第五百四十三話 ノンビリな朝
「結局、朝までやったけど甲羅が割れんかったな……」
『まぁ、いきなりはできまい。甲羅だけでも伝説。初日に割れたら伝説が泣く。それに、極限まで膨れ上がった巨大な力を圧縮するのはそれだけで奥義のようなものであり、習得も容易ではない」
朝の日が昇り、洗面台で顔を洗うアース。
ヴイアール世界でのトレイナの課した課題を結局クリアできずに少し疲れた顔。
「あ~!」
「むむむ!」
と、そこで声に振り返ると、プクッと顔を膨らませたエスピとスレイヤ。
「あ、おはよ……」
「おはよ! でも、お兄ちゃん! むぅ~……トレイナと二人で話してるよね?」
「トレイナさんと二人きりで内緒話かい? 僕らを差し置いて!」
「ちょ、おま、お前らぁ~」
「何の話イ!?」
「さあ、僕たちにも共有してよ、お兄さん!」
と、いきなりアースを左右からハグする二人。除け者は許さないと、朝からギュっと過剰なスキンシップだった。
だが、その時だった。
「おほほほほ、朝から皆様お元気そうでなによりですなのじゃ」
「「「ッッ!!??」」」
「おはようございますなのじゃ、皆様」
「「「…………」」」
三人の思考が停止した。
振り返るとそこには、白い割烹着を身に纏ったノジャが爽やかに微笑んでいたからだ。
「の、ノジャ?」
「おほほほほ、おはようございますですなのじゃ、婿殿。今朝の朝食はわらわが作らせていただきましたのじゃ、是非に婿殿に食していただきたいと―――」
「……え?! の、ノジャが作った!? 何を盛った!?」
「まぁ、いやですわなのじゃ。わらわ、そのような無粋なことはしませぬなのじゃ。シノブも脇で見ておりましたので、証人ですなのじゃ、おほほほほほ」
「……」
明らかにおかしいノジャ。それを通そうとしているようだが、何故?
「ノジャ……おま、ど、どうした? その、あまりにも全体的に不自然な……」
「おほほほほほ、これは異なことをですなのじゃ、婿殿。わらわ、お淑やかな大人のレディなのですじゃ。立派なのですじゃ。嫁にピッタリなのですじゃ」
「………」
と、言いながらノジャはアースに……というより、アースの傍らや周りをキョロキョロ見渡しながら微笑む。
その様子に……
「(なぁ、トレイナ……こいつ、今更お前のことを意識して取り繕おうとしてねーか? 一昨日からそんな兆候あったけど……)」
『ふん……くだらぬことを……ならば、童、言ってやれ。こんなの貴様ではないと。不自然で逆に信用できぬ、とな』
アースの嫁になるべく、その傍のトレイナの印象を上げようとしているのが見え見えなノジャだが、これでは不自然すぎる。
そのため、トレイナの耳打ちにアースも頷いて……
「あ~……これは俺というか神のお告げというかなんだが……ノジャ」
「神? ……うぇ、は、はい、なのじゃ!」
神。
その単語で色々と察したノジャが急にビシッと背筋を伸ばして気を付けをする。
そんなノジャに苦笑しながら……
「こんなのお前じゃないだろ。不自然で逆に信用できねーって……」
「ぬ……」
「神様が寂しそーに言ってるぞぉ?」
「ッ!?」
『ヲイ、童! 寂しそうには言っておらんぞ!』
するとどうだろうか?
