第五百五十四話 緊急速報
鑑賞会。それは五部構成で流されると宣言されていた。
これまで四部が終わり、ついに今日完結となる。
そしてこの連日の流れからも、世界中で人魔問わずに一日の仕事を皆が早めに切り上げたり、飲み屋で酒を飲みながら空を見上げられるオープンな店に集まったり、友人の家や中庭に集まったりというのが、もはや自然な流れになっていた。
「うーむ……自然とテラスに来てしまった……何だかパリピの思惑通りのようで癪だがな」
「まぁ、見ないわけにもいくまい」
『いずれにせよ今日終わるのであれば、我慢するゾウ』
これまでの鑑賞会と同じように、帝都の宮殿にてソルジャとライヴァールは臣下たちと共に、そして魔界のライファントとの通話が繋がっている状態で、鑑賞会が始まるのを待機していた。
「昨日は、ほんとに大号泣だったり、大熱狂だったりでしたからね~」
「アースくんと七勇者のエスピ様、そしてあのスレイヤとの再会……そこからどうなったのか……」
「三人で仲良くしている光景を見せてもらえたら、私はソレだけで泣いてしまいますよ」
臣下たちもワクワクした表情で始まる瞬間を心待ちにしている。
それは、当然世界中の人々がそうであった。
「ふむ、ライファントよ……実際、ゴウダの件の真実……魔界ではどのような反応だった? こっちはもう皆が混乱して、まだ歴史の修正だとかそこまでの話にすらいかなかったが……」
鑑賞会が始まるまでの間に、ソルジャが昨日の鑑賞会終わりから今に至るまでのことをライファントに尋ねた。
実際、これまでは「六覇のゴウダはヒイロに討たれた」という記録であったため、それが大きな間違いであり、さらにはゴウダを本当に討ったのはアースであるということが分かった魔界の反応はどうなのかと。
すると……
『驚いたことに……皆が泣き……皆が熱狂し……そして……皆が笑ったゾウ。二人のすごい男たちがいたのだと……』
ライファントもどこか嬉しそうに、そして誇らしげに魔界の民の様子を語った。
『もちろん、全てがそうだったとは言えないのは間違いないゾウ。これから先、落ち着き、冷静になり、その果てで『アース・ラガンさえいなければ、戦争は魔王軍が勝っていた』と思う者も出て来るであろうし、既に思っているものたちも居るかもしれぬゾウ。だがそれでも……あのライブの熱狂が『ただのその場のノリ』であったということにならないようにせねば……それは小生たちの仕事だゾウ』
「……そうか……」
『そうでなければ……ゴウダが浮かばれぬゾウ。アース・ラガンはあやつと共に最後に一緒に歌ったソウルメイトとやらなのだからな……』
ライファントの言葉からも伝わってくるように、魔界は決してアースに対して悪い感情を持っているわけではない。しかし、全ての人がそうではないというのは当たり前である。
だがそれでも、かつての魔王軍の六覇の一人であったライファントが「アースさえいなければ勝っていた」という想いを抱かないどころか、どこかアースに対する敬意を感じ、ソルジャも嬉しかった。
「そうか……少なくとも、ライファントがそう言ってくれて心強い」
『うむ……だからこそ、必ず魔界はクロンを迎え入れ、そしてアース・ラガンと結婚して、夫婦で魔界と人類の未来を率いて欲しいゾウ』
「ああ……ん? ん? いや、ライファント?」
『だからこそ、そのための課題……それは……クロンの母であるヤミディレを恩赦に! それが条件となってくるゾウ』
「い、いやいや、アースの結婚的なソレは……その、もう大人たちの思惑をどうこうすることなく、本人同士にだな――――」
『しかし、そんな未来となれば、人と魔の関係性も大きく変わるかもしれぬゾウ。そう……かつて……イリエシマと深海の―――』
話の流れでサラリとライファントが口にした要望に、ソルジャは思わず吹き出して待ったをかけた。
本来なら「自分の娘とアースに!」と言いたいソルジャだったが、かつて自分もアースの意思を無視ししてフィアンセイとアースを結婚させようとした負い目もあり、強く止めることができなかった。
「やれやれ、まあ、いずれにせよその話は今日の鑑賞会を終えてからしたらどうだ。今日もまた何が起こるか分からん……が、どっちにしろ、『鑑賞会は今日終わる』のだ。今日終わるのであれば、今そこまで焦って話す必要はあるまい」
と、興奮気味のライファントたちを諫めるように冷静に制すライヴァール。
すると、その時だった。
――パーリパッリ動画♪
「「「ッ!?」」」
突如、空から能天気で、そして三人にとってはイラっとさせられる声が聞こえてきた。
「おお、陛下、始まりますぞ!」
「さぁ、どうなったんだ、アースくん、エスピ様、スレイヤ!」
「あれ? でも、昨日までは『パリウッド』とかじゃなかった?」
「そういえば……今日はどうしたんだろ?」
とりあえず今は最後の鑑賞会を堪能しよう。
世界中が心待ちにしてワクワクする……その時だった。
――え~、緊急速報です
「「「「「……ん?」」」」」
――つい先ほど……ジャポーネ王国の現国王であるウマシカ国王が何者かに攫われたとのニュースが入りました
「「「「「……………え!?」」」」」
――予定では本日鑑賞会の第五部でしたが、急遽予定を変更して現場より中継を繋ぎます!
