(美味しい食事)1
軍に入って一週間目の朝。
鳴る鐘楼の音に、リオは薄っすらと目を開けた。外はまだ、真夜中のように薄暗い。
(……起きなきゃ)
常は聞き流す第一の鐘の音も、今日ばかりは無視は出来なかった。
今日は、初めての食事当番だったからだ。名残惜しくベッドから出て、手早く訓練着に着替える。リヒルクの忠告は、深く胸に残っていた。
「ウィル、ウィル、起きて」
二段ベッドの梯子を半分まで登り、眠るウィルの肩に手をかける。ウィルは怒ったように唸りながら、きつく眉を寄せ、寝返りを打った。
「ん……」
目覚める気配はない。
リオは息をつくと、手を離した。
「先に行ってるよ」
「おはよ、リオ」
調理場に行くと、既にテイルとジエンが大鍋の前に立っていた。鍋の中の湯は、ぐつぐつと煮立っている。彼らも今日の調理当番だった。
リオは小走りでテイルに駆け寄る。
「ごめん、遅れた?」
「ううん、時間通りだよ」
言いながら、テイルは忙しなくそら豆を剝いていた。
「なにからしたらいい?」
「じゃあ、それ」
テイルが目線で指した籠には、土のついた芋が溢れんばかりに入っていた。リオ達が農場で作ったものだ。
「洗って切ってくれる? カサ増ししないといけないから薄く細くね」
「分かった」
リオは頷いて、芋の籠を持ち上げた。
食事当番は、部屋単位で数週間に一度回って来る。今朝はリオとウィル、それからテイルとジエンの部屋が当たっていた。
たったの四人で寮生数十人分の食事を用意するのは容易くなかった。しかも今朝は、一人足りない。
(やっぱり、もっとちゃんとウィルを起こすべきだったかな……)
リオは悶々と考えながら、洗い終えた芋を次々に切り分けていった。
その脇を、テイルが走り抜けた。
そう言えばあれから、テイルたちとはまともに口を聞いていなかった。
食事も、訓練も、畑仕事も、リオはずっとウィルと一緒だったからだ。
ウィルとばかりいるのは故意ではなかったけれど、ウィルに「行こうぜ」と誘われて断る理由もなかった。
半分孤立したような立ち位置に、リオは少しばかり困りながら安堵もしていた。出来るだけ、親しい人は作らない方がいい。いつまでここにいるかも決めていないし、いつまでもいられないとも思っているからだ。隠れ蓑に、ウィルは丁度良かった。
「出来たよ」
リオが切り終えた芋を持っていくと、テイルもジエンも、目をまん丸にして振り返った。
「早……もう終わったの?」
「しかも上手いな」
ジエンが、細切りにした芋を信じられないと言った風に覗き込んでくる。
「料理は宿で働いてた時にやってたから」
「ここに来る前?」
「うん」
「すげ」
戸惑ってしまったのは、何がすごいのかわからなかったからだ。芋の数十個程度、リオにとっては日常茶飯事だった。
「次は何をすればいい?」
「スープを任せてもいいかな。材料はそこにあるから」
「分かった」
リオは湯気の立つ大鍋の前に立ち、材料を鍋にぽちゃりと放り込む。
「リオ」
「なに?」
その隣で、テイルは小麦粉をこね始めた。
「大丈夫?」
「…………ウィルのこと?」
聞き返すと視線は手元にやったまま、テイルはこくりと頷いた。
「最近ずっと一緒だろ。訓練も畑仕事も。ここんとこ大人しいみたいだけど、いつキレるかわかんないし」
「平気だよ」
「……今朝だって、当番なのに結局来てないし」
「結局?」
リオは顔をあげた。
「もしかしてテイル、ウィルが当番だからいつもより早く来てた?」
「当たり前だよ。あいつがいるってことは一人足りないって事なんだから」
「……そんなにウィルって遅刻魔なの?」
「同じ班になっても数には入れないようにしてる」
「…………そうなんだ」
勿体ないね。
そう言おうと思ったけど、止めた。ウィルは体力はあるし知識もある。それに要領もいい。リオがここ数日一緒に過ごして感じたことだ。
けれど、それをどんなにリオが訴えてもテイル達の態度が変わるとは思えなかった。
「お塩ある?」
「そこの棚にあるよ」
テイルは小麦粉を小さくちぎって、丸めはじめた。そうしてそっと口を開く。
「リオ、実はさ──」
「おい! リオ」
瞬間、ウィルが大きな声をあげて調理場に入ってくる。ぴんと跳ねた寝癖もそのままに、リオに駆け寄ってきた。
「なんで起こしてくれなかったんだよ」
「起こしたけど起きなかったから」
「もっとしっかり起こしてくれよ」
その、リオが悪いとでも言わんばかりの言いぐさに、少しばかりむっとしてしまう。
「分かった、今度からはそうする。でも、僕はちゃんと起こそうと声はかけたし、それでも寝坊したのはウィルだ。それはちゃんと覚えてて」
ウィルも少し頬を膨らませたが、リオの言葉を胸の内でかみ砕いたのか、「わかった」と大人しく頷いた。
「悪かったよ。……で、オレは何からしたらいい?」
リオは大鍋をかき混ぜながらテイルを向いた。リオだって初めてだから、何をしたらいいかなんてわからない。
「テイル」
呼びかけると、テイルの顔が固まる──ウィルが来てから、テイルもジエンも不自然な程目を合わさないし、口も開いていなかった。食堂のときみたいに。
「テイル、ジエン。ウィルは何をしたらいい?」
リオがもう一度聞くと、ようやく二人はこちらに目を向けた。ウィルは言った。
「なんでも言ってくれよ。実はオレ、まともに手伝えたことなくて。なんでかオレが来る頃には毎回終わってるからさ。あ、だから、今日こそはって思ってたんだ。はは、そしたら中々寝付けなくて、結局遅れたんだけど……」
「……」
テイルがおずおずと背面の棚を指さした。
「……じゃあ。お皿を出してくれる」
「ああ、任せとけ」
ウィルは腕まくりをして、棚に向かった。




