第五百三十話 アレが転換期
責任ある立場の者たちは、感情論で考えを流されるわけにはいかない。
だが、そんな感情をコントロールできないのも、また「人」なのである。
『それで、ひっぐ……自分が一緒だと……俺に迷惑かけるからって……友達だからって……置手紙を残して……アカさんの姿はもうどこにもなくて……』
アース とアカの出会いと別れ。
見た目や先入観で警戒したものの、そのオーガが誰よりも優しく……優しく……しかしそれでもアースのためにアースの前から居なくなったオーガの話。
最初は笑いながら、しかし話が進むにつれて辛そうに、そしてついには嗚咽交じりになったアース。
その話を聞いていたエスピやスレイヤやエルフの民たちは皆がもらい泣きをしている。
そして……
「……ぐす……」
「……ライヴァール……」
「ぬ、な、なんだ、いや、こっちを見るな」
結局ライヴァールも目元を潤ませてもらい泣きしていた。
というよりも、多くの者たちがアースの感情籠った話にもらい泣きしていた。
「いやぁ……しかし分からなくもないよ。正直、ほんのわずかな可能性として、世間知らずなアースが騙されているパターンとかも考えていたが……そんなことは無さそうだ。むしろ、あの御前試合で傷ついたアースを救ってくれたのは、そのアカというオーガが居たからではないか……勇者の息子としてではなく、アースをアースとして見てくれたという……」
ソルジャも揺れ動いた。
ライヴァールが言っていたように、本来なら自分たちは感情論で動いてはいけない立場の者たちである。
戦争でオーガの存在やハクキの危険性を誰よりも分かっているからこそ、冷静に物事を見極めなければいけない。
しかし、それでも感情に嘘はつけなかった。
そしてそれはソルジャたちだけでなく……
『『『『『うおおおおおおおお、アカさああああああああん!!!!』』』』』
「「「「「うおおおおおおおお、アカさああああああああん!!!!」」」」」
感極まったエスピ、スレイヤ、エルフたちが涙ながらにアカの名を叫ぶと同時に、帝都からも、世界中からも涙交じりの声が轟いた。
「アースの親友……か……アースが最もつらい時に傍にいた……アースのために離れた……それがアカさんという男か……」
「ええ、分かります。坊ちゃまがどれだけ……アカさんという方がどれだけ……」
「……悔しいね……僕たちは結局何もできなかったから……」
「…………」
カクレテールでも、アースの話を聞いて瞳を潤ませたり、皆が感情移入し、特にフィアンセイ、サディス、フー、リヴァルあたりは色々と考えさせられるものだった。
「でも……アース君の話を聞いて……ほら、ラルウァイフさんも……」
「そうっすね、目に生気的なのが戻ってきたんじゃないっすか?」
アースとアカの話に心揺さぶられた。
『ちゃんと、アオニーの分も背負わねえとな……ラルウァイフ……お互いにな』
『……ああ……そう……だな』
しかしだからこそ、その話を聞いた者たちは、一度胸に抱いた「あの思い」を改めて、更に強く思うことになる。
『よし、ダークエルフ! あんたも……アカさんを見つけて幸せにしてやるんだ!』
『おお、そうだそうだ!』
『ええ、このままじゃアカさんがあまりにも不憫よ! 傍に行って支えてあげなさい!』
『あんたが今の自分なら会いに行ける……そう思えるように生きてみたらいいんじゃないの? 知らんけど』
気づけば、エルフたちも本来敵だったダークエルフのラルウァイフにエールを。
「そうだ、ラルウァイフの姉ちゃん頑張れー!」
「アカさんってのを幸せにしろー!」
「もし、アカさんをイジメる奴が外の世界に居るってなら、カクレテールに連れて来い!」
「そうそう、二人とも大歓迎するぞー!」
その想いに共感し、カクレテールの住民だけでなく、世界中からそんな声が上がっていた。
ただ、そんな風に世界が泣いたり笑ったり声を上げたり、そしてハクキ襲撃から逃れたという安堵から一息ついているのも束の間のこと。
