第五百五十二話 日向でノンビリ
「コジローのおじさん、もういっかいしょうぶー! だいまらせんだー!」
「おっ、かかってくるじゃな~い」
「フウマにいちゃん、的当て見せてー!」
「うむ、ではよく見ているでござる」
集落では子供たちが大いにハシャイで遊んでいる。
普段はラルやアミクス、たまにエスピやスレイヤが遊んであげていた子供たちも、コジローと木剣で戦いごっこをしていたり、ストーク家たちが忍法を見せてあげたりと、楽しそうにしていた。
そんな中……
「むぅ……むぅ……シノブはいいとして、何でエスピが……むぅ……」
集落の中心で子供たちの面倒を見ながらもむくれているスレイヤ。
「やれやれ、神童とまで言われた伝説のハンターも、アース・ラガンの前ではワガママな弟だな」
「ほーんと、エスピ嬢の彼氏でありながら、彼女に嫉妬するとか、お兄さん愛されすぎじゃな~い」
「ウチとしてはアース・ラガンくんとシノブの二人きりで買い物に行って、そのまま宿屋で一戦することが望ましいんやけどな~」
「……自分がかつてしたことを娘にもさせるのはよすでござる」
「父上、事実でも子の前でその話は……」
いつものクールなスレイヤとはかけ離れた姿に皆が笑っていた。
そして……
「ふぉふぉふぉ、皆楽しそうじゃのう」
「こっちとしては手のかかるチビッ子たちの面倒を見てくれるだけで十分嬉しいんで」
「ふふ、こうして匿ってもらっているのだからのう」
「別に。色々とジャポーネが物騒なことになっていて、侍たちやら人間のハンターやらが山狩りしてたり、今後どうなるか分からない以上、むしろあんたたちがここに居てくれた方が心強いからね」
「そう言ってくれると嬉しいのぅ……。さて……ここまでじゃのう」
「ん~……」
そして、そんな集落の光景を、族長の家のテラスから眺めながら、族長とミカドはポカポカの陽気を浴び、ノンビリお茶を飲みながら戦碁をしていた。
「強いなァ、爺さん……指導戦碁もすっごい丁寧」
「ふぉふぉ、ここの一手が余計じゃったのぅ。これに伴い左右のバランスが一気に崩れてしまい、石を大幅に損しておる」
「は~、なるほどな……勉強になる……ここのみんなの戦碁の腕前は俺以上にヘボだし」
「いやいや、族長は筋がよいぞい。経験が足りんというか、随分と定石が古代すぎるというか……せっかくの長生きなのじゃから、真剣に極めたらよい勝負になると思うぞ?」
「ははは、古代の定石か……」
ミカドはジャポーネでもトップ。つまり世界でもトップの戦碁の打ち手であり、二人がやっているのは勝負ではない。
置き石などのハンデの上での指導を目的とした指導戦碁であった。
「とはいえ、古い定石だから弱いとは限らぬがのう。実際、今の定石を知らずとも、それでも今でもワシが勝てん者たちは歴史上にはおったからのう」
「へぇ~……」
「たとえば、女勇者と呼ばれたカグヤ様―――」
「……ふ~ん……」
指導をしながらの雑談の中で何気なく口にしたミカドの言葉。
それを族長は特にリアクションを見せなかったが、それでもミカドは小さくほくそ笑んだ。
「のう、族長。おぬしにとって……カグヤ様とは何じゃ? 明らかに反応があったのぉ~」
「……」
「もっと言うと……シソノータミの遺跡……鑑賞会ではサラリと流されておったが、おぬしがアレを使いこなしていることは分かるわい。アースくんたちがあそこに行っても何か出来るわけがないしのう……」
族長が反応しないようにしようとした反応を、ミカドは見逃さなかった。
今、皆からも離れているし、聞き耳立てている者たちも居ない。
内緒話にはうってつけの状況だった。
「爺さんは……人間なのに……遥か昔のカグヤ様たちの世代から生きてきた……皆あんたのことを、『仙人』、『人間の中の化物』、『規格外の存在で寿命もすごい長い』ぐらいに捉えているんだろうけど、本当なら『この世界』で魔族以外の人間が何百年以上もの寿命を持つのはありえない……『何か手を加えられない限り』……ね」
「ふぉ?」
「……爺さんが悪い人じゃないのは分かってるけど、意図的にそっちのことも隠されたまま話すのはフェアじゃないんで。俺はあんたのことを、お兄さんやエスピやスレイヤほど知っているわけじゃないしね」
「…………まぁ……そうじゃのう」
族長と内緒話をする。それをするなら、ミカドも隠していることがあるのなら話せというのが族長のスタンスだった。
そして、族長とミカドは改めて戦碁の石を片して、また初手から打ち始める。
一見すればまた打ち合っているだけに見えるが……
「ワシは確かに普通の人間じゃった……しかし、村ごと深海族に襲われ……そして……色々と体を弄られたわい。なのてくのろじーとか、人魚の肉やら玉手箱やら……深海の姫が主導となってのう」
「……あら」
「当時、深海族たちはイリエシマ様が人として寿命で死ぬことを拒み、どうにか生き永らえさせるための実験に身を投じた。非人道的な行いの果て、何百人もいた者たちの中で奇跡的にワシだけが死ななかった……」
語り始めたミカド自身の話。それを聞きながら族長は頷いた。
「恐らく古代人たちが残した遺産の一部だろうね。この世界の魔族のように半永久的な寿命を『人間のボディ』が持てるようにするにはどうするか……の実験で、未完成のまま断念されたもの……更にマスターキーも使えず奥深くのブラックボックスまで辿り着けないレベルの技術を中途半端に用いて色々やろうとしたんだね……だけど、爺さんのはあくまで奇跡であり、成功ではない」
