第五百三十二話 至った
「えっと、どういうこと!? え? だって、ゴウダはあんとき確かに俺が倒したはずだよなぁ!? で、これはその後の話なんだろ!? 何でゴウダ生きてんだ!? おい、ハクキ、どうなってんだ?!」
「しかも、その生きていたゴウダとアースが出会っていたなんて……だめだめだめだめ、もうわけわかんないわよ!」
もう、これまでの鑑賞会で何が来ても驚かないぐらい驚き過ぎた……はずだったが、それを覆される歴史の真実。
ヒイロとマアムにとっては完全に予想外。
世界にとっても予想外。
そして当然……
「……本物……のゴウダ……であるなぁ? いや、本当に本物か?」
とハクキも固まっている。
何度も何度も「アレは本物か?」と口にする。
だが、
『ロック! うおおおおお、大魔王様万歳! ヒイロも人間も死ねええええ!』
「どこからどう見ても本物にしか見えねぇ!」
「ってか、アレがゴウダじゃなければ何だってのよ?!」
「あんなゴウダらしいゴウダ以外の何ものでもない存在、ゴウダ本人としか言いようがない……」
見れば見るほど空に映る怪物がゴウダであるということを三人は思い知らされる。
『ご、ゴウダ大将軍! 小生はノジャ軍のアマゾネス部隊に所属していたラルウァイフです! その……勇者たちと交戦されたと聞いていましたが……』
そして、ついに世界が抱いた疑問をラルウァイフが叫んでくれた。
「そう、それ! それ! で、何で!?」
「そう、死んだんじゃないの!?」
「吾輩も同じく」
世界がその問いの答えを待つと……
『ああん? そうだ! あのクソバカ野郎とやりあって、あの野郎ふざけた力でこの俺様を粉々にふっとばしやがった! だが、俺様には『超魔回復』がある! つまり、どんなに体がバラバラになろうとも数秒でも生きてさえいれば……いや、もうそれも許容範囲越えて爆発するんだけど……あ~~~、細かいことは知るかぁぁぁ!』
細かい説明は省いた。
だが、それでも答えにはなった。
一方で、ゴウダが生き延びていたとして、もう一つの疑問が生まれる。
「う、うそだろぉ!? いや、ゴウダの超魔回復は分かってっけど……あの……肉片も全部消し飛ばした……あの力をくらっても……」
「い、生きて……いたっていうの?!」
「……な、なんと……超魔回復……で、い、生きていたと……だが、待て! そうなると……この後、ゴウダはどうなるのだ!?」
「ゴウダが生きていた……ってことは、ゴウダもまさか今でも!?」
「そんなわけが……パリピならまだしも、あいつがこの十数年間誰にも気づかれずに大人しくできると思う?」
「それは同意見だな。吾輩もこれは完全に予想外……しかし、あやつは現代では生きていない……しかしならば……」
この後ゴウダはどうなったのか? ということだ。
『ガハハハハ、どこへ逃げても無駄よ! どうせ近いうちに何も知らねえ連合のバカ共がここにやってくる! ノコノコきたところで盛大な花火を打ち上げてやる! ガハハ、どうなるか分からねえ……自分でもどうなっちまってんだってぐらいにメチャクチャ体が熱くて弾けそうだ! もう、なんだったらこの街どころか超広範囲に渡る、どでけー爆発もんになるぜ!』
そして見ている者たちが落ち着く間もなく、ゴウダは暴れ回って衝撃的な言葉を叫ぶ。
「ちょ、ま、待て! 爆発!? そうか……いくらゴウダでも再生が許容範囲を超えて……」
「そういうこと……だから爆発……じゃあ、このまま何とか逃げ切れば、アースたちは助かるわ!」
「なら、アースたちなら大丈夫だ! あいつの足さばきなら、エスピたちと一緒にゴウダから逃れられる!」
「ゴウダが爆発するまで逃げ回れば!」
