第五百五十一話 コイバナ乙女
外に遊びに行かないか?
ノジャの誘いにアミクスはアタフタする。
「ええええ、で、でもお……」
エルフが人間に見つかると危険(エスピとスレイヤは除く)。
幼いころからそう言い聞かせられ、一人ではたとえ山の中だろうと集落からあまり遠い場所へは行くことを禁じられている。
それこそ、エスピとスレイヤのように信用できるうえに何よりも強い存在が傍にいない限り、アミクスが人里へ行くことなどほとんどないのだ。
しかし、アミクスは大きくなるにつれてそういうのが少しずつ嫌になっていたのも事実であり、時折集落から離れたところへ探検に行くこともあり、そのたびに母たちから叱られていた。
だから、ノジャの「こっそり遊びに行こう」という誘いは、「ダメ」と分かっているのに、非常にドキドキして興奮するものだった。
「知っておるぞ、おぬしはラルの教え子だからそういう封印解除的な魔法も使えるのじゃ。そして、外の世界にすごい憧れがあるというのも……」
「う、うん……」
「だから本来は外の世界に行くにしても、エスピやスレイヤのような強力なボディーガードが傍にいないと絶対にダメなのじゃ」
「……こく」
そう、本当ならダメだ。
しかし……
「でもほれ、わらわ……エスピとスレイヤより強いのじゃ♪」
「あ……」
「そりゃー、大戦期は婿殿にすぼりゅんぬされはしたが、まともに戦えば負けてなかったのじゃ。わらわは六覇。わらわより強いものなどこの世に数えるほどしかおらん、つまりわらわが傍に居れば安全間違いなしなのじゃ!」
「っっ~~~~」
アミクスはハッとした。
そう、一人で外に行ってはいけないのは危ないから。しかし目の前のノジャはエスピやスレイヤよりも強いと豪語する伝説の怪物。
その怪物が守ってくれるというのに、これ以上の安全があるだろうか?
「わらわ~、友達と~、いろいろしたいのじゃ~。街で~買い物したり~一緒にスイーツ屋巡りをしたり~」
「あうう! あう、あううう! お買い物……スイーツ屋巡り……」
「で~、婿殿と遭遇して~、デート~なのじゃ~♥」
「はうううう、アース様とデート~、でで、でもお」
ここまでくれば、揺れ動くというか、もはやアミクスは夢遊病患者のようにふらふらとノジャまで歩み寄ってしまい――――
「ひゃぁぁああ~~~! 怒られるかなぁ~! お父さんやお母さんや兄さんや姉さんに怒られちゃうかなぁ~!」
「ぐふふふふふ、大儀なのじゃ、アミクス! そして心配無用! 子供は悪戯をして大人になっていくものなのじゃ! 所謂これは通過儀礼なのじゃ♥」
アミクスはやってしまった。
ノジャを自由に解き放ってしまった。
「いやぁ~、流石はラルの弟子なのじゃ♪ 封印術だけでなく、スレイヤの手元から離れた造鉄の鎖なども解除するとは」
「えへへへ~兄さんの魔法は子供のころから触ってるからね~」
初めてこのようないけないことをしてしまったアミクスは、どこか興奮したように笑っていた。
「でも、大丈夫かなぁ? 私の耳……ノジャちゃんは尻尾……私は帽子を深く被るけど、ノジャちゃんの尻尾は隠せないんじゃ……」
「ん? それは心配ないのじゃ。わらわは六覇……ほれ、アミクス。おぬしも頭にこの葉っぱを乗せるのじゃ」
「葉っぱ?」
集落から抜け出し、足早に移動する二人。
