第五百三十三話 認めた男
「ゴウダ……なんという……ことだ……」
世界中が混乱する魔巨神ゴウダの真実に、同じ六覇だったヤミディレは世界でもトップクラスに動揺していた。
それは、単純にヒイロとの戦いでゴウダが死んでいなかったことだけではない。
――たしかアースは、『大魔王トレイナの最後の弟子』って言ってました!
それは、クロンから聞いた言葉であり、そして鑑賞会が進むにつれて至ったヤミディレの中の一つの仮説。
何の答えにもなっていない、人が聞いたら笑ってしまうようなことかもしれないが、ヤミディレはクロンの言葉の意味を自分の中である解釈をした。
しかし、だからこそ……
「アース・ラガンにあの方の何かが関わっていたのはいいとして……しかしこれは……エスピを生かした……ノジャを退けた……アオニーが死んだ……そして……本来なら……何も知らぬ連合軍がゴウダの最後の大爆発に巻き込まれて壊滅的な被害を与えられたはず……だ、だが、これでは……」
ヤミディレの震えが止まらない。
「お、お母さん、どうしましょう! あの六覇さんスゴイ人なのですよね? ……お母さん!」
「あー、どーすればいんだよぉ! ヤミディレ大将軍! ゴウダ大将軍が生きてたとか、いや、もうマジでどうなってんすか!? って、大将軍?」
「ワシも知らん……しかし、ヤミディレ……その様子ではそなたも知らなかったと思うが……」
クロンやショジョヴィーチ、マルハーゲンや三姉妹たちも頭抱えて大混乱。
しかし最も動揺しているのはヤミディレである。
「もし、アース・ラガンがそんなことをしなければ……あの方が死ぬことは……先ほどまでならまだ……『かもしれない』で抑えられたが……ここまでくればもう……」
ヤミディレもこれまでの鑑賞会の中で、アースの存在によるかつての戦争での影響の大きさを考えるも、クロンのアースへの想いを優先して堪えた。
だが、これは……
「そ、それなのに、もしあの方の弟子だという話が本当だとしても……結果的にアース・ラガンがそれをできるだけの力に導いてしまったのがあの方だとしたら……何という悲劇……わ、私は、どうすれば……」
ヤミディレの中に絶望にも似た感情が押し寄せて思わず蹲ってしまった。
そして、ヤミディレと同じように他の六覇たちもまた、ヤミディレと似た答えや仮説に至った。
それがどれだけ悲劇的な仮説だろうかと震えるほどに。
だが……
「わ、アースが、逃げずに戦うと! そ、それに……お一人で戦うって宣言してます!」
「……え?」
このままアースが逃げてゴウダを連合軍を巻き込まぬ場所で爆発させれば全て丸く収まる。
だというのに、アースは逃げるのをやめて戦うことを選んだ。
『お兄ちゃん、何言ってるの!? こいつ、あのときのオーガたちと全然違うんだよ!?』
『お兄さん、ここは全員でかかり、そしてタイミングを見て離脱が一番だと思うよ?』
『それでも手を出すんじゃねえ、絶対にだ!』
そしてさらに、エスピやスレイヤの手も借りずに一人で戦うと宣言した。
そのことを聞いてヤミディレも顔を上げると……
『仕方ねぇだろ。俺の師匠はこういう最終決戦で……多人数で一人をボコボコにする戦いや決着に納得いかない奴なんでな』
「ッ!?」
そして、その言葉にヤミディレは心臓を射抜かれたかのように激しい衝撃を受けた。
アースは紛れもなく言った。「師匠」という言葉。
ヤミディレの至った仮説が真実だとした場合、この場合における師匠は誰を示すのか?
