第五十七話 分岐点
「ねえ、教えて。君の名は?」
随分と苦戦したが、ようやくひと段落ついた。
だが、ノンビリしていられない。
こんな連中がまだ何人も居るんだ。
アカさんがどんな目にあっているか分からねえ。
「待ってろ、アカさん。今すぐに行くぜ!」
「って、ちょ、待っ、ねえってば! 話、聞くから! だから、ちょっ、行かないでよ!」
っと、俺がアカさんの家に向かおうと走り出したとき、ダウンしていたはずのシノブが慌てて立ち上がって回り込んできた。
なんだよ、まだ元気で俺の衝撃波で服が切れて、ナイスハレンチだが、今は構ってる場合じゃねえ。
「大魔グースステップ!」
「ちょっ!?」
立ちはだかるシノブを俺はグースステップでタイミングをずらして回避し、そのまま走った。
「ちょ、ま、待てって言ってるでしょ!」
「だああああ、もうしつけえ! つか、ただでさえ露出の多い格好が、衝撃波の影響で服がボロボロなんだからどうにかしろ! パンツ隠せ!」
「別に、見せパンよ! それに、君が見るならどんと来いよ!」
「この世に最初から見ていいパンツがあってたまるか! 見ちゃダメなのを見るからドキドキすんだよ!」
俺のすぐ後を追いかけてくるシノブ。ヤバイ、邪魔だ。ウザイ。
「大魔スワーブ!」
「えっ、ちょ!?」
まっすぐ進みながら、途中で外側に円を描くように方向転換するように進む。
このまま一気に振り切ってやる。
「もう、話を聞くって言ってるでしょ? 君がオーガを友達だって言ってることも真剣に!」
「今、そんな時間ねーよ! お前の仲間がアカさんに何かをしてるかもしれねーし、大体いきなり手のひら返すんじゃねーよ!」
「私が信用できない? そうよね、私たちお互いのこと何も知らないもの。なら、走りながらでいいから私のことを聞いて!」
なんだ? さっきと逆になってねーか? 俺の話を聞けと言って、全く聞く耳を持たなかったこいつらが、今度は俺に対して話を聞けと言い、俺が嫌だと言って逃げている。
唯一違うのは、俺が拒否しているのにシノブは構わず一人で叫んでいることだ。
「私はジャポーネ王国出身、ストーク家長女にして15歳。才色兼備の大天才、神童とまで言われた天才忍者。おまけに戦碁を打たせれば十八歳以下のジャポーネ大会優勝よ! 好きな男性のタイプは……、というか、今気になっている男性は……いや、もう言わなくても分かるわよね? ねえ? ねえ! ゾッコンよ! さっきまでの戦いも、今ではとても素敵な、ときめきメモリアルよ!」
「ぞ、ぞっこんとか、お、女がアッサリ言うなし!」
ヤバい。こいつ美人だし、俺のことタイプとか言ってくれたけど、なんかウザい。
嬉しいけど、親密にはなりたくないかもしれん。
つか、何でこいつこんな元気なの? 俺に負けたじゃん。
こいつ、このままアカさんの所に連れてったら、むしろヤバくないか?
「でも、だからこそ話を聞いて、そのうえで兄さんを止める必要があるのなら私が協力するわ!」
「だから、話してる暇がねーって言ってんだろうが! もう、お前の兄貴がアカさんとこ行ってどれぐらい経った? それなら、一秒でも早く駆けつけて、お前には悪いが兄貴をぶっ飛ばした方が手っ取り早いだろうが!」
俺は前を向き、途中の枝などで頬や肌を切りながら、構わず進む。
チラッと後ろを見てみるが、シノブは別に問題なくスイスイと……
『あれが完璧なパルクールだな……流石は上忍といったところ』
「トレイナ?」
『貴様もあれぐらいの動きを見せて欲しいところだ』
「うるせーな。つか、今はそんなん後だ! あんただってアカさん心配だろ!」
『あのオーガなら大丈夫だと思うが……まぁ、確かに気になりはするが……仕方ない。少し手を貸してやるか』
そのとき、走る俺の傍らでトレイナが少し考える様子を見せながら俺に耳打ちする。
『よいか? 童。今から貴様に『走るルート』を指示する。余の指示通りに走れ。障害物を回避しながらの最適ルートは余が指示してやる』
「な、なに? んなことできんのか?」
『うむ。その代わり、ルートはズレるでないぞ? ルート指示は数種。一度で覚えろ』
そう言って、トレイナが俺にルートに関する説明をしていく。短い単語とそのルートについて。
「ねえ? さっきから独り言? ねえってば!」
追いかけて来るシノブを無視して、俺はトレイナの言葉を覚えることに集中。
そして、木々の生い茂る深い地帯に入って、俺は集中力を高める。
「大丈夫なのか?」
『こう見えて、かつて史上最高の司令塔と言われた余の指示に間違いはない!』
「よくわかんねーけど、頼んだ!」
『早速行くぞ! ……『スラント』!』
スラント。その言葉の意味は、まっすぐ走った後に斜めの角度に切り込むルート。
スレスレで大木を回避。
『コーナー!』
コーナー。その指示は、しばらく真っすぐ走った後に右斜めの角度へ切れること。
『ストレート!』
その名の通り真っすぐ走り続けること。しばらく俺の前を妨げるものはなく、ノンストップで駆け抜けられる。