だが、人間でない二人がこのままジャポーネの王都に入っても目立って騒ぎになってしまうのではないかというアミクスの懸念に、ノジャは笑みを浮かべた。
何かの葉っぱをアミクスの、そして自分の頭の上に載せ……
「それ、化かし合いの術ドロンなのじゃ♪」
「わっ!? え?」
それは、ノジャが使う簡易的な魔法。
次の瞬間、ノジャの尻の尾が消え、アミクスの耳は普通の人間と同じになった。
「この幻術で、他人からはわらわたちが普通の人間に見えるのじゃ!」
「え? ほ、本当? そんなことできるんだ、ノジャちゃん! さすが伝説の人!」
「ぬわはははは、褒めろなのじゃ~」
「なーんだ、こんな便利な魔法使えるなんて……ラル先生も教えてくれたらいいのに……そうすれば人里でも目立たないでちょくちょく遊びに行けたのに~」
「うむ、そう……なの……じゃ……う~む」
姿かたちを偽る魔法で普通の人間に……喜ぶアミクスが走りながら飛び跳ねるが、そのとき上下左右に激しくバインバインに揺れるものを、ノジャは目を細めながらジーっと見て……
「いや、おぬしは別のモノで目立ちそうなのじゃ」
「ええ!?」
と、ツッコミ入れた。
「しっかし、そんなブルンブルンの凶器を持っているのじゃから、おぬしがヤル気になっていたら婿殿も即落ちだったかもしれんから、危なかったのじゃ。婿殿はオッパイ派なところがあり、クロンとシノブのどっちかが巨乳なら勝負アリだったのじゃ」
「うぇえ!? うぇえええ~、うう、そ、そんなこと、……私なんか……シノブちゃんとクロンさん、すっっっごくかわいいし……私はアース様のお友達になれただけで……」
「ふん、まあおぬしがそれならそれで構わん。わらわには婿殿が何年たっても気づけばほじりたくなるプリティーな尻があるのじゃ♥ 尻で婿殿を尻に敷くのじゃ♥」
「あは、はは……ノジャちゃんもシノブちゃんと同じで、アース様のことやっぱり好きなんだ……」
「今更なのじゃ。とにかく交尾したくてたまらんのじゃ♥」
「……そ、そうなん……だ……そっか……」
アミクスの震える胸を見ながら改めてゴクリと息を呑むノジャ。しかし一方のアミクスは、その凶器を誇るわけでも振りかざすわけでもなく、少し切なそうに微笑んだ。
そして……
「ねぇ、ノジャちゃん……アース様は……人間だよ?」
「……は?」
今更当たり前のようなことを口にするアミクス。
ただ、そこには……
「鑑賞会で出てきた兄さんと姉さんはあんなに小さかった……だけど……お父さんとお母さんもラル先生も、今と変わってなかった……私たちエルフは……大人になってからの期間がすっごい長い……だから……アース様や兄さんや姉さんたちがお爺ちゃんおばあちゃんの姿になっても、私はたぶん今とあんまり変わらない……」
「……ま~、わらわたちと同じでエルフも長命なのじゃ……」
「だから……アース様たちと一緒に居られる時間よりも、アース様たちが居なくなった後の人生の方が私たちは長いんだよ? それ……つらくならないかなぁ……」
「……ほ~ん。なるほど……とっくにベタ惚れしとるくせに、何故か婿殿に二の足を踏んでいるのはそれが理由か~」
アミクスが漏らした切ない思い。種族が違うゆえに寿命が明らかに違う自分たち。
アースに本気で恋をしてしまったら、そのアースたちが天寿を全うした後の永久ともいえるような時間を耐えられるのか?
