第五百四十話 二度と離すな!
世界はアースに「走れ」と叫ぶ。
『うあ、あ、あああああああ、畜生! バカ野郎! バカ野郎ッ!! 俺は、なんてことをあいつらに……ごめん……ごめん!』
アースは涙ながらに自分を責める。
自分が現代のエスピやスレイヤに対して何と言ったのか。
事情を知らなかった?
そんなこと関係ない。
全て自分の所為だと、アースは叫んだ。
そんな痛々しいアースの姿に……
「私は……弱くて恥ずかしい甘えんぼです……アマエのことを言えません」
「ク……クロン様?」
切なそうにアースを見上げながら、クロンはヤミディレに抱き着いてそう口にした。
「愛する人と会えない……十数年も……それに、たとえ会えたとしてもその人は自分のことを分からない……同じ人でも自分たちの知っている人ではない……そんなつらいことをありません。もし私なら耐えられないでしょう。だけど……エスピさんとスレイヤくんは……その年月をずっと……待ち続け……会えたとしても、その人はまだ自分たちのことを知らなくて……」
それは、クロンだけではなく、ショジョヴィーチはマルハーゲンたちも同じように頷いた。
「私はアースに会いたいし、抱きしめてもらいたいですし、他の人がアースに抱き着いたらムムムっとなります……でも、今日はあえて言います! アース、早く二人を抱きしめてあげるのです! 二人のお兄ちゃんになった今のあなたが、精一杯抱きしめるのです!」
自分とは比べ物に長い年月アースと会いたがっていたエスピとスレイヤの下へ早く。
「同じ人でも自分たちの知っている人ではない……か……」
その世界中の想いに背を押されて走るアースを見ながら、ヤミディレは思う。
(我が主よ……あなた様は……アース・ラガンと……原理と理屈は理解できませぬが、『そこ』に……。かつて、あなた様を奪ったヒイロたち全人類への憎しみと次代の神創世のために、ハクキの口車に乗って私は古代の禁忌に触れました……その全てを今のあなた様は知っていらっしゃるのでしょう……そして、私とクロン様のことも……そんな私をあなた様はどう思われましょう? 私がアース・ラガンに対してどのように向き合えばあなた様は……)
絡みつく、自分の想い。
(かつて、私は禁忌でクロン様を生み出した。しかし、いかに細胞などの情報があなた様と同じでも、クロン様とあなた様は別の存在……。かつて、深海族が悲しみくれた深海の姫のため、あの技術を求めてイリエシマを復活させようとしたが……あなた様は呆れられた。それと同じ行為を私はした……だが、今なら分かる。あなた様はあなた様……クロン様はクロン様……だからどうすれば……。もしあなた様とクロン様の意見が分かれていた場合……クロン様は私に母として、そして将来はアース・ラガンとの子の祖母にと願っていますが……あなた様は私に何を望まれますか?)
そんな想いを抱いたヤミディレだが、不意に直前のラルウァイフの言葉を思い出した。
――小生も生きるぞ。いつの日か胸を張って堂々とアカと再会できるぐらい……誇らしい人生を送り
それが今のヤミディレにも突き刺さった。
「昔の私なら、あのアイテムを死に物狂いで入手し、あなた様の生きる歴史を作ろうと……過去の改変も躊躇わなかったであろう……だが……今はそう思いませぬ。それは貴方様に顔向けできぬ行為、誇らしいものではありませぬ……誇りなど捨ててでもあなた様に会いたいと思っても……もう、私は……私はあなた様に胸を張れる人生を送りましょう」
そして、ヤミディレは自分に抱き着いてくるクロンを抱きしめ返し……
「だから早く走れ、アース・ラガン! 私が貴様の親戚になるのであれば、貴様の弟と妹も私にとっても親戚になるのだからな……」
「お母さん? ……あっ、そうです! 私にとっても将来家族になりたい二人です!」
と、自分でも苦笑するようなことを、ヤミディレは空に向かって告げた。
『はあ、はあ……エスピ……スレイヤ……』
『『ッッ!!??』』
そこには、つい先日出会ったばかりの大人のエスピとスレイヤ。
思わせぶりなことや馴れ馴れしい言動でアースに絡み、アースからも鬱陶しがられ、多くの鑑賞者たちからもあまり良いイメージが無かった。
しかし、今は違う。
アースに名を呼ばれたエスピとスレイヤの身体が震えていることが誰の目にも明らか。
『あ、あれ~? 帰って来たんだ~、そ、そ……そんな顔して何かあったの? 妹を泣かせる最低最悪の……お……お兄ちゃん?』
エスピがニヤニヤしながらアースに言うが、明らかにそれは引きつっている。言葉も震えている。
「ったく、エスピ……もう、今にも泣きそうじゃねえかよ……」
「でも、アレが……私たちにも見せなかった、エスピの本当の……」
ヒイロとマアムも涙を流しながらも緊張する。
すると、アースは……
『違う……俺は……愛する妹と……弟まで泣かせる……史上最低最悪のクソ野郎だ!!』
その瞬間、アースの涙にヒイロとマアムは崩れ落ちる。
「アース……お、前の所為じゃ……」
「あなたの所為じゃないわよぉ!」
アースの自責の念に、ただそう叫ぶしかできないヒイロとマアム。
『……十五年以上だよ? あれから……私たちすっかりお兄ちゃんより年上に……どれだけ……今さら……今さら遅いよッ!」
『本当だよ……あなたは、孤独だったボクたちの前に突然現れ……温もりを……愛情を教えてくれて……人をこれだけ好きにさせておきながら、勝手に居なくなるんだ……ふざけるな』
すると、アースの言葉に震えたエスピ、そしてスレイヤもようやくアースが自分たちの知っているアースであることを理解し、その上で涙を流しながらアースを非難する。
何年経ったと思っている?