そして、そう叫ぶアースに迷いはない。
『六覇の一角、魔巨神ゴウダ! その最後はこの俺が受け止めてやらァ!』
『ああん? 小物が急に大物ぶってしゃしゃり出てくんじゃねえ! つーか、七勇者やハンターのクソガキどもはさておき、そもそもテメエは誰だよ!』
そして、ゴウダは問うた。「お前は何者だ?」と。
本来その時代に存在していないはずのアースに名を明かせるはずがない。
そもそも、エスピにもスレイヤにも自分の名を言っていない。
しかし、アースは……
『俺の名は、アース・ラガン!』
名乗った。
「わ、アース、名前、え? 良かったんですか?」
「おおい、いいのか!? だって、過去と干渉云々で、え、いいのか?!」
「分からぬ……しかし何ともまあ……迷いのない良き目を……」
アースがここにきて名を名乗ることに驚くクロンたち。
しかしヤミディレはそれをただの名乗りではなく……
「決意と……敬意を感じる……あの男なりの……精一杯の……そういえば先ほどまで、動きが鈍く迷いのある顔だった……それはゴウダの生存に驚いただけではない……そうか、あやつ……」
ただの名乗りではない、多くの想いをヤミディレは察した。
『時を越えてこの時代にやってきた、テメェの最後を受け止める男だ!』
エルフの集落では……
「アース様……嗚呼……アース様」
初恋であり、憧れであり、もはや崇拝しているアミクスは、地面に正座して空に向かって祈るように手を合わせて感涙。
まるで神の降臨に感激している信徒のように。
「ラガーンマンだー!」
「ゴウダだー!」
「いけー、ラガーンマン!」
「へぇ、私たちが見れなかった戦い……これかぁ!」
「くぅ、すげぇ! ゴウダってのは俺も絵本でしか見れなかったが、こんなヤバい奴と兄さんは戦ったのかぁ!」
エルフの子供たちや、当時その場に居合わしていなかった大人たちも興奮で目を輝かせている。
彼らにとって、アースもそうだが、そのアースと戦ったゴウダも興味津々な存在だったのだ。
さらに……
「事前に聞いとったが……いやぁ……本当にゴウダじゃのう……」
「ああ……声だけで伝わってくるじゃない。そしてそれをお兄さんは真っ向から……逃げずに……いずれにせよ、お兄さんがいなければ、間違いなく連合軍は壊滅だったじゃない」
「ヤバいわ……わ、私ももはやハニーを愛しすぎてアミクスのように信者化してしまいそうだわ……」
ミカド、コジローもかつての宿敵の真実に感慨深そうに呟き、シノブはもはや息もできないぐらいアースにウットリして倒れて痙攣。
「十数年ぶりにこんな形で見るとは小生も色々と感慨深い……」
「私も。あのときはどうなるかと思ったもんね」
「だけど、お兄さんは立ち向かった……」
「俺も目を離せなかったんで」
また、当時その場で立ち会ったラル、エスピ、スレイヤ、族長もこれで二度目の光景でも当時を思い返して胸が熱くなる。
そして……
「でも、今改めて分かったよ……お兄ちゃんの言葉の意味……ね? スレイヤくん」
「ああ……そうだね」
エスピとスレイヤはコソコソっと耳打ちしながら頷き合った。
「ゴウダの最後を逃げずに受け止める……それがお兄ちゃんの師匠の願いだったんだね?」
エスピがそう呟いて振り返ると、アースもまた目を細めながら空を見つめ、そしてその傍らでは……
「婿殿……おぬしの師匠とやらは……おぬしの影響について何か言っていたのじゃ?」
「……ノジャ……」
ノジャがアースにそう尋ねた。
これまでアースの膝の上で寝っ転がったり色々とだらけていたノジャも、真っすぐ立って空を見つめ、そしてノジャとは思えぬほど真剣な眼差しでゴウダの姿を瞳に焼き付けている。
もうノジャもまた、ヤミディレ同様にある仮説に至っていた。
そしてその仮説が全て真実だという前提でもはやアースに問いかけていた。
「俺の師匠は……」
本来なら、ここは誤魔化すところである。
しかし、今のノジャはただの変態ではなく、魔王軍の六覇の一人として、大魔王トレイナに選ばれた存在として、ゴウダと肩を並べた仲間だった存在としてアースに問うていた。
だから、アースは誤魔化さないことにした。
「俺が迷い、戸惑っていると、一喝してくれた。貴様の影響? 己惚れるな……ってな」
「ッ!?」
「だが、その上で俺が後ろめたいと思っているなら……ゴウダの最後を受け止めてくれと……ゴウダの死が免れないなら、せめて意味なく死ぬんじゃなく、全てを出し尽くさせて応えてやれって……そう押し出してくれた」
ミカドたちには聞こえないよう、ノジャだけにアースはそう告げた。
するとノジャは瞳を潤ませて……
「あの方が……仰りそうなことなのじゃ……そうか………」
全てを受け入れたように切なそうに微笑んで頷いた。
だが、すぐにノジャは屈託なくニッと笑った。
「ま~ったく、婿殿には嫉妬なのじゃ!」
「え?」
「あの方にそれほど信頼されているとは……それに応える婿殿も……あの御方も婿殿を誇らしいと思うのじゃ」
「は、はは……そうかな?」
「わらわは……あの方にそれほど誇りに思われていたか……分からぬのじゃ」
ノジャの言葉に照れくさそうに頬を掻くアース。
そしてアースがノジャには見えない傍らの存在をチラッと見ると……