アミクスがアースに心から憧れていながら、友人であるシノブの恋を後押しするのは、そういった事情も無くはなかった。
だから、ノジャはアミクスの思っていることは理解し、その上で……
「なんかそういうのありきたりすぎてつまらん理由なのじゃ。どんな理由にせよ、目の前にメチャクチャ交尾したい男が居るのに、先のことばかり考えて禁欲するなんてアホなのじゃ」
「つ、つ、つまらん理由って……」
ノジャは鼻で笑った。
そしてノジャは少し遠くを見るように目を細め……
「昔……おぬしのように、異種族である人間に恋をした女がおったのじゃ……」
「え……」
「しかし、これまたおぬしのように種族が違うゆえの時の流れに対する考えに苦しみ……その結果、結婚しても奥手で、あまりハメハメしてないウブっぷりな、もったいないことしていたのじゃ……しかも、男を不老不死にしようとしたり、男の寿命を延ばすための研究に無駄な時間を費やしたのじゃ。ちなみにミカドはその副産物という噂なのじゃ」
ノジャが珍しく寂しそう様子で語ることに、アミクスは真剣にその話を聞いた。
「結果研究は実を結ばず、男は短い人生を過ごし、そして離れ離れになって残った女は……半永久的な余生を夢の世界で生きて己を慰めようとした……が、やがてそれも限界になり、そしてもっと一緒に濃厚濃密な愛し合いをしなかったことを後悔し、苦しみ、そして狂い……壊れたのじゃ」
「それで……どうなったの? その人」
「そのままじゃ。戦乱の世の習わしというか……まぁ、壊れて色々と暴走して、やろうとしたことが他の者の目に留まり……そして最後は絶望しながら死んだ……と、わらわは聞いているのじゃ」
「そん……な……」
それは、心優しく純粋なアミクスにとっては、心が痛くなるほど救いのない話であった。
「失った後の人生の方が長いからこそ、今この瞬間の一秒すらも無駄にしてたまるかと何故思わんのじゃ? 今を逃すようであれば、それこそ失った後の長い人生『もっといっぱい交尾すればよかった~』と後悔し続ける方がゾッとするのじゃ……わらわは『オツ』とは違うのじゃ」
つらいことになるからと怯えたことで、今度はそれによって苦しみ、そして傷は癒えないまま死んでしまった。
「その人……オツさんっていうんだ……」
「ん? おお、そうなのじゃ……とある国の姫だったのじゃ。拗らせまくってアホなことして、そしてアホなことしようとして力づくで止められたアホなのじゃ……古代魔法ヴイアールというのと、あともう一つの力でさらに強い妄想力を強めて、数百年ぐらい眠って夢の世界にいたとか何とか……わらわももう呆れてそれ以上は知らんし、そもそも敵だったし、気づいたら死んでたのじゃ」
「ッ?! ちょ、え? え~、数百年もって……そんなに眠れるの!?」
「うむ……あやつは特別な力……三大魔眼……暁光眼を持っていたのじゃ……ほれ、クロンが持ってた、アレなのじゃ」
「ふ~ん……ん~、よく分からないけど……でも、そんな人がいたんだ……」
「うむ……話にならんアホたれなのじゃ……わらわも、そしてカグヤも見限ったのじゃ」
そして同時に、アミクスは感じ取ってしまった。
いつも卑猥なオーラ満載で女としての慎みの欠片もなくサカりのついた獣のごとくいつもアースに飛び掛かっていたノジャだが、ノジャはノジャなりに本気なのだと。
「ま、そういう意味では、惚れたカグヤと死に別れてなお今の時代でも笑っておるバサラは違うのじゃ」
「バサラって……あの大きい竜の……」
「うむ、あやつは自分に勇敢に立ち向かって、血の滾るような戦いを繰り広げたカグヤに惚れおったのじゃ。その想いゆえ……大魔王様との同盟を破棄して、人類との戦から引退しおったのじゃ。そのおかげで昔は苦労したのじゃ……特にあの時代、バサラや六覇級の強さを持ったクソメンドクサイのが他にもおったから……」
あの無敵のようなバサラですらそういった恋などによって人生を左右されている。
それは理屈ではないのだとアミクスには感じさせられた。
その上で……
「ま、いずれにせよ戦乱も終わったし、わらわは自由なのじゃ。それにわらわとて一応未亡人になった後の世でも寂しくならないように計画を立てておる。ようするに、孤独であるからダメなのじゃ」
「えっと、それはどういう……」
ノジャの立てている計画。それは……
「ややこなのじゃ♪」
「……うぇ?」
「ややこを生んで育てていれば……惚れた男がこの世に残した証と共にあれるのじゃ♥」
家族計画であり、アミクスには雷に打たれるような衝撃であった。