世界はすぐにまた息ができなくなる。
「ぬっ!? なんだ! 急に……」
突如、空に閃光……いや、アースたちが隠れている場所から遥か彼方で巨大な光の柱が天を貫いたのだ。
「な、なんです、あの光は!?」
「アレは……」
「デカい……ずいぶん遠くのようだが、それでもアレほど大きく見えるとは、それほど巨大な力と……」
あまりにも唐突に起きた現象に鑑賞者たちも動揺する。
また、誰かが攻めてきたのかと。
だが、そうではない。
それを教えたのは……
――それは、世界の歴史、そして魔王軍と人類連合軍の長きに渡る戦における一つの転換期
パリピのナレーションだった。
――アース・ラガンはアカデミー時代は学年次席を誇る成績優秀者ゆえに、この時代、この時期、そしてこの光を見てハッとした。それは、父親である真勇者・ヒイロが歴史に残る大偉業を成し遂げた日だと
パリピは随分と劇場的に語りだすが、アース以上の成績だったフィアンセイやサディスもまだピンと来ていない様子。
――そう、今では伝説、子供の絵本にまでなっている、勇者ヒイロが六覇の一角である魔巨神ゴウダを討ち取り、人類に絶大なる希望を与えた日
「「「「あっ!!??」」」」
――少し前にハクキに完敗して瀕死だった七勇者筆頭のヒイロ。しかしヒイロは絶望しなかった。人類のため、正義のため、そして未来のためにと再び立ち上がり、そして覚醒した力を持って魔巨神を討ち取った光である
そこまで言われて、フィアンセイたちもハッとした。
「そうか……そういう時期……なのか。正直、年代は分かっても細かい日付は分からなかったからな……」
「なるほど。確かに、私も薄っすら覚えています。旦那様たちが六覇のハクキに惨敗し、暗く絶望な雰囲気が漂う連合軍本拠地……しかしそこから旦那様は立ち上がり、再び魔王軍に立ち向かいました。そして……」
「そっかァ……っていうか……よくアースはあの光を見ただけで分ったね。僕らも知識として時期は知ってるけど……」
「流石にそこら辺はヒイロさんに教わっていたのかもしれんな……絵本にもなっているぐらいだし、あいつは俺たちよりもヒイロ様の偉業についてはよく聞かされていただろうからな」
このとき、フィアンセイ、リヴァル、フーは、正直パリピの説明を聞くまで、光を見ただけでは何が起こったのかまるで見当もつかなかったが、その場にいて肌で感じ、そして自分の父親のことであるのだから、アースが自分たちより先に気づいてもおかしくないだろうと、特に重要視しなかった。
ただ、サディスは……
(……気づいたのではなく……傍にいる人物に耳打ちされたのかもしれませんけどね……)
アースの傍らに居る存在が分かっているので、恐らくそうなのだろうと察した。
「ねえねえ、その『マキョシンゴウダ』っての……今のパリピの話では六覇って話だけど……つまり、大神官様や、パリピ、ノジャ、ハクキと並ぶ人ってことかな?」
「たしか、あんちゃんが森でエスピちゃんと出会ったときにいた連中の隊が……」
外の世界では六覇もゴウダも常識だったり、絵本になっていたりするのだが、当然ツクシやカルイ達、カクレテールの住民は全員知らない。
「うむ。魔巨神ゴウダはハクキ達同様の六覇の一人。その強大な力ゆえに暴れれば大地が砕け、山が吹き飛び、国が消滅するとか何とか、とにかくとてつもない強さだったと言われている」
「ふぁっ?! く、国まで!?」
「ああ。まぁ、そんな強大な魔人だったからこそ、それを討ち取ったヒイロ殿は本当にすごいのだ……という絵本や教科書の内容になるのだがな」
フィアンセイの説明で皆が顔を青くする。
そして、自分たちが戦ったパリピや、鑑賞会で見たノジャやハクキの力を知った今となっては、決して誇張ではないかもしれないと感じてしまった。
さらに……
「あ~、お~、魔界の暴れん坊か。懐かしい名前じゃわい。結構そやつは魔界でも人気者だったからのう」
バサラも目を細めながらそう口にした。
