第五百三十一話 いやいやいや(3)
新たなエルフの集落がどこにあるのかの情報をパリピは伏せた。
そして、それに伴っての道のりも……
――こうして、山を越え、谷を越え、アース・ラガンたちとエルフの御一行は人目を忍びながらの引っ越しを開始した。もっとも、アース・ラガンの目的地はその途中で通り抜けるシソノータミなのだが……
それを見て、集落で族長は少し胸を撫で下ろした。
「はぁ~、お兄さんの右腕になったパリピも流石に色々と配慮してるんだ。シソノータミまでワープの転送技術を使ったり、地下研究施設に行ったりとか……まぁ、知られたところでこの世のほとんどの連中にはどうしようもないことなんだけどね……マスターキーが無い限りは」
知られることで色々と問題になりそうな情報はパリピも忖度している。
シソノータミの遺跡内部のことや、エルフの集落のことも。
それが分かっただけで族長はもう安心したのだが、一方でアースたちは……
「そういうところは省略する……けど……あの地で起こったことは……と~~~~ぜん、あいつはそのまんま流すんだろうな~~~~」
アースはもう頭を抱えるしかなかった。
「だよね、お兄ちゃん。今頃さ~、ヒイロとかマアムとか、サディスちゃんたちとかお兄ちゃんがこれまで出会った人たちとか、みんなアオニーとかハクキとかアカさんのことで色々と心も疲れ切っているところだろうけど……」
「うん……僕たちだけしか知らなかった『あのこと』……今度こそ正真正銘教科書の内容が書き換わってしまうようなこと……お兄さんの大偉業を世界が知っちゃうんだよね……」
エスピもスレイヤも苦笑しながら頷いた。
あのパリピが、絶対にコレだけは流すだろうと分かり切っていること。
それを世界が知ったら、どれほどの大騒ぎになるか?
だが一方で……
「でも、私は少し楽しみだったりして。これまでで十分世界は知ったはずの『お兄ちゃんはスゴイ』ってこと……それを更に上回っちゃう……」
「うん。お兄さんの凄さが最大に知れ渡るというのも、僕たちは何だかんだで嬉しいかもね」
少しウキウキしたりもしているのだった……
――そして、ついに辿り着いたシソノータミ……本来そこを占領していた魔王軍のゴウダ軍は既に撤退し、更にその領土を奪還しようとする連合軍は少しずつその地へ近づいている……その前に何とか目的を果たす……そのため、まずアース・ラガン、エスピ、スレイヤ、族長、ラルウァイフは安全確認のために五人でもぬけの殻となっているシソノータミを偵察に……
同じ場面を見ているカクレテールで……
「……シソノータミ……嗚呼……もう……本当にただの廃墟なのですね」
空を見上げながら、映し出される廃墟のシソノータミの光景にサディスは切なそうにそう呟いた。
「あ、……そ、そうか……そういえば、あの地はサディスの……」
「いえ、お気になさらず、姫様。私は……大丈夫です。本当に小さかったので、もうあまり覚えていませんし」
そう告げるサディスだったが、嘘だった。
サディスは未だに鮮明に覚えている。
自分が暮らしていた街。優しかった両親との思い出。町の人々や楽しかった思い出。
そして、それを無慈悲な力によって全てを奪われた運命の日のことも……
(……大魔王……坊ちゃまの傍らであなたは今、どのような心境でそこに? ……いえ、今更ですね……)
とはいえ、今更どうしようもないことであり、今の自分にはもっと大切にしなければならないことがある。
失ったものの悲しみに暮れるよりも、愛するアースの幸せと無事を祈ること。
「いずれにせよ、現代のエスピ姉さんの話では、坊ちゃまにシソノータミを目指すように告げていました……つまり……」
「うむ……どうやら無事にシソノータミに辿り着けたっぽいし……まもなく……なのだろうな? こ、これで、アースは帰ってこれる……そうなのだろうなぁ?」
そして、皆が一番気にかかっているのは、目的地に辿り着いて、これでアースが本当に現代に戻ってこれるかどうかである。
「大丈夫だよね、リヴァル。アースはちゃんと僕らの居るこの時代に帰ってきてるよね?」
「……それをこれから見るのだから、もちつ、お、おちつけ」
フーもハラハラし、リヴァルはクールに振舞いながらも少し緊張している様子だ。
ただ、一方で……
「お兄ちゃん……エスピちゃんとスレイヤ君は……どうするの?」
「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
それは、これまでずっとエスピとスレイヤに嫉妬しまくりでサンドバックに八つ当たりしていたアマエが、ひょこっと顔を出して呟いた一言。
その一言に皆がハッとした。
「そ、そうかな! どうするんだろう……だって、アース君が現代に帰ってくるってことは、当然エスピちゃんとスレイヤ君とは……」
「てか、あんちゃん、そういうことまだ何も教えてないっすよね? ちょ、どうするんすか!? あんな可愛い妹と弟を……」
エスピとスレイヤはどうするのか?
