第五百四十九話 アレが仲間になったら
「ってか、フィアンセイもサディスもクロンもいないんだし、シノブは今メチャクチャチャンスじゃん。アースを誘惑したりしないの? ほら、アースは意外とスケベだと俺様は思うんだが……アレ? 本当にチャンスじゃん!」
「ま、アースっちはそういうの嫌いじゃないよね。そもそも帝国時代、家にあんなセクシーな年上メイドのお姉さんが居て悶々としてたものが、今は全てを解放できるわけじゃん。ちょっとエロく誘惑されたら、コロッといくと俺っちは思う」
「もう、さっきまでと全然話のジャンルが~……って思うけど、お兄ちゃんのお嫁さん候補話は私も妹として関係大アリだから全然アリ!」
「ふむ、坊やは相変わらずモテモテだね。そして今回の鑑賞会でさらに増えたと思うけど……ちょっと寂しいな……っと、コホン。で、坊やはどうなんだい? と言うか、あれからまさか候補が増えているとかそういうこともあるのかい?」
急に恋バナに話が展開。
しかし、ゴクウ、オウナ、エスピ、そしてガアルまでそれにノッた。
そんな中でシノブは……
「そうね、たしかにチャンスではあるわ……だけど……私はハニーに『たとえこの場にクロンさんが居ても私を選んでもらえる』……それぐらい惚れてもらえる女になりたいと思っているの。誰かがたまたま居ないからそのチャンスに付け込む女になりたくないわ。恋は争奪戦ではあるけれど、本当の好敵手相手には堂々と戦いたいのよ」
「「「「お……おぉ~~~」」」」
「あっ、でもハニーが我慢できなくなったら襲ってくれて構わないわ♥ 最近、私も理性が限界なところもあるしね♪」
ニッコリと微笑みながらアースにウインクする。
「お、わ……お、おぉ、そ、そっか……」
その堂々っぷりにアースは思わず顔を真っ赤にたじろぎ……
「うふふふ、ハニーっ、はい♪」
「ン? どわぁ!?」
「油断大敵よ、ハニー。私、コッチの方は街中だろうと周囲に迷惑かけない範囲で襲うから♥」
恥ずかしくて縮こまっているアースの頬を掠めるクナイをノーモーションで投げる。
仰け反って間一髪で回避するアースに、シノブはニコニコし、アースは「変な提案してしまった」とシノブとの暗殺ゲームを少し後悔していた。
「え、なになに!? シノブカッケー! オッパイ小さいけど応援したくなる! ってか、今のはどういう遊び?」
「たしかに……なんか、重いけど応援したくはなるな……」
「はぁ~、いいな~シノブちゃん、う~、私は公平な立場だけどぉ~」
「……ふふ……強いな……ん? 何だか胸が急に切なく……」
「というか、胸が小さいは余計だと思うのだけれど!」
と、先ほどまで世界を揺るがすような衝撃的な情報がゴクウの口から語られていたのだが、話の方向が急に大幅に変わり、それはそれで非常に盛り上がる一同であった。
そして……
「いやぁ~、それにしてアースッち……楽しそうで何よりだ。帝国に居た頃はいつか潰れるんじゃないかと気が気じゃなかったからな……」
「ぬっ……オウナ……」
「息抜きや色々ヌキ用に俺っちもアースッちに性書をプレゼントしたり、引っ越しの時はまとめてプレゼントしたり、あっ、でもメイドさんに全部見つかってたんだっけ?」
「妹の前でその話題を掘り起こすなぁあああ!!」
「あと皆も元気? 鑑賞会で姫様たちは元気そうだったけど、他のクラスメートとか、ほら、あの、あれ、うん、コマンとか」
「……あいつに関しては……俺もよく分からん」
「どういうこと?」
オウナもかつての級友としてアースのことをいろいろ気にかけていたこともあり、今のアースに安心したように笑っていた。
「つーか、オウナ。お前はお前でジャポーネに居たんだな。ってか、結構俺の身の回りにお前の親を知っている人もいて驚いたんだが……なんか、ジャポーネの食客なんだって?」
「ああ、まあね。ジャポーネの歓楽街的なアレコレのアドバイザーだったりね」
「ふ~ん、……ま、元気そーで何よりだからあまり昔話はしないようにしよう人間は前を向いて生きよう未来へ向かって元気に爽やかに夕日に向かって走ろう」
「はっはっは、安心しろ、アースッち! 秘密は墓場まで持っていくからよぉ! あっ、でもアースッち巨乳好きだったのに、クロンちゃんとかシノブちゃんとか可愛らしい胸にもドキドキしているのは心境の変化?」
「本人の目の前で言うんじゃねぇええええええ!!!!」
アースはアースでオウナとの再会に懐かしさはあるものの、あまりオウナとはエスピやシノブの居る場で一緒に話したくないと思っており、落ち着きが無かった。