「ちょっ、何? どういうこと? 急に走るコースが……追いつけない!?」
トレイナに完璧なパルクールと呼ばれたシノブの足から少しずつ差を広げていっている。
『ジグアウト!』
スゲエ。俺も走りながら、『俺ならどっちに走るか?』を一応は考えてみるが、ことごとくトレイナの指示とは違う考えをしていた。
俺の判断力もまだまだって思い知らされる。
だが、そのおかげで邪魔な女も少し距離を離して……
「ほんと素敵ね! 尊敬するわ! でも、だからこそ待ちなさい! 兄さんをぶっ飛ばすって言っていたけれど……そもそもいくら君でも、兄さんには勝てないわ!」
そのとき、後ろから聞こえてきた言葉に俺は少しムッとなった。
「兄さんは私より遥かに強い! 術も、体術も、経験値も、全てが上忍の中でもトップクラスの実力者! ジャポーネ王国が誇る伝説の七勇者様である『コジロウ』様からもその実力を認められた天才!」
「あ~、はいはい、天才天才、羨ましい限りだぜ。こっちは、その七勇者に認められたことなんて一度もねえ落ちこぼれだからな」
とはいえ、その七勇者の宿敵だった大魔王には見てもらえているんだがな。
と、そんなことより……
「近いぞ!」
見覚えのある場所にようやく近づいた。
そうだ、このあたりでシューティングスター一家、そしてアカさんに出会った。
そして、ここを抜ければもうすぐアカさんの隠れ家に……ん? なんだ?
「おい、トレイナ! なんか、煙が……それに、ちょっと……燃えてねーか?」
『恐らくな』
恐らくじゃねえ。間違いない。煙が広がり、そして徐々に空気が熱くなっている。
そして見えてくる。昨晩、一夜を過ごした家。それが……
「あっ……」
燃えている……アカさんの家が……荒らされている……アカさんの畑が……
「あっ……あぁ……」
周辺の木々は破壊され、地面は荒れ、そこはもう誰かが住めるような場所ではなくて……
『こうなったか……』
だが、俺が目を奪われたのは、もう何かが燃えてるとか、荒らされているとか、「その程度」のものじゃなかった。
夥しく地面に広がる血。
あちらこちらに刺さっている、クナイや手裏剣。
聞こえる呻き声。
そして、今にも消え失せそうなほど弱々しく、瀕死な姿。
俺は、目の前に見える光景を夢かと疑いたかった。
でも、肌に感じる空気全てが、これは現実であると告げている。
『……ふぅ……やれやれ……だな……』
トレイナだけは、あまり驚いていない。まるで「こうなっても不思議ではない」と予想していたかのように落ち着いている。
「なん……で?」
俺が絞り出せたのは、その一言だけだった。
「追いついたわ! え? ……え!? こ、これは……」
結局追いついたシノブも、目の前に広がる光景に驚愕している様子。
それは当然だ。
何故なら、シノブの仲間たちが……そして、中にはシノブの兄貴も居るんだろう。
シノブの仲間たちと、シノブの兄貴。
そいつらが……
血まみれで瀕死の状態で平伏していた。
「に、兄さん……」
そして、その平伏す連中たちを見下ろす者が一人。
『竜の逆鱗に触れる。虎の尾を踏む。これは正に……鬼の角を刺激した……自業自得だ』
デカく、太く、その肉体には多数の手裏剣、クナイ、剣、鎌、色々な武器が突き刺さり、多くの血を流している。
だが、その存在はその怪我に痛みを見せる様子もない。
全身を灼熱の色に染め、正に怒髪天を突くほど逆立った髪、雄々しく伸びきった角。
正に、怪物に見えた。
『どれほど心の優しい者でも怒りの沸点は存在する。貴様ら人間とて、キレれば血の繋がった親兄弟すら殺す者も存在する。だから……オーガも当然キレるのだ。そして、激高したオーガは正に『血塗られた獣』となり、もはや感情のコントロールも自制もできなくなる。そう……あのオーガは……鬼畜ではないが……しかし、紛れもなくオーガなのだ』
俺は今、何を見ている?
――おで……いっぺーの人間と……友達になって……遊んだり、ゲームしだり、おでのメシを食ってもらったり……おで、そういうのがしてえ
『ウ……ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! はあ、はあ、はあ、はあ……ニンゲンンンン!! ユルサネエエエドオオオオオ!!!!』
住んでいた家も、育てていた畑も全てを台無しにされている。
きっと、家の中にあった、アカさんが作った作品とかも全部燃えちまってるだろう。
そんなの、怒らない奴が居ない。
俺だってブチ切れる。
ましてや、襲いかかられたりしたら、殴り返したって全然問題ねぇ。
俺だって、邪魔をしたシノブたちを蹴散らしてここまで来たんだ。
だから、何も問題ねえ。
仕方ねえことなんだ。
でも、それなのに俺は、すぐにそう言ってやることができなかった。
『ここが分岐点だ、童……貴様の答えを今一度……余にも見せてみよ』
そして、そんな俺の心を見透かしたかのように、トレイナが俺にそう告げた。
それは、さっきまでアカさんのことを友達だと叫んでいた俺を改めて試すかのような言葉だった。