ふざけるな。
今さら何だ?
そんな想いの込められた言葉だが、誰もが分かっている。
違うと。
「ちげぇ……だろ……エスピ……スレイヤ……」
「ええ。その言葉をいくらでも言う資格はあるけど、一番言いたい言葉は違うでしょ?」
「ったく……俺も人のことを言えねえのに……他の奴のことだとどうして分かっちまうんだろうな……」
「うん……でも、エスピ……スレイヤ……私たちなんかと違って、あなたたち二人は……伝えられるでしょ? アースは聞いてくれるでしょう? その想いを!」
お前たちには言いたいことがあるのは分かっているが、一番言いたいことは違うだろと、誰もが分かっていた。
すると、そんな二人にアースは……
『エスピ、スレイヤ……こんなに……大きくなりやがって……こんなに大きくなるまで待たせて……ごめんな……』
自分よりも背の高い、自分よりも年上のエスピとスレイヤの頭を、アースは優しく撫でた。
兄が、幼い妹と弟にするのと同じように。
そして、次の瞬間にはエスピとスレイヤは全ての仮面を放り出して、アースに飛びついた。
『う、う、あ……うわあああああああああああああああああ! お兄ちゃん……お兄ちゃん!』
『ううう、お、お兄さん! お兄さん! お兄さん!』
『ばかばかばかばか! ばかーっ! お兄ちゃんの、お兄ちゃんのバカー! 許さない! 絶対に許さないんだから! っうう、ぶっ、とばす……だから!』
『そうだ、許すもんか! お兄さんなんて……お兄さんなんて!』
かつての幼いころの子供のように、ただただアースの胸に飛びついて泣きじゃくった。
そしてその瞬間、世界が一斉に叫ぶ。
「「「「「キタアアアアアアアーーーーーーーー!!!!!」」」」」
と。そしてもう泣いているのに泣く。
――うぅ……こんなになるまで、ずっと二人は……アースのことを……
――うん……そして……その想いを私たちの誰も分からないまま、ずっと胸の内に秘めながら……そして……戦争も……
ヒイロとマアムも
――ついに、たどり着いたのですよね!? 坊ちゃまが、エスピ姉さんとスレイヤくんのお兄ちゃんに!
――十数年の時を超え、ようやくアースは二人にとって本当のアースとして帰ってきたんだよな!? うぅ!
――これが……これが僕たちの知らなかった歴史の真実であり……そしてエスピさんとスレイヤさんが望んだ夢の瞬間!
――まったく……なんという真実!
――もう、もう! 何度泣かせれば気が済むかなッ!
――ほんとっすよぉ! 私、一生分泣いてんじゃないっすか?! でも、いいんすよね! あんちゃん、帰ってきたんすよね! この時代……ううん、弟と妹のところに帰ってきたんすよねぇ!
――お兄ちゃん……お兄ちゃん、よかったぁ!
サディス、フィアンセイ、フー、リヴァル、ツクシ、カルイ、アマエ、そしてほかのカクレテールの住民たちも……
――アーくん……おかえりなさい……そして……もう、その手を離しちゃだめよ! また妹と弟を泣かせたら、おばあちゃま、お口パッチンよ!
――どんなに時間かかっても……時すら超えて会いに行く……やっぱり、アースぐんはすげぇ! そんなアースぐんをずっと待ち続けた、エスピちゃんとスレイヤぐんもすげぇ! 三人ともすげぇ!
祖母のアヴィアたちも……
――ついに、ついにです、お母さん! もういいんですよね? アースがエスピちゃんとスレイヤくんと一緒にいて、今後もずっと一緒にいてもいいんですよね? もう離れなくていいんですよね!
――ふふふ……アース・ラガンも言ったでしょう? 『今度再会したら、この世の全てを敵に回してもお前たちと一緒に居る』と……
ヤミディレもクロンも……
――アースッち、いいねぇ!
――ふふふ、この僕をここまで泣かすとは、いけない坊やたちだ♪
――うう、でもよかったですよぉ~王子イ~
ガアルたちも……
――エスピ……よかったなぁ。アースも、よくぞ帰ってきた
――うむ……いや……これでハッピーエンドではない。ここから何かがあって、エスピもスレイヤもまたアースと離れ離れになって二度と会えなくなって不幸になるであろう! 二人は一生アースと一緒にいれなくなるだろう! ちっとも幸せになれないであろう!
