも良さそうに言って、ウィルは小さく息をつく。
「話さないと当番の仕事出来なかったし」
「うん、でも」
教室が見えてきて、二人は小走りの速度を落とす。
「前、食堂で言い合いっぽくなっただろ。だから今日は少し心配だったんだ」
「リオが心配することじゃないって。でも、ありがとな」
言って、くしゃりと頭を撫でられる。これも彼の言うところの弟扱いなのだろうか。
「…………」
ウィルの笑った顔は可愛い。リオはそんなふうに笑えないから、余計にそう思ってしまう。
(テイル達は、知らないだけなんだ)
だからウィルを怖がって敬遠して。そんなテイル達の態度に傷ついたウィルも、無関心を貫こうとする。
気持ちはわからなくもないけど。もどかしい。
トラブルを回避するには、関わらないこと。
それが最善策なのだろうけれど、彼等の場合、距離を置くことで余計に関係を悪化させているように思えた。
ウィルもテイルもジエンも、悪い子じゃないのに。
どうにかならないものだろうか。
具体的な方法も思いつかないまま、リオは教室の戸を開いた。