本来ならば聞くことができないであろう、かつて忠誠を誓った主の言葉。
それをこんな形だが聞くことができたノジャは感極まってプルプル震え……
「ぬおおおおおお、何たる寛大なお言葉! ありがとうございますなのじゃ、大魔王様ぁぁ!」
「いや、だ、大魔王じゃなくて、神様ね! ってか、声大きい! いや、おい」
「分かりましたのじゃ、大魔王様! わらわは……わらわは自分を偽らずに、お前のままで婿殿を篭絡して結婚してハメハメして子を作れというお言葉、しかと受け止めましたなのじゃ!」
『は? いやそこまでは……』
そして、ノジャは頭を叩きつけるように廊下で土下座。そしてすかさず立ち上がって、身に纏っていた割烹着を脱ぎ捨てて、いつものようにほとんど裸のような格好に戻り、
「よーし、では早速朝の味噌汁に、色んなわらわの愛液と媚薬を混ぜて―――おほほほほ、作っているところは誰にも見せられないので、襖は決して開鶴けてはいけな―――」
「「「すなー--っ!!」」」
「ほぶわぁ!? ななな、何で邪魔するのじゃ! 作っている恥ずかしいところを見るなというのに邪魔をする……そうじゃ、昔人間に恩返しをしようとした鶴の機織り作業を邪魔したり……人間は異種族との恋愛する気があるのかなのじゃぁ!」
と、秒でいつものノジャに戻って三人に殴り飛ばされたのだった。
そこに……
「あらら、なんか朝からすごい楽しそう……んふふふ~、お兄ちゃんと弟と妹は今日も仲良しで幸せ~ってね♪」
と、廊下の角でアミクスが嬉しそうに顔を顔を出した。
「おう、アミクス。朝からワリーな」
「おはようございます、アース様! いいんですよぉ、アース様と、姉さんと兄さんが一緒に……もうそれを見るだけで私は朝から幸せなんです~。それだけでごはんいっぱいパクパク食べられちゃいます!」
「そっ、そっか」
昨日の鑑賞会の影響で、アースとエスピとスレイヤが三人でいるところが余計に嬉しくなったアミクスは朝から上機嫌。
ただ、それはそれとして……
「そうだ、兄さん。朝の新聞と一緒に、何か兄さん宛に手紙が入ってたよ?」
「……手紙? ……ああ……店のアルバイトたちからだね」
と、アミクスが手に持っていた手紙を受け取ったスレイヤ。
それにアースは首を傾げた。
「どういうことだ?」
「ああ、ほら、言ったでしょ? ここの集落でも情報が得られるように、僕の道具屋の新聞受けと、族長の家は転送魔法で繋がってるから、新聞がここに届くようになってるんだ。だから、やろうと思えば手紙も届くから、僕の店の手伝いをしていた子たちには、何かあったら新聞受けに手紙を入れてと伝えてたんだ」
「あ~、そういえば……」
「でも、手紙を送るのは珍しいな。どれどれ……ん~?」
手紙を開いて読んでみるスレイヤは眉を顰め、そして苦笑する。
「は、はは……どうやら朝早くの開店前から……これまでにないぐらいの長蛇の列が店の外に並んでるって」
「「「?」」」
「なんでも、『店長に会わせろ』、『マジカルサバイバルナイフとカロリーフレンドとカリースパイスとコーヒーを売ってくれ』って人たちばかりでパニックだってさ」
「「「あ~……」」」
スレイヤの店が開店前から長蛇の列。その影響は明らかに鑑賞会によるものだった。
「くははは、これまで魔王軍御用達でイメージの悪いマジカルサバイバルナイフとカロリーフレンドを売ってくれとか、皆単純というか現金というか……」
「うん。でも困ったね。スパイスならまだしも、マジカルサバイバルナイフとカロリーフレンドは魔界からの輸入だし……そもそもこれまで売り上げもほとんどなかったから小口での取引しかしてなかったんだよね……」
「はは、そういや俺が買ったときも在庫いっぱいあったからな」
「うん。でも在庫分はすぐ無くなりそうだって……だから諦めてもらうしかないんだけど……う~ん、売上云々は別にして、これだけみんなが欲しがってくれているなら、どうにかしたいけど……」
「ぐふふふふ、そうやって信頼できる魔界商人を紹介したのはわらわなのじゃ。スレイヤはわらわの義弟となるのじゃから、もう少しわらわを崇め―――ほがぁ!?」
「さて……どうしようかな……」
と、スレイヤが店の大繁盛にどうすべきかと少し考えていると……
『マジカルサバイバルナイフなど、スレイヤの能力で作れるであろうが」
「あ……」
「お兄さん?」
「いや、今、神様からマジカルサバイバルナイフはスレイヤの能力で作れるだろって!」
「「「あ……」」」
「え? かみさま? アース様、どういうことです? 神様はアース様では?」
トレイナの呟きにアースが代弁すると、アミクス以外が「あ、その手が……」とハッとなった。
さらに……
「たしかに、スレイヤくんの造鉄魔法なら楽ショーじゃん」
「う、うん……あ、でも、流石にカロリーフレンドは……アレは食材だし……」
『作れるぞ。原料と道具さえ用意できれば』
「ん? おいおい……あっ、神様がさ、それも作れるって……いやいや、アレの作り方なんで誰も……あ!」
「「「あ……」」」
「?」
そして、カロリーフレンドも作れる。
なぜならば、発明した本人がいるのだから。
『原料の混合から成型、そして焼成と冷却だ。少量であれば村にある小麦粉や卵やその他の材料などを貰えばよいが、大量生産するには街で購入する必要があるがな。ちなみに原料の混合における比率が肝である!』
しかも、本人はノリノリであり、何やら作らねばならぬ雰囲気になっていた。
「大量の小麦粉と卵やそのほか……村に迷惑かけるわけにもいかないし……俺たちでコッソリ、ジャポーネの王都で買ってくるしかないかな? その後でラルの転送魔法でスレイヤの道具屋に転送してもらって……」
「だね。『誰にも会わず』に『騒ぎも起こさず』に、ジャポーネの街で買い物……まぁ、顔隠せば大丈夫かな?」