ゴウダの爆発ということに衝撃だったが、それならばそれまで逃げ回れば助かると分かり、ヒイロとマアムは慌てながらも声を上げる。
ハクキも小さく「なるほど、そういうことか」と納得……
「ん? 待て、それはそれでまだ解決していないぞ」
納得しそうになったが、すぐにおかしいことに気づいた。
「ゴウダの話では、連合軍がシソノータミ奪還に来たら巻き込んで自爆すると……しかし……」
「あ、あれ? そういえば俺らがシソノータミに着いたときは……」
「そう、よね……特に何もなかったわ……」
そう、今のゴウダの話の通りであれば、十数年前、ヒイロとマアムたち連合軍がシソノータミに到着したときに大惨事になっていたはず。
しかし、それは無かった。
つまり……
「つまり、その爆発を……ま、まさか……アース!」
「アース……あんた……まさか!」
その爆発を誰かが何とかした。
その答えに辿り着き、震えるヒイロとマアムに対し、アースは……
『ざ、ざけんなクソ親父! パリピは生きてるし、ゴウダもこんなんだし、ハクキもそのまんまで、ヤミディレもノジャとライファントってのも……つーか、七勇者って六覇の一人も討ち取ってねーんじゃねぇか!!』
「…………………」
「…………………」
「お……おお……なーるほど……吾輩も気づかなかった……言われてみれば……そうなってしまうな……」
ヒイロとマアムは石化した。
ハクキも掌をポンと叩いた。
そして石化状態からプルプルと激しく震えだすヒイロとマアムは、やがて頭を抱えて……
「な、ななななな、なんてこったあぁあああああ!? う、嘘だろ!? え? 俺、ゴウダ倒したんじゃなくて……え? 俺、ゴウダ倒してなかったの!? うそぉ!?」
「し、しかも……わ、私たち……七勇者の誰も……うぇえええええ!? ちょっと、じゃああの感動は!? 絶望から這い上がりゴウダを倒した云々の涙は!?」
「教科書とか俺の絵本とかどうなっちまうんだ!? アレ、俺に監修費とか毎年入って来てんだけど……って、そんなんどうでもよくてぇ!」
「やばい……ヤバいヤバいヤバいヤバい! 私、結構他国や子供たち向けの講演とかでもドヤ顔して六覇との死闘とか、『絶望からの希望』みたいなストーリーを語ってたんだけど?! は、はずかしいいい! って、そうじゃなくて、じゃあまさかゴウダはアースが!?」
もう、穴があったら入りたいどころでは済まないほどの恥ずかしさに、囚われの身の状態でのたうち回った。
さらにトドメとばかりに……
――そう、魔巨神ゴウダは死んでいなかった! いや、もはや命尽きる寸前ではあるが、強烈な熱量を帯びたまままだ生きていた! そのことを世界も、七勇者も誰も知らなかった!
パリピがこれでもかと強調するようにナレーションを挟み……
――それも知らず、その頃七勇者たちはナニをやっていたか? 連合軍はゆっくりとシソノータミに向かって来ているのだ! その移動中ナニをやっていたか!?
「あ~~~くそ、つか、何だぁ? パリピの奴、何を言ってんだ? 俺たちはソレも知らずにノンキにシソノータミに向かってたって言いたいんだろ? ……ん?」
「そうよ、何をしてたかって、普通にシソノータミに向かって……普通に……あ!」
そのとき、ヒイロとマアムはハッとした。
そして、ただでさえ真っ赤な顔を更に赤くして……
――ちなみにご歓談中の皆さま、アース・ラガン、フィアンセイ・ディパーチャ、リヴァル・ジャネイン、フー・ミーダイ、この四人の誕生日やらはある程度誤差があるとはいえ……とにかく、『ゴウダが死んだ日』からイロイロと逆算して計算しちゃパナイダメ♥ ヒハハハハハ!