「えっと、ところでオウナくん……と言ったわね」
「お、何だい、シノブちゃん。バストアップ運動や胸を大きくするツボの書かれた本でも欲しいならあげるけど?」
「き、君……殺すわよ? そうじゃなくて、ちょっとあなたの御両親がジャポーネの食客ということらしいし、話を聞きたいの。あと、その本は後で渡しなさい」
と、アースが頭抱える中、意外にもシノブが今度はオウナに問いかけた。
それはまたふざけた話ではなく、真面目な話。
「ふぅ……ちょっと周囲に人目もあるので……小声で申し訳ないけれど……」
「ん?」
「現国王の新たな后となった……マクラについて」
「…………」
「彼女は私の幼馴染でもあり……友達なの」
「ほうほう……そっか、あの子の歳は俺っちたちと同じぐらいか……」
シノブの小声の問いにオウナは目を細めてシミジミと頷く。
そしてシノブは少し躊躇いながらも……
「君の目から見て……彼女はどう映る? その……元気そうだとか……幸せそうだとか―――」
「あっはっはっは、そんなわけないじゃない」
「ッ……」
「「「「ッ……」」」」
それはハッキリと、そしてヘラヘラ笑ってばかりだったオウナとは思えないほどどこか冷たい言葉であり、思わずアースたちもゾクッとした。
「シノブちゃん、現国王の姪っ子なんだってね……むしろさ、そんな君の目から身内贔屓を入れたとしても、アレの妻になるってことに欠片でも幸せって思うことがあるのかなぁ? ま、贅沢はできるんだろうけどぉ~……って、これも聞かれたら俺っちヤバいか?」
「そう……ね……その通りだわ……」
そう、シノブにだって分かっているのだ。マクラが幸せなはずが無いと。それなのに、未だにそんなとぼけた質問をする自分を悔いて恥じた。
「なるほどね。どうやらこの国の王とやらは、なかなかの不評のようだね」
「おー、そういえばここにリアル王子が居た~……いや、お姫様?」
「ふふふ、どっちかなぁ? ま、僕のことはいいとして、シノブ、君はその友をどうしたいんだい?」
かつて、パリピによって壊れた天空王により色々と不遇な扱いを受けたガアルも、本来不干渉である地上の話にどこか他人事でないものを感じた様子。
「分からないわ……ただ、苦しい……私が苦しいだけなのかもしれないけれど……マクラはもう私をどうとも思っていないかもしれないけれど……マクラがつらいのなら……苦しいのなら……どうにかしてあげたいの」
どうすればいいか分からなくても、どうにかしたい。胸が張り裂けそうな表情でそう告げるシノブ。
「ふむ……その圧政を強いている王が悪いのだろう? なら、その王を打倒して君の両親が新たな王になればいいのでは? 坊やたちにもお願いすれば、できるのではないかい? それに、あの鑑賞会で君と坊やの人気はこの国では火がついているようだしね」
「そんな単純なことができれば苦労はしないし、ハニーにそこま協力してもらうわけにはいかないわ」
「そうかい? ヤミディレ救出という女神クロンの願いを叶えるために天空世界に殴りこんで天空王とも戦った坊やだよ? むしろ、同じことを君もしてもらえても不思議じゃない。違うかな? 坊や」
「ははは……確かに、シノブが戦うことで、ジャポーネ側の攻撃がシノブに及ぶっていうなら……内政がどうとかそういうのは考えず、俺はシノブの味方になるさ」
「ッ、ハニー……」
と、ガアルがウインクしながらアースに尋ねると、アースも苦笑しながら頷いた。
ただ、そこでゴクウがハッとしたように慌てて声を上げた。
「あ、ちょっと待って! そうだ、すっかり忘れてた。この国の王を倒すとかそういう話も出てるけど、俺様、この国の王に用事があったんだ」
「「「「えっ!? な、なんで!?」」」」
「仲間になってもらうため」
「「「「………………ハッ!?」」」」
ここでまたゴクウが思い出したかのような流れで、しかしそれでいて一同が茶を吹き出すことを口にした。
「え、ど、どういうことかしら? え? あの人を? 何故? 私が言うのもなんだけれども、私のお父様の兄とは思えないほどに文武心技体すべてにおいて何の取り得もないようなあの人を何の仲間にしようと言うの!?」
「……一応は叔父さんなのにシノブきびしー、いや、俺様も正直なところあんま分かってないんだけどな。ただ―――」
シノブのまくし立てるような厳しい言葉にアースたちは誰も否定しなかった。
ガアル以外は、シノブの叔父であり現国王のウマシカがどういう人物なのかを分かっているからだ。
そんな男をどうして仲間に?