「そうじゃ。あまりの確率の低さにイリエシマ様たちに試すわけにはいかんと嘆いていたところ、イリエシマ様本人、そしてカグヤ様たちが激しい怒りで姫たちを叱責し、ワシを救い出してくださった。どうやら実験そのものは姫たちが独断で行い、カグヤ様たちは知らんかったようでのう……自分たちはそんなことを望んでいないと……そう仰っておった」
少し切なそうに、しかしどこか懐かしそうに、笑みを浮かべながらミカドは語った。
「救い出されたワシは保護され、色々と可愛がってもらったわい。もっとも、それを面白く思わず嫉妬する連中に絡まれたりもしたがのう……イリエシマ様を慕う姫や亀だったり、ピーチ様を慕う猿、犬、雉だったり、……ふぉふぉふぉ」
「……猿とか……ああ……そういうこと……カグヤ様たちのシリーズの直後に古代人が人工的に作った、魔族と獣と人間を掛け合わせて作ったシリーズだね……しかもかなりの特別性……十数年前、ゴウダとの戦いを終えたお兄さんを未来に送った後、興味本位で遺跡のデータを調べてて分かったこと……つっても、これまで新聞とかでその連中の噂は聞いたことないんだけど、そいつらはどうしたの? カグヤ様たちと違って、そいつらの寿命は半永久だろうし……」
「うむ、しかし不死ではない……全員死におった……アース君の父であるヒイロの先代の勇者であった、ツナという男の手によってのう……かつて、カグヤ様たちと共に伝説となった、ワタベ様の子孫じゃ」
「……よくまあ、そんな昔から血筋が途絶えなかったねぇ……てか、さらりとそのツナってヤバいね……」
両者よどみなく盤面に一定のリズムで石を置きながら会話を続けている。
傍目から見て二人がそんな会話をしているとは誰も思わないであろう。
「俺はカグヤ様たちよりもっと前の世代に作られた」
「ふぉっ?」
「お兄さんも使ったあの時を越えるアイテムで、ずっと過去から来た……カグヤ様たちの世代の先輩だ」
すると、族長も少しずつ話をしだした。
「ん? ちょっと待つのじゃ。族長はカグヤ様とお会いしたことは?」
「ないよ? ただ、俺の居た時代からカグヤ様を造るプランはあったから……」
「ん~? では、会ったこともなく、さらには族長の方が先輩で……なにゆえ『様』などと呼んでおる? まぁ……敬っている感じはせんが……」
「あ~それは……カグヤ様の人格や、埋め込まれている思考なんかの元となっている人は知っている人……いや……まさに俺を造りやがった、ナグダの……あ~シソノータミの施設の全責任者みたいな人でね……まさに俺にとってトラウマみたいな存在。意図的にカグヤ様には技術的知識だけは持たせないようにされているみたいだったけどね」
「ッ!?」
「とはいえ別人……されど完全な他人でもないしということで、呼び捨てするのも恐れ多いということで、本能が? 恐怖半分皮肉半分って感じかな? まっ、爺さんの話を聞く限り、育った環境ゆえか、コピーとオリジナルでは、性格が全然変わってるみたいだけどね。俺が知っているあのオリジナルの人は……とにかく加虐性愛者、残酷好きなマッドサイエンティストだった……そのぶん、実験がうまく言ってるとメチャクチャ可愛がるけど……」
「あ、マッドなんたらは分からぬが、カグヤ様も意外とドギツイ性格じゃったぞ? 嫌いなものにはとことん残酷になり、好きな者は適度にイジメて愛したくなるという……」
「あら。そうなの?」
やがて笑いも交えて族長とミカドの話は続き、そしてそのまま話がどんどんと大きくなるかと思われた、その時だった。
「むむ、僕の造鉄が解除された!?」
「おや……小生の封印結界も……ッ、まさか!」
子供たちと遊んでいたスレイヤとラルが血相を抱えて族長の家に。
そのまま二人は上がり込み、そして……
「なっ、そん……な……ノジャが居ない!?」
「バカな、いかに大将軍とはいえアレから逃げ出すのは……ぬっ? アミクス! アミクスはいるか?」
それどころじゃない大騒動となってしまった。
そして、事態は更にカオスとなる。
「ひはははは、さ~~って、今夜の鑑賞会でラストになっちゃうけど~……な~んか、今度は今のボスの物語もやってみたいね~」
己のアジトでニタニタ笑みを浮かべながら、その男は呟いた。
そして……
「よし! おーい、コマンちゃん!」
「……はい?」
「また一っ走りボスの所に行ってさー、で、コッソリと魔水晶でボスのことを盗撮……コホンコホン、盗撮してきてくれない?」
「……あの……言い直そうとして言い直してないのはどういうことですか? あと、私がアース君のところに行っても拒否されるかと……」
「うん、だからコッソリね」
不満そうなコマンに笑顔で命じるパリピ。
「しかし、どうしてです? ジャポーネの騒動にアースくんが関わると?」
「関わるでしょ。ってか、関わらないということができない星の下に生まれているボスだしねぇ~、なーんか面白いことになりそうじゃん? 勘だけど♪」
ただの勘であり根拠はないとするパリピに呆れるしかないコマン。
しかしこの思い付きの勘が、結果的にまた世界の強者たちの頭を抱えさせる事態となるのだった。




