第五百三十五話 メルトダウン
空で二人の漢が笑っている。
「まったく、恐ろしい奴だな……アースもゴウダという男も」
「す、すげえ、アースくん!」
「オラァ! ランニングも筋トレもメチャクチャしなきゃ収まらねえッ!」
そんな二人を見て、人々はただただ滾っている。
アースとゴウダのぶつかり合い、力と技の応酬から、単純なガチンコのぶつかり合い。
そしてそれは互いに憎しみ合っているのではなく、認め合った上で繰り広げられるもの。
『ガーハッハッハッハ! やりゃできんじゃねぇか! 小細工するよか、今の方がよっぽどいいツラしてんじゃねぇか! そんだけできるんだから、最初からチョロチョロ小細工しねぇで、足止めて殴り合えやぁ!』
『勝手を言うな。俺は弱いさ。そんなのずっと昔から知っている。俺よりもパワーやスピードがあって、俺よりオールマイティに優れていたり魔力があったりな幼馴染たちや親父たちと比べられ……だから他で補うんだよッ!!』
『テメエはツエーだろうが、もっと胸張って堂々と正面からくりゃいいんだよ、ボケがぁぁ!』
伝説の六覇相手に正面から。
そんなバカげた行為をするアースに、
「うん……すごいよ、アースも……ゴウダも……僕もウズウズが止まらない」
「まったっくだな。アースめ……そこで幼馴染たちなどと俺たちを引き合いに出さなくてもな……もう、今のお前に言われるのは嫌味でしかないぞ?」
フーとリヴァルも胸が疼いた。
そんなバカげた行為でゴウダに褒められ認められるアースが眩しく、憧れ、そして誇らしかった。
「もはや我らの知らぬ領域……アレが……アース・ラガン……一時とはいえ、アレを我の婿として相応しくなるように厳しく接していたころが最早恥ずかしい……」
かつて幼馴染としていつも一緒だったころや、アカデミーでの模擬戦で一度も負けたことなかったのに、もはや自分たちとは大きな差ができ、その背を追いかけると誓った日からもどんどんアースは果てまで行った。
もう自分の全く知らない世界で戦う男だと、フィアンセイはどこか寂しく、不意に涙が過った。
「それでも坊ちゃまは坊ちゃまです。今は何も出来ぬ私ができるのはせめて……祈ること……坊ちゃま……どうか、悔いなく、そして御武運を……」
サディスはただ手を合わせて空に向かって祈るばかり。
アースが悔いなく全てを出し切り、その上で無事であることをただ願った。
そして……
「ぐわはははははは! いいのぉ~、うらやましいのぉお~、いいいのぉ~! だ~~~~、もうイチャイチャしおって、見せつけおって羨ましいのぉ!」
胸疼くのは人だけでなく、今にも大空に羽ばたいて暴れ回りそうなほどウズウズしている冥獄竜王バサラもであった。
その上でバサラは……
「にしても、『あやつの弟子』というわりには技は受け継いでも性格は似とらん……とは思ったが、意外とそうでもないかもしれんのう。あやつは、意外と空気を読める奴じゃった……ワシとの喧嘩の時も圧倒的な兵力を使うことなく堂々と一対一でワシを倒した……力だけでなく、心でも……」
アースにかつての友を重ね合わせて目を細めた。
『寿命数秒ぐらいいくらでももっていけやゴルルアアア! 俺は今を生きてるんだからよぉ!! くれてやるぞ、アーーースッッ!! 俺様の最大最強の残る全てを!!』
そんなアースに一番熱く滾っているのは、まぎれもなく直接対峙しているゴウダである。
ゴウダが咆哮と共にさらに全身を燃やす。