「しかし、あの二人は成長して現代にも……」
「何言ってるかな、マチョウさん! それはそれとして、この場でのことかな! あんなにアース君にメチャクチャ懐いている二人に……アースくんは何て言って……アマエがいい例かな?」
「ぬ、ぅ……」
そう、それはアース、クロン、ヤミディレたちが自分たちの前から居なくなった時のアマエのような、いや、それ以上の悲しみと苦しみだろう。
「エスピ姉さん……」
サディスたちもその気持ちを想像するだけで胸が引き裂かれそうなほど苦しくなった。
とはいえ、連れていくわけにはいかない。
だから、アースが一体何と言って二人を……
『これが……シソノータミ』
『なんか……廃墟とか遺跡とか以前に……』
『誰も居ないね……お兄ちゃん……』
『シソノータミ……魔王軍が滅ぼし、そして拠点となったという話以外はボクも知らなかったけど……ここが……』
『小生もここに来るのは初めてだな……』
そして、その苦しく悲しい涙があふれること間違いなしの展開が間もなく来るのだろう。
皆が胸を抑えながらその時を待っていた……のだが……
『っ……ん? 人だ!』
それどころではないことが起こる。
「「「「「……………………え?」」」」」
「ボス、お注ぎしやす」
「いや、いらん。自分でやる」
ハクキの目の前に、重厚なオーラ放つワインボトル。
そしてグラスとソムリエナイフ、さらにはスポイトまで。
「武骨で力を余している者たちでは誤って割ったり零したりしてしまうからな……こればかりは一滴たりとも余すことなく、尚且つ香りも含めて楽しみたいので、最大細心の注意が必要なのだ」
配下の図体がデカいいかにもパワーあふれるオーガに任せてはワインがどうなるか分からないと、ハクキは自分ですべてやろうとする。
ハクキは耳だけ空に傾けて、ワインボトルやアイテムに夢中であった。
「ちっ……ノンキな野郎だぜ……」
「本当よ。急にお酒を飲みだすなんて」
そんなハクキに一言入れるヒイロとマアムだが、ハクキはとくに気に留めない。
「ふっ、シソノータミにはもう魔王軍も撤退し、さらに連合軍もまだ到着していない……ならば、後に残されているのはお涙頂戴の別れのイベントだろう。そこに吾輩は興味が無い」
そう、ハクキも皆と同じように、ここから先は現代に帰るためにはアースが決して避けることができない「エスピとスレイヤとのお別れ」があると思い、正直そこを素面で見ようとは思わなかった。
「そんなことよりも、今は世界にその名を轟かせたアオニーに一杯ぐらい……それが先決だ」
そう言ってハクキはワインボトルを手に取り……
『え!?』
『誰だ……魔王軍?!』
『あ、あそこに……』
『ほんとだ、一人……連合軍? ……いや、あれは!』
空でアースたちが騒いでいる。
「ん? なんだ? 残党でも残っていたか?」
「?」
「……あら、まだ誰か……」
流石に、シソノータミにアースたち以外の誰かが居るという言葉が耳に入っては、ハクキももう一度空を見上げ……
『あ~、マジで死ぬかと思ったぜ……』
そこに現れた人物の声に……
( ゜д゜)?