するとゴクウは……
「色々と改造に耐えられる体質を持ってるからどうとかってのを、俺様のとこのやつらが言ってて、とりあえず説得してどうにか仲間にって」
「「「「「か、改造?!」」」」」
「おー、なんか俺様たちが戦えない連中相手対策の味方の一人としてそいつが挙がったんだよ。細かいことは知らねーし、基準もよくわかんねーんだけど、とりあえず仲間に説得するようにと話が出て……って、そもそも俺様はそのために来たんじゃん!普通に昨日とか鑑賞会に夢中でそのまま寝ちまってたし、ヤベぇ、怒られる!」
肝心なところを隠しているわけではなく、ゴクウが肝心なところを分かっていないために、中途半端な情報だけを得てしまったアースたち。
ただ、いずれにせよ……
「とにかく、王を殺したりするのは勘弁してほしいんだよ。連れて帰らなかったら、俺様かなり怒られちまうし……あと、ジャポーネの古代の遺産も借りたいし……」
と、ゴクウは手を合わせて拝むように頭まで下げた。
そもそもゴクウたちの極秘作戦のための一つとして、まさかこの国の王が絡むことになるのはアースたちも予想外だった。
だが一方で、そもそもゴクウが何のためにジャポーネに来たのかも、ここにきてようやく分かった。
だが、そうなるとどういうことになるか?
この国の王を仲間にということはつまり……
「いや、ゴクウ……あの王をお前らの仲間にって……どうやって仲間にするんだ?」
「ん? そりゃぁ、交渉だ。俺様の仲間たちからは『望むものは何でも聞き入れるし、用意するし、叶える』ということを言っていいって言われたしな。女とか武器とか、何だったら倒してほしい奴らがいたら俺様たちが兵となってぶっ倒してやるとかな」
ゴクウの言葉に、アースたちの顔がまた強張る。
「お前、この国の王がお前の仲間になったら……この国の王が、今一番倒そうと思ってんのは、シノブとその家族だろ? そうなったら、お前はどうする?」
「……? どうするって……仲間の願いは……あっ……」
アースの問いにゴクウもハッとした。
「……あっ、つまり、俺様たちの仲間になった王の望みがシノブと家族を殺すことだとした場合、それを叶えるということは、つまり俺様たちがアースと戦っちゃうってことに?!」
「「「「「声がデカい!? 周りに聞こえるだろ!」」」」」
と、まさにその通りだということを口に出して慌てた。
「ま、待て待て、俺様は嫌だぞー! だって、もう俺様たち友達じゃん! この国の王が俺様たちの仲間になるとしても、俺様はアースやシノブと戦いたくねーぞー! なぁ、アース、どうすりゃいい?」
「ど、どうすりゃいいって……言われても……」
裏表なく本心で言っているのだろうと思わせるほど、頭抱えて半泣きになるゴクウ。
そして、ならゴクウはどうすればいい? アースたちはゴクウとどうなるのだ? その答えをアースもシノブもエスピもガアルも答えられない中……
「あ……それならさ……」
意外にもそこで手を上げたのは、オウナだった。
そしてオウナは見物人が多い中で皆に聞こえぬように小声で……
「説得するんじゃなくて、攫っちゃえば? ゴクウがこの国の王をコッソリ」
「「「「「…………え?」」」」」
もっとヤバいことを提案した。
「ほら、シノブたちはクーデターを起こすんじゃなくて、この国の王がある日謎の誰かに誘拐されて行方不明……空席になった王位を民衆は誰を迎えようとするか……そりゃもう一人しかいないよね?」
「い、いやいやいや、き、君は何を言っているのかしら!?」
「んで、ゴクウは攫った王様をさ、その第二竜宮城とやらで盛大にもてなしちゃえばいい。夢のような極楽酒池肉林のエロエロ贅沢パーティーでもして骨抜きに。かつて絵本でイリエシマが時を忘れるほど何年も過ごしたという逸話がある世界で。そうすりゃもう地上に戻って王様がどうとかそういうのどうでもよくなっちゃうし、仲間にもしやすいんじゃないかな?」
「あ、兄貴……」
あまりにもとんでもないことを口にするオウナに開いた口がふさがらない一同……だったが……
(((((あれ? ……でも……)))))
一同は少し考えてみると……
(((((それ、意外とイイ?)))))
と、案外悪くないのではないかと思ってしまったのだった。