「ほう……まだ熱くなるか! ……おっ!? ほほう……文字通り命を削るどころか、武器として使うか!」
そして次の瞬間、バサラがゴウダの姿に驚いたように声を上げた。
『おおおおおお、滾る! 燃え上がる! 灼熱爆熱大噴火ぁぁぁぁ! これが俺様……バーニングゴウダ様だぁぁぁぁ!! ロックンロール!!』
全身をマグマ色に染めるゴウダの変化。
「ぬっ、なんだと!? ゴウダ……まだ強くなるのか!?」
「わ、あ……魔法? 違う……魔法だけじゃない…… アレは一体……アースのブレイクスルーと似ているかもしれないけど……でも……」
それはアースのブレイクスルーよりも遥かに禍々しく、フィアンセイやフーでも見たこともない魔法。
「アレは……生命エネルギーを燃やしておる。全身を活性化させて強化させるブレイクスルーよりも強力……ワシも見るのは二度目じゃな……『メルトダウン』……かつてその時の者はそう言っておったのう……」
楽しそうにしながらも、どこか昔を懐かしむように目を細めるバサラ。
だが、その出てきた言葉にフィアンセイたちはゾッとした。
「ッ、ブ、ブレイクスルーよりも強力……ですと? 師匠!?」
「うむ。普段、人は己を傷つけぬように自分の力にリミッターをかけておるが……これはそのすべてを無視。その反動で骨が折れて砕けようと、筋肉繊維が全て引き千切れようとも火事場のバカ力を出し続ける……バーニングとはよく言ったもの! まさに『この後はない。この後の人生など不要』、その境地に至った者にのみにしか使えぬ自爆技じゃァ! ゴウダとやらァ……羨ましいのぉ……それを使ってでも戦いたいと思える好敵手に出会えて……羨ましいのぉ!」
命を懸ける。それは、心構えや精神面ではなく、文字通り命を削る技。
生きるためではなく、自分の命を捨ててでも出し尽くすために。
「ううむ……思い出すわい。あの時の……死んだ『ワタベ』をのう……そういえば、そのあとに敵討ちということでカグヤに斬られまくったのう……懐かしい……」
一方で、バサラが色々と懐かしんでいる足元で、一人だけその技に興味を示した。
「ブレイクスルーより強力……か……」
その言葉が離れず口にし、そしてゴウダの姿を目に焼き付けるのはリヴァル。
(修練も、そして出会ってきた敵との激戦による経験値……もはや俺とアースの差は比べられぬほどの差ができている……少しでもアースの背中に追い付くには……命……それぐらい使わねば無理かもしれんな……)
それぐらいやらなければアースに追い付けない……どこか焦ったようなリヴァルの想いが瞳に滲み出ていた。
「いや、今は……ふっ、俺は何を考えている。目に焼き付けるのはゴウダの技ではなく、この二人を……だというのに」
だが、今は違うとハッとしたリヴァルは笑って改めて空を見上げる。
『聞けよなああああ、俺の歌をなァ!! アンコールはねぇからよぉぉぉ!!』
『ああ、俺も……一緒に歌わせてもらうぜ! 俺も全部出してやらぁぁぁぁあ、ゴウダァァ!』
今は自分のことを考えているのは勿体ない。
今は……
「アースくん! ゴウダ!」
「ああ、そうだオラァ! もうゴウダもアースもやっちまえぇ!」
「よっし、いくんだなー--!」
「アースくん!」
「おっしゃ、いくっすよー--、ふたりともー!」
「お兄ちゃん!」
今はただ黙って冷静に見るのではなく、一緒に盛り上がれ。
アースだけでなくゴウダにもエールを送るように、カクレテールで、そして世界中から声が上がる!