「「パリピイィいいいいいいいいいいいいいい!!!!」」
ただただ叫んだのだった。
「……パリピの奴め……このようなことを最後の最後に……しかしこれは……」
一方でハクキは真剣な表情で、暴れるゴウダの姿を見ながら。
「ヒイロ……マアム……そんなくだらんことで騒いでいる場合ではない。これはどうやら本当に……アース・ラガンの存在が大きく人類と魔族の命運を左右させたのかもしれん」
「「んぁあ?」」
「……皇帝の権限でライヴァールの口に猿轡を噛ます」
「………………」
「……だが、もう手遅れというか……ダメだ、もう……私は何も考えられん」
帝国ではソルジャがもう脱力しきったように項垂れて、臣下たちの前だというのにテラスの床にそのままへたり込んでしまった。
「これが本当だとしたら……七勇者が一人も六覇を討ち取ってないってのは……」
「ああ、ライファント総統やらノジャは白旗降伏という感じだし……」
「ど、どうするんだ? 教科書とか絵本とか……特に絵本とか帝国外でもバカ売れしているのに……」
「帝都も大騒ぎですよ……」
周囲では臣下たちがザワつきながら、自分たちの知らなかった歴史の真実に頭を抱えるしかなかった。
『ゴウダ……い、生きていたゾウ……』
ライファントももはや呆気に取られるしかなかった。
「というか、ライファント、あなたたちは知らなかったのか?」
『知っているわけがないゾウ。もし知っていたら……知って……いたら……ッ!?』
「ライファント?」
ただ、ソルジャとの話の中でライファントは何かに気づいたようでハッとした。
そのままライファントはブツブツと……
『ノジャのアレはまだセーフだとしても……流石にこれは……もし……この場にアース・ラガンが存在していなければ……戦争は……』
そして、至ってしまった。
「アースぅううう!? 逃げろおおおお! ぬわ、あああ、というか、本物の魔巨神ゴウダで、わ、あぁああ! とにかく逃げるのだ!」
「なんでぇ!? アースは、ヤミディレ、パリピ、ノジャ、ハクキ、そしてついにはゴウダとまでぇ!?」
「し、信じられん……あ、あいつ、どういう遭遇率で……俺たちはパリピ一人に人生最大の危機だったというのに……」
もう、フィアンセイは頭抱えて泣き叫び、フーとリヴァルはへたり込んでいた。
誰もが思う「何でさ?」という様子であった。
「いやぁ……マチョウさんと同じ体質で怪物な六覇ってことで見てみたいな~って思ってたけど、なんかスゴイのが出てきたかな……」
「もう、驚き通り越してむしろ反応困るっすね」
「……自分はあそこまで我を忘れて大暴れはできんな……」
そして、この鑑賞会を通じて六覇のことを大体分かってきたカクレテールの住民たちも、ゴウダの登場にはもはや呆気に取られるしかなかった。
一方で……
『ウゴルアアアアアアアアアア、ぶっとべやごらァァァ!!!!』
心の奥底から容赦なく全力で叫んで暴れる怪物に……
「でも……なんか、気持ちよくねえか? あいつ、オラァあ! って感じでよ」
不意にオラツキがそう呟いた。
アースたちの命の危機に不謹慎では? という声が上がることなく、むしろ……
「うん、僕も……なんていうか、パリピとかのように何考えてるか分からないわけでも、ノジャのように変人なわけでもなく……なんだろう……豪快?」
「僕もそう思うんだな! さっきも自分の事バカだからみたいに言ってたんだな!」
「あそこまで叫んで暴れられるのを見ると……実際目の前にいたら怖すぎるけど、なんかこういう位置から見てると……清々しい?」
アースたちがピンチなのは分かっているが、それでも何だかゴウダの暴れっぷりは見ていて悪い気持ちにならない。
「確かに……自分も……筋肉が疼くな」
マチョウも否定しなかった。
武闘派の多いカクレテールの住民たちならではの反応だった。
「ぐわははははは、良いのぅ、おぬしら。ワシもそう思う。ああいう馬鹿……ワシも好きじゃ!」
バサラも嬉しそうに同意した。
「魔界の暴れん坊……ただ力を抑えられずに振り回すバカではなく……抑える気が無いのじゃ。そんな自分に迷いが無い。ぐわははは……惜しいのぅ。一度ぐらい喧嘩してみたかった」
六覇の中で特に関りが無かったが、この僅かな様子だけで「気に入った」と笑みを浮かべるバサラ。
一方で……
「しかしまぁ……これはトレイナたち魔王軍も負けたわけか……ちょいと反則みたいなもんじゃがのう。そして、おぬしらにとっては命の恩人じゃな」
「「「え?」」」
しみじみと呟くバサラのその一言に、フィアンセイ、リヴァル、フーは顔を上げて反応した。
「ど、どういうことです、師匠? なぜ……」
「ん~? 分からんか? じゃあ、もし小僧が過去に渡っていなかったらどうなっていたか……何よりもこの場面に小僧が居なければ、ノコノコとやってきた連合軍はどうなっていた?」
「……あ……」
「連合軍やらおぬしらの親たちは無事であったのだろう? つまり、これから起こる爆発はどこかの誰かさんがどうにかしたということじゃ。逆にどこかの誰かさんが何もしなければ……どうなっていた?」
そして、バサラが至ったことにフィアンセイたちも至った。
「……ひょっ、ひょっとしたら父上たちは……死んでいたかもしれない……アースが何とかしたから……無事だった……そういうことでしょうか?」
「そうなるの~う」
バサラがニタリと笑って肯定した瞬間、フィアンセイは思わず体が震えた。
「な、なんということだ……で、では、アースが居なければ……我も生まれていなかったかもしれないと……」
「そうか……お父さんたちが死んでいたら……」
「つまり、アースは……俺たちの命をこういう形でも守っていたと……」
そう、偶然だったのだ。
もし、アースが一日二日ズレてシソノータミへの到着が遅れていたらどうなっていたか?