「「「「「ちょっっっ!!!???」」」」」
その瞬間、スタート直後からいきなり世界が「ハ?」となった瞬間だった。
「どどど、どういうことなんでえええ!?」
エルフの集落でも族長とイーテェが頭を抱えて取り乱しまくっていた。
「世界一かわいいアミクスが淫獣と共に姿を消し、しかもジャポーネでは国王が攫われているとか、どうなってるの!? え? いや、ウチの娘はそれに関わってないよね!? ってか、アミクスどこー!」
「うう、どうなってんのよぉ~、たぶんノジャを逃がして一緒にジャポーネに遊びに行ったんだと思うけどぉ……あぁ~~、お兄さんたちと合流できてるなら大丈夫かなとも思ったけど、なんか変なこと起きてるっぽいし……アミクスぅ~~~!」
気づいたらノジャと一緒に「ノジャちゃんと遊んでくるね♥」と書置きだけ残して行方不明になっていたアミクス。
そして同時にジャポーネで何やらとんでもないことが起きている様子。
これにアミクスも関わっていないか? そう思った瞬間、親バカの二人は泣きながら取り乱した。
「お、落ち着け、族長。アース・ラガンとエスピとシノブも王都にいるし、スレイヤも今頃二人を追いかけてもうそろそろジャポーネに到着するはず。ここはあいつらを信じよう」
「いや、ラル、よくよく考えるとそれが一番心配だからね!? 悪いけど、お兄さんが居るんだよ? この数日の鑑賞会でもご覧の通り、あの何でもかんでもとんでもない伝説に巻き込まれて遭遇してを繰り返していたお兄さんだよ!? また妙な伝説にでも巻き込まれていたりしたら――――」
エルフが人里に降りて見つかったりしたら危険……なのだが、アースたち世界最強の大戦力がいるのであれば安心……のはずが、族長は「だからこそむしろ心配」と叫んだ。
「いやいや、族長よ。いくらアースくんといえども、そうそう伝説と遭遇など……など……」
「ジーさん?」
「……い、いやぁ、まあ、エスピもいるようじゃし、スレイヤ君も向かったし、信じよう。ワシらまで動いて入れ違いになるのもまずいしのう。落ち着きドーンと構えて、帰ってきたらお説教とノジャをぶん殴ってやればよい」
ミカドも「そんな簡単に伝説に遭遇しないだろう」と途中から言い切れなくなり、顔を引きつらせるが、今はそれよりと空を見上げ……
「とにかく……何が起こっておる? まさか本当にこれにアースくんたちも関わっておるのか?」
「ここにきて国王誘拐とはどういうことじゃない?」
「兄者……」
「ウチらの知らないところで、一体―――」
そして、たった今はいってきたパリピの緊急速報に、コジロー、ミカド、オウテイ、カゲロウたちにも緊張が走った。
まさか自分たちを追放して命を狙うようになった張本人であるウマシカが、誰かに攫われたというのだ。
すると……
――え~、今、現場の情報が入りました。どうやら、国王を誘拐した張本人が王都の中央で、侍戦士や忍者戦士たちと争っている様子です!
そして、緊迫した声と共に、空の様子が切り替わる。
すると、次の瞬間空には……
『ワーハッハッハッハッハ! どうしたー、誰も俺様を捕まえられないのかー! この国にいるのはナマクラだけかー!』
王都の街の屋根の上で、太った男を脇に抱えながら豪快に笑う、体毛に覆われた一人の獣人。
「いや、ほんとダレ!?」
「聞いたことない声じゃない?」
「ぬぬぬ、拙者も知らぬ……しかし、兄者! 本当に攫われ……」
「誰なん? いや、そもそも……人間やない? 魔族?」
映し出され、大立ち回りをするその男に誰も心当たりがなかった。
コジローたちも、そして集落のエルフたちも首を傾げる。
だが……
「ぶぼっほぉ!? は? え? え!?」
「「「「え?」」」」」
「なな……なんでじゃあぁぁああ!?」
次の瞬間、つい今の今まで族長に落ち着けと言っていたミカドが、盛大に噴出したのだった。
「だ、誰だよアイツ……それに……」
「ええ……強いわ……」
その光景、そして急に姿を空に映し出された謎の人物。状況がまるで理解できないヒイロとマアムだが、その目は男の強さを確かに感じ取った。
たった一目見ただけでも「強い」と理解できるほどの存在感。
そして……
「ふふ……ふははははは……ジャポーネの目撃情報は聞いていたが……隠密どころか、このような形で……ふふふふ、フハハハハハハハハハ!!!!」
ハクキは豪快に笑った。
「あのバカ猿め……死んでいなかっただけではなく、いきなり登場と共にジャポーネ国王を誘拐だと? 何を企んでいる? いずれにせよ……」
そしてその目は鋭く、口角は好戦的な笑みを浮かべ、武者震いしていた。
『くそぉ、何者だ貴様ー!」
『我らの王を返せー!」
空ではジャポーネの戦士たちが男に叫ぶ。
すると男は笑みを浮かべながら……
『俺様が何者か? いいだろう、教えてやろう!』
脇に抱えたウマシカを屋根の上に置き、そのまま手を天に翳し……
『あいやヒヨッコ共はよーく拝んで見知りおけ! 天にも鬼にも嫌われて、されど貫き通すは男道! 再び歴史の果てよりいざ見参! 天下無双の伊達男ぉ~ゴクウったぁ~俺様のことでぇ~~~い!』
口上を述べて己が何者であるかを世界に叫び。
「……え?」
「……ゴ、ゴクウ? ……なんか、絵本に出て来そうな名前ね……」
流石にその名前だけは知っていたヒイロとマアムがポカンとすると同時に、ハクキは……
「黙って夢の中だけで満足していればよいものを……遺物共が……伝説の蛇足をするぐらいであれば、吾輩が自ら消してやろうか? なぁ? ……カグヤ……」
と、口では言いながらも、かつてないほど楽しそうに凶暴な笑みを浮かべていた。