「ワシは喧嘩したことないが、確かにそうとうヤルという話じゃ。珍しい超魔回復の体質も持っておるしのう」
そして、バサラの言葉にマチョウが顔を上げた。
「超魔回復……」
「お~そうじゃ。おぬしと同じ体質であり、その極みに至ったそうな……」
「……そうか……魔巨神ゴウダ……自分と同じ体質を持ち、その極みの存在か……一度見てみたかったな……」
「ぬわははは、残念じゃったな」
天空世界で自分の無力さを痛感して更なる高みを志したマチョウにとって、興味と共に少し残念な気持ちもあった。
そんな中で……
「ふふふ、それにしても……」
サディスは何かを思い出したかのようにクスクスと笑った。
「サディス?」
「いえ、姫様……私、思い出しまして……先ほども言ったように、あの時期……ハクキに惨敗し、絶望漂う連合の中、再び旦那様が立ち上がってゴウダを討ち取って世界に希望を示すまでの間……ふふふ、あの頃を思い出しまして」
「……というと?」
「……あのとき……私も初めて見るぐらいに暗くなっていた旦那様を、殴ってもう一度立ち上がらせたのがマアムお姉ちゃん……奥様なのです」
「ほう」
「奥様は言ってました……『いつまでもウジウジしてると、お口パッチンよ』と、お口パッチンしながら無理やり旦那様を立ち上がらせたのです」
「は、ははは……マアム殿らしいな」
それは、当時のちょっとした裏話のようなもの。
教科書には決して載らない、ましてやこの鑑賞会でも流れない話に、フィアンセイたちは面白そうに聞き、
「そして、見事に立ち上がり、そしてゴウダを討ち取った旦那様は……そこで改めて
自分を支えてくれた奥様の存在の大きさを実感し……んふふふふ、その夜……その頃の幼かった私は毎日奥様と夜は一緒に寝ていたのですが、その日だけは私は一人で……その時、奥様と旦那様は真の意味で結ばれていたとかいなかったとか……」
「「「「ちょっ、そ、それって!!??」」」」
「ひょっとしたら、坊ちゃまはあの時に授かったのかもしれませんねぇ~♥」
「はうわ?! ちょ、サディス……そそそそ、それはぁ!」
「でも、時期的に他のソルジャ皇帝やライヴァール様やベンリナーフ様たちもそのときご自身を支えて下さった方々と……」
「「「ッッ!!??」」」
少し妖しく微笑みながら口にするサディスの話に、フィアンセイたちは急にハッとして顔を赤くした。
そんな一同の様子に満足しながらサディスは……
「まぁ、それはそれとして、とりあえず安心ですね」
と、そこでサディスが少し胸を撫で下ろした。
「どういうことだ? サディス」
「いえいえ、姫様も考えてみてください。坊ちゃまはこの過去の世界で魔王軍やらノジャやらハクキやらと、もはや尋常ならざる敵と遭遇していたのです。これ以上の六覇との遭遇は流石に私も心臓がいくつあっても足りませんので、その一角がここで倒れたというのであれば、少し安心ということです」
「ああ……ははは、確かにそうだな。アースの遭遇率やら、さらには歴史を変えてしまいそうなイベントにはもうどうすればいいか分からんからな」
サディスの気持ちにフィアンセイや他の者たちも頷き、ホッと胸を撫で下ろし、もうその話題は……
『なにぃ!? お兄さんがどこかの土地を買って俺たちにくれる!? でも、そんな土地を買うような大金をもらうわけには……』
『エスピやスレイヤの私有地ってことにすれば、そこに無断で入り込む度胸のあるやつはいねーだろ? そんな難しく考えてくれなくていいよ。せめて……あと十数年ぐらいディスティニーシリーズを続けてくれりゃな』
『いや、十数年って……それ、どんな超大作ッ!?』
早速次の話題へと流れ……
「って、アース!? 競馬で稼いだお金をここで!? しかも土地を?!」
「そうでしたか……この後エルフの方たちはどこへと思ったのですが……なるほど……七勇者の名義で買った土地に……というか、ディスティニーシリーズがここまで続いている理由に、坊ちゃまがサラっと関わっていると!?」