「メルトダウン!? ゴウダのやつ、なんてことを……あいつ、あんなことまでできて、しかもその力をアースにぶつけようってのか!?」
「え、ヒイロ、アレがメルトダウンなの!? ……ッ……私も初めて見るわ……」
ヒイロとマアムはマグマ色に輝くゴウダに震えが止まらなかった。
ハクキもまた頬に汗をかいている。
「そのようだな……吾輩も見るのは初めてだ。太古の時代……当時の鬼族最強だった『シュテン』を討ち取った、カグヤと並ぶ人類の英雄ワタベ……ワタベはそのあとバサラに敗れて死んだが……そのバサラとの戦いで使ったとも言われている……ワタベの子孫である貴様の師もそれを使い、ギリギリ命は助かったが再起不能になって、やむなく貴様に全てを継承したのだったなァ……ヒイロ」
「……ああ……そうだ…………師匠が絵本のワタベの子孫って冗談かと思ってた……って、それはどうでもいいとしてだ! とにかく……ゴウダは……俺との戦いの時ですら使わなかったアレを……アース相手に使ってる! アースは六覇が命を差し出してまで戦うべき相手と認められ……六覇が七勇者である俺たちじゃなく、アースを選んだ! は、はははは、マジかよアース!」
そして、ヒイロは震えながらも少年のように笑みを浮かべてはしゃいだ。
「信じられねえ、アースのやつ! それにゴウダもゴウダだ! 運悪けりゃ俺との戦いでも死んでただろうに、それなのにあの技を使わず隠してた? なんだか俺はそういう相手として認められてなかったって世界に公表されてるようなもんじゃねえかよ! だけど、アースは違う! くっそ~~~~~、悔しいぜぇ!」
悔しいと言いながらもワクワクが止まらない。
すると……
『そうかい……ありがとよ……アース。確かに……テメエはヒイロとは全然違ぇ……あいつは皆で力を合わせてとか、正義だとか光の力でとかうんたらかんたらと、バカのくせに空気読めねえやつだったからよ……ガハハハハ、一緒に歌うか……初めて言われた!』
「んなっ!?」
ヒイロの嫉妬に対してまさにゴウダのヒイロに対する想いが明かされた。
「い、いや、ちょっと待てよゴウダ! いや、だって戦争だし、俺は勇者だし、そういう理由で戦って全然間違ってないじゃねえか~~~って、昔の俺なら言ってたけど……ちげーか……勇者としては正解かもだけど……男としてはゴウダにとって正解じゃないってか?」
ゴウダの言葉にヒイロはもうショックを受けたりしない。
自分でもう分かっていることであり、ただただ納得して笑うだけ……だったが……
『当たりめぇだ。勇者ヒイロなんて、強いかもしれねぇけど空気読めないバカだし、きっと将来は子育てもまともにできねえ奴だから、一緒にされても困るんだよ!』
「「はぐわァ!?」」
アースの追撃、それは抉られるようにヒイロに、そしてマアムに効いてしまった。
「くそぉ……すまねえアース……うう、こんなバカ親で……」
「うん……わかってるけどぉ……そのとおりなのよぉ……うう……」
だが、落ち込んでいる場合ではないと、二人はすぐに顔を上げる。
「くそぉ、いけー、アースッ! 俺の絵本はもう廃版になるんだから、とことんやっちまえ! そして……絵本なんかじゃ伝わらねえ……ゴウダもまたどんだけとんでもねえやつかってのを世界に示してやれ!」
「ええ、もうこうなったらとことんよ!」
そのとき、もうヒイロにもマアムにもゴウダに対する過去の複雑な想いは消えていた。
かつて世界を巻き込む殺し合いと戦争を続けてきた。
ゴウダやゴウダの軍の手によって多くの仲間たちが殺された。
だが、そんなものはもう今は頭から抜けている。
自分たちを認めない男が、自分たちの息子を認めてくれた。
たとえ親失格であり、資格がなかろうと、どうしようもなく誇らしかったからだ。
『部分魔呼吸!』
その声援は届いていなくとも、アースがゴウダに応えることに変わりはない。
「うおおおお、なんかバカでけー大魔螺旋が……もう、あれだな! 気合いだな! 魂だな!」
「あの子もまた……限界を超越した! とんでもない魔力よ! これがアースの奥底に眠っていた力? 分かんないけど、もう流石アースとしか言いようがないわ!」
「ッ?! ……なん……だ? 今サラッと……ぶぶん? 魔呼吸……ただの魔呼吸ではない……アレはなんだ!? アース・ラガンの魔力容量からはありえぬ魔力が!?」
もうヒイロとマアムはただただアースに声援を送る一方で、ハクキは胸振るわせながらもアースが唐突に繰り出した技に戦慄した。
これまでの大魔螺旋とは比べ物にならないほどどこまでも膨張していくアースの大魔螺旋。
世界中のほとんどの者たちはそれを「アースの気合」と捉えるが、ハクキは違う。
そしてハクキは魔呼吸は知っていても、部分魔呼吸を知らなかった。
「……ふっ……今、見ておいてよかったかもしれんな……さすがにこの規模を初見で直撃でもしたら……吾輩も死ぬな」
戦慄し、しかしどこか嬉しそうに、そして呆れたようにハクキは笑った。