( ゜д゜)?
( ゜д゜)?
ヒイロ、マアム、ハクキは三人そろって同じ顔になり……
『だが、体内の魔力が暴走して今にも爆発しそうだ……こりゃ……流石の俺様も今度こそ死ぬか……? だが、ただでは死なねえ……最後に盛大な大爆発であのクソ野郎どもを一掃……あ゛?』
次の瞬間、アップで映し出された声の主の顔に……
( д) ゜ ゜
( д) ゜ ゜
( д) ゜ ゜
三人とも目が飛び出し……
『こいつぁ、驚いた。俺様の心のソウルメイトたちも撤退ちまっているこの地で……へッ、様子を見に先に乗り込んだか?』
「「「え……え……え……えええええええええええぇぇぇぇぇぇえ!!??」」」
三人どころか、アジトにいたオーガたちも全員声を上げていた。
「い、いや……いやいやいやいやいや!」
「いやいやいやいやいや!?」
「いやいやいやいやいやいや、ないって、ありえないって、いやいやいやいや!」
そしてハクキの足元には、テイスティングどころか香りすら嗅いでいないワインの中身が、粉々に砕け散ったグラスの破片と共に散らばっていた。
もちろん、ヒイロ、ハクキ、マアムたちのような反応している者たちは世界の至る所にいた。
「はっ? いや、いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいや!? どど、どういうことだ?! だ、だって、あやつはあの日、ヒイロの手で……死んだはずでは!?」
「うそ、え、は? なんで? ちょ、ヤミディレ大将軍、どど、どういうことっすか?!」
「な、に、偽物? 幻? どういうことじゃ!?」
「なんだかとっても大きい人ですねぇ……カブトムシさんみたいな立派な角ですが……お母さんたちはご存じなのですか?」
ヤミディレ、ショジョヴィーチ、マルハーゲンは腰を抜かしてしまい、クロンや三姉妹たちはただただ困惑。
そして……
「いやいやいやいやいやいや!」
「いやいやいやいやいやいや!」
『いやいやいやいやいやいやゾウ!』
帝都の宮殿で、ソルジャ、ライヴァール、そして魔水晶の向こうでライファントも必死に首を横に振る。
「え、あ、あれ? 陛下……な、なんか、あの魔族……どこかで見たことが……」
「わ、私は戦場で十数年前に……見たことあるような……」
「ぼ、僕は教科書で……」
「こ、この間、子供に買ってあげた絵本に……」
当時を知る者たち以外でもその顔は知っているので、傍にいた臣下たちも、それどころか帝都からも困惑の声がここまで届いていた。
『しかし……七勇者のガキんちょと……お前ら……どこの誰だ? 連合軍とエルフらも交じって……しかも、ハンターのクソガキまで……分からねえ……だが、出会ったからには俺様の名を教えてやらねえとなぁ! 知っていても聞けぇ! そして拍手喝采しろ!』
巨大な角を額から伸ばし、その肉体を真っ黒い表皮で覆った巨漢の魔族。
そして、ついに激しい混乱の中……
「違う、そんなはずはない! そうだ……アレは恐らく偽物だ! もしくは幻だ! 本物のあいつは、あの時点では既にヒイロの手によって討ち取られて消滅したのだからな!」
「「「『ちょ、まッッ!!!??? 偽物……そ、そう言うってことはつまり……その逆で……』」」」
その瞬間、『ライヴァール』がそう口にしてしまったことで……
『テメエら、俺の一回のクソよりも小さそうなその脳みそで、よく聞けよなゴラぁぁぁぁぁああ!! この俺様のファイナルライブ!』
「「「「『ほ、……本物確定したぁああああああああああああ!!??』」」」」
偽物ではなく本物であり、生きていたことが確定してしまったのだった。
そして、その数秒後に世界全土で……
『お~れさ~まは~ゴウダ~、大~将~軍~~~!!!!』
「「「「「本物だああああああああああああああああああ!!!???」」」」」
歴史の真実を世界が知ってしまったのだった。