『ふっ……思想や趣味の違いはあっても、六覇も全て余の誇りであったがな……無論アオニーたち、散った同胞たちもな』
トレイナも優しい眼差しで、ノジャには聞こえないと知りつつも言葉を呟き……
「でも、今のお淑やかなわらわなら! 婿殿とわらわでズコバコしてデキた子供も見たいと思ってくださるのじゃ!」
『それはない』
『大魔螺旋・アース・スパイラル・ブレイクゥゥゥゥゥッ!!!!』
『ビートルズヘッドッ!!!!』
アースとゴウダの正面衝突。
もはや世界的に有名となったアースの代名詞とも言える大魔螺旋。
しかしそれがゴウダの一撃で粉々に砕けてふっ飛ばされる。
「アースッ! ッ、ゴウダの奴……ヤベエぐらいにバーニング状態だ……でも、あいつ……」
「命と引き換えにまだまだ引き出されているわ……そんなゴウダに正面からなんて……あの子、どうしてあんなに! それに師匠って……ううん……でも、アースは……」
ここに来て改めて理解不能な息子の行動にヒイロとマアムは頭を抱えて叫ぶ。
だが一方で……
「ふ、ふふふ……『師匠は』……か……ふふふふ、ふはははははは!」
ハクキはどこまでも嬉しそうに笑っている。
全てを理解したからだ。
『オラァ! まだ俺はいけるぞ、ゴウダァ!! 出し足りねぇものがまだまだ有り余ってるぐらいになぁ!』
そして理解できていないヒイロとマアムだが、それでも息子の表情に……
「迷いがまるでねぇ! 恐れてもいねえ! あいつは本当にゴウダの最後を受け止める気なんだ! 命がけで!」
「伝説の魔巨神ゴウダ相手に……アースは……正面から! やる気なのね……アース! 本当の本気で!」
もはや目が離せぬほど胸が熱くなった。
『テメエはあのクソ勇者の……ヒイロの兄弟? 親戚?』
アースの本名に対して抱く当然の疑問を口にするゴウダ。それに対してもアースは……
『俺は勇者ヒイロと血の繋がりはあっても、そんなのなんも関係ねえ! 俺を勇者ヒイロと重ねて見るんじゃねぇ! 俺は俺だ! テメエの最後を見届けるのは勇者の関係者ではなく、連合軍の人間でもなく、ただのアース・ラガンって男なんだからよ! テメエは最後の最後まで、俺を見ろッ!!」
熱く咆哮した。
その言葉を受けて、今度はゴウダが笑い……
『なるほどな。……よく分からねぇが……それでも分かるのは……テメェ、大した肝っ玉の……漢じゃねぇか!』
「「「ッッッ!!!!」」」
アースを称えた。
その言葉に、ハクキは震えた。
ゾクゾクとする胸と、抑えきれぬ笑み。
「認めた……あのゴウダが! あのゴウダがアース・ラガンを認めおった! ふ、ふははははは、今頃魔界では多くの男たちが嫉妬し、そして目を輝かせているであろう! あ奴はお世辞などは言わん! 細かいことや理屈を抜きに、本能で、魂で認めた!」
興奮が収まらずに早口で言葉を紡いで笑うハクキだけでなく、ヒイロとマアムも……
「あんなこと、俺はゴウダに言われなかった。あいつは俺のことをただムカつくクソ野郎って感じで殴ってきて……でも、アースは違う! 信じられねえ……あいつはただゴウダと戦ってるだけじゃねえ! 種族だとかそういう細かいことを抜きにして、同じ漢としてゴウダに認められてんだ! 信じられねえ……アースッ、お前ってやつはッ!」
「うん! ゴウダは私たち連合軍や人間に対しては殺すべき敵、虫けらのように思っていたかもしれない。だからそんなゴウダを知っている私たちからすればありえない言葉……でも、だからこそ……そんなゴウダがそうアースに対して評せずにはいられない……アースはそんな、そんな強く大きく、そして……あ、ダメだ、もう、私……涙が……」
ヒイロはまるで子供のように、まるで幼い時に自分を救ってくれた『正義の味方』と初めて出会ったときのように目を輝かせた。
マアムもまた、息子が心配とかそういうのを通り越し、ここまで至ったアースに涙が止まらなかった。
「色々と思うところがあったが……この戦いを流したパリピ……今だけは吾輩も貴様を褒めてやろう」
「ひはははは、世界がパナイ大歓声……ひははははは、いいねぇ!」
そのとき、世界の果てのアジトにて黒幕であるパリピは笑いが収まらなかった。
「……何だかもう全部包み隠さずですね……」
「ひははは、当たり前じゃ~ん、コマンちゃん。コレ隠して何を見せるって話じゃ~ん」
魔水晶を通じて世界中の反応をリアルタイムで傍受し、パリピは「もっと盛り上がれ」と煽る。
その様子をコマンは溜息吐きながらも、その目はジッとアースを追っていた。
そして……
「隠すなんてありえねえ。誰も知らねえなんて許せねえ。このライブの客がその場にいた極少数なんてパナイ許さねえ」
盛大に愉快に笑っていたかと思いきや、パリピは唐突に真剣にボソッと呟き……
「見ているかい? ゴウダぁ……テメエのパナイ最高に熱いファイナルライブ……テメエが認め、世界がこれ以上ないほど認めた男とのセッション……時を超え……今になってようやく天地魔界がパナイ最高に震えてるぜ!」
パリピなりのかつての仲間への弔いであった。
「このパナイ震えこそが、テメエの言ってたロックってやつだろ!」