――ライヴァール様!!!! おおおおおおお!!!!
ソルジャも、ライヴァールも、世界中が歓喜する。
そして同時に世界は誓う。
『エスピ……スレイヤ……これからいっぱい話そう……いっぱい遊ぼう……いっぱい一緒に……いてくれるか? 俺……お前らより年下だけど……お前らの……兄ちゃんに……もう一度――』
『『当たり前だからぁぁ!!』』
この三人を絶対に引きはがしてはならない、と。
『なあ、エスピ……スレイヤ……とりあえず、カリー作るか?』
『うん! もちろんだよ!』
『作ろう! 食べようッ! たくさん……たくさん! これからも……』
仮に、そんな事態になろうものなら、自分たちはアースたち側に着くと。
『あっ、そうだ。お兄ちゃん!』
『あっ、そうだ。お兄さん!』
そして……
『『おかえりなさい!!』』
『ああ。ただいま!』
そこで、空は暗転する。
「ありがとう……エスピ……スレイヤ……二人がいたからアースは……そして三人がいたからかつて私たちは……」
「そうよね……今の人類もなかったわよね……」
三人の再会に心から喜び、同時にヒイロとマアムは三人に感謝した。
今のこの世界は、全て自分たちが戦って勝ち取ったものだと思っていたが、その舞台裏で起こっていた歴史の真実を一切知らなかったことを恥ずかしく思いながらも、ただただ感謝した。
そして……
「そして同時にこの世界が今後どうなるか……吾輩を含めて分からなくなったということだ」
ハクキは呆れたように笑いながら、かがんで割れたワインボトルの破片を拾い集めた。
「パリピも狙ったのか……余計な情報も色々と入ってしまったがゆえに、色めき立った過去の遺物共も動き出すかもしれんしな……騒がしいほどに」
その言葉は確かな確信を持っているもので、そしてそのとき……
「ボス、すいやせん! ジャポーネを張ってた諜報から伝令が!」
慌てたように部下の一人がハクキの元へ駆け寄り……
「なんだ?」
「へぇ……それが……街の団子屋で、客たちと肩組んで泣いて盛り上がっている中に……『猿神』と思われる奴がいるんじゃないかと………と」
「…………ん?」
「溶け込みすぎて、他の客たちも興奮しすぎて気にしてないし、堂々としすぎて違うかもしれないけども……でも、本人じゃないかとも……」
「ほう! ……出たか……『ゴクウ』……生きているのは知っていたが……」
その報告を受けたハクキが、驚きながらもどこか血が滾ったかのように好戦的な笑みを浮かべた。
「え?」
「ゴクウ……ゴクウって……」
ヒイロとマアムも泣き顔で顔が固まった。
「……ふふふ、懐かしい……そう思わんか? 『カグヤ』」
「ボス?」
「ジャポーネに現れた理由は……アース・ラガンとマスターキーか? いずれにせよ、コソコソと……」
「いや、コソコソしてないんすよ……堂々と……」
「……まぁ……だからこそ、むしろあのバカ猿本人であるという証拠にもなるわけか……何かの目的で来たのだろうが、目的忘れて楽しんでいるやもしれんな」
そんな中ハクキは空に向かい……
「いずれにせよ、今更過去の伝説がいくら出てこようと、吾輩たちは今、本当の伝説を目の当たりにした。アース・ラガンとゴウダの伝説の前にはすべてが霞む! である以上、欠片も揺るぎもせんわ! 何を企んでいようとも、あの猿だろうと犬だろうと雉だろうと、熊でも鶴でも亀でも鯨でも、たとえ龍でも……全員まとめて吾輩が相手をしてくれるわ!」
鑑賞会で体がうずいて仕方なかった。
それゆえ、その体は野望よりも、今はただ戦いを欲していた。
「……あとボス……ワインボトルの破片は俺らが片付けるっすが……」
「……自分でやる」
あと、少しの憂さ晴らしを欲していた。
――第九章 完――
――あとがき――
最終回じゃないぞよ、もうちっとだけ続くんじゃ
ただ、とりあえず章としてはここで区切ります。いやぁ……総集編を100話以上やるアホはたぶん、この世で私ぐらいでしょう。よくぞ皆さん付き合ってくださいました。大感謝を!!!!
この後のアミクスのスカートの中にアースが顔を入れたりパイパイとかでアースが動揺しまくるシーンとか世界に流れないんですか? クロンがむくれてバストアップ運動やパンツ選びを真剣にするとかないんですか? という質問の答えはいずれ……
ですが、鑑賞会を主軸にした章はここで区切ります。
引き続きよろしくお願いいたします!
さぁ、このタイミングじゃ! 皆様、面白いと思っていただけたら「★」で評価をぶん投げてください(笑)