父たちは死んで自分たちはこの世に生まれていなかった。
その衝撃の事実にフィアンセイたちは恐ろしくなった。
「お、おお、と、とにかくアース、逃げるのだ! 遠くへ逃げてゴウダを引き付けて遠くで爆発させるのだ!」
「大丈夫、アースなら逃げきれる!」
「ああ……見る限り、破壊力は超絶だが、ゴウダのスピードはアースを捉えられないだろう」
怖くなったらより一層、アースへ「逃げろ」と声を上げるフィアンセイたち。
だが……
「……ッ……坊ちゃま……」
「ぬっ? どうした、サディス。お前らしくもない。先ほどから黙って俯いて……ってそうか、お前はこの時はその近づいてくる連合軍の中に居たのだから、もしアースが居なければ爆発に巻き込まれて死んで――――」
「そっちではありません」
「ぬっ?」
ゴウダの大暴れでアースが逃げる姿に、サディスは顔を引きつらせて震えている。
それはフィアンセイたちとは事情が違い……
「恐ろしいのは……坊ちゃまがこの時居なければ、戦争自体が……過去の人類と魔王軍の戦争の結末自体が変わっていたでしょう……旦那様たちが命を失っていたら……」
「ぬっ……そ、そうだな……そうなるな。そういう意味では確かにアースは影の立役者とも……」
「い、一方で……先ほどお師匠さんが仰っていた……こと……」
それは、もしアースが居なければ戦争は人類が負けていたから……というだけでなく……
「もし坊ちゃまが過去に戻って戦争に関わったりしなければ……大魔王トレイナは敗れることは無かった。死ぬことは無かった……ということになります」
「は? まぁ、そうなる……かもしれんが、同じことだろう?」
「いいえ。坊ちゃまにとっては同じではありません」
そして、サディスも至った。
その答えに……
「……ふふん」
そのサディスの様子に、全てを察したかのようにバサラも、どこか目を細めながら痛ましいものを見るように微笑んだ。
『お兄ちゃん、何やってるの!? ぼーっとしてる!』
『お兄さん!?』
そのとき、エスピとスレイヤが悲鳴のような声を上げる。
「ちょ、何をしているのだ、アース!」
「何だか、動きが重いよ!」
「何だ? いつものあいつのフットワークであれば、もっと……何ぜキレがない?」
空に映るアースの動きが明らかに鈍い。いつものキレがない。
下手をしたらゴウダの攻撃をくらってしまう。
何故そうなったのかの理由を……
『俺がこの時代に来たから、俺が余計なことをしたから……俺が……全部俺が!』
涙が出そうなほど、胸が引き裂かれそうなほど悲痛な顔を浮かべてそう呟くアースに……
「坊ちゃま……嗚呼……どうして……どうして! 私はあの場に居ないのですか? どうしてこのとき坊ちゃまを……抱きしめることが……ッ……」
サディスは涙を流した。
しかし、それでも目を逸らさず……
「だけれど……もう私など必要もなく……坊ちゃまは……私以上に坊ちゃまを知る憎むべきあの者に背中を押され……」
そして、同時に迷い、戸惑い、苦悩の表情を浮かべていたアースだが迷いがなくなったかのように声を上げた。
『エスピ! スレイヤ! ラルウァイフ! 族長! みんな、下がっていろ! こいつは俺が一人でやる!』
その瞬間、フィアンセイたちはまた驚いた。
「は?! ちょ、アース、何をッ!」
「え、なんで!? アース、逃げないと!」
「……本気か!?」
逃げれば助かるところを、アースは逃げずに足を止めたからだ。
「ッ!? 逃げずに……受け止めるか、小僧ッ!! ぐふ、ぐわは、ぐわーーっはっはっはっは、そうか! 良い! 良いぞッ! それでこそあやつの弟子……いや、違う! それでこそ、アース・ラガンじゃ!」
その瞬間、どこか物思いに耽っていたバサラが、また目を輝かせて笑った。