「これ十数年前の話ってことで……このラルウァイフさんってどこにいるのかなって思ったけど……」
「あんちゃんが、金に物を言わせて土地を……」
そしてこのとき、ゴウダの話は皆から消えていた。
一部を除いて。
「ゴウダ……あ~、あの時期か。あのときか」
「ふっ、今でも鮮明に覚えているな」
宮殿でソルジャとライヴァールは色々と当時を思い返して感極まった様子で呟いた。
「ハクキという途方もない絶望に敗れた私たち……その上に立つ大魔王の強さを想像しようとしただけで震えが止まらなくなった……神よりも強い絶対に勝てないものに戦いを挑んでいるのではないかと……そして、それを実感して恐怖したものだな」
「……そうだな……」
「しかし、それでも……もう一度立ち上がろう。もう一度立ち向かおう。足掻いてやろうじゃないか……そう思ったのだったな」
「ああ……ヒイロがマアムに殴られ、目を覚まし、奮起し、私たちは続いた。……強かったな、マアムは。私たちの中で唯一心が折れず、ヒイロを支え、そして立ち上がらせた」
「ああ。まぁ、マアムがヒイロを支えているその裏で……私たちも……それぞれ支えられていたがな……」
昔を懐かしむように遠くを眺めながらしみじみ……かと思いきや、そこでソルジャが少しニヤニヤしながらライヴァールを覗き込んだ。
「私は『プリンセイ』に……お前は同門の女性と……そしてベンリナーフも医療魔導士の彼女と……ふふふ」
「……おい……」
「いやいや、別に睨むことでもないではないか。彼女たちの支えがあって我々は再び戦うことができたのだから。そして今ではその時の彼女たちと今でも夫婦として共に過ごしているのだから」
「……そ、それはそうかもしれんが……あまり人前でベラベラと……」
「思えば、再び立ち上がり、そしてゴウダを討てたあの後は、我々も少し浮かれてハメを外し、お互い朝に出くわしたら『昨夜はお楽し――――」
「おい、それ以上言うな!」
ソルジャの話に少し恥ずかしそうにして睨みつけるライヴァールだが、それを周りで聞いていた兵たちは「ほぉ~~」と聞き入っていた。
一方で……
『なるほど……それが一つの分岐点だったゾウ?』
と、魔水晶からライファントの声が聞こえた。
その問いにソルジャは頷いて……
「ああ……ゴウダとの戦いを経て、自分たちはやれる……自分たちはまだまだ戦える……勝てる……人類が……連合軍が……そして何よりも自分自身がそう思うことができた時だったよ……ライファントにとっては複雑かもしれないが、ゴウダに勝つことができたことが、あのとき自分たちに強い自信を持たせてくれた」
そして……
「ゴウダ……あのときか……」
ヒイロも色々と感慨に耽りながら当時を思い返して苦笑した。
「あの直前……ゴウダが攻めてきたと聞いたとき、俺も『どうせ魔王軍には勝てねえ』とかって腐ってすぐに立ち上がれなかった……でも、お前に殴られたんだったな」
「そうね……あの時のあんたは、私がこれまで見た中でも本当に腐ってたもん。お口パッチンしてやったわね」
「ありゃ痛かったな……効いたよ……今となっちゃ『人生で二番目』ぐらいにな」
「……そうね」
「そういや、ゴウダに勝てて、再び俺らも大盛り上がりして……で、その夜になんか俺も興奮してドサクサ紛れにお前に―――」
「そうね……私も……って、ハクキの前で言うんじゃないわよ!」
殴られ、心の芯まで痛みが響いたものだと思い返すヒイロ。
ちなみに、今までで一番心を抉るほど痛かったのはつい最近、自分の息子に殴られたことではあるのだが、いずれにせよ……
「ふっ……ゴウダ……懐かしいな……そうだな……アオニーと同じ時期だったからな……」
その時のことは、人類だけでなく、魔王軍やハクキにとっても印象的な時期でもあったのだった。
そしてハクキは目を細めながら空を見つめ、傍らに居た部下に手を上げ……
「おい、蔵に行って……先日、シテナイからようやく購入できたワイン……ロマネペトリュスを持ってこい」
その命令に傍らのオーガは驚愕して狼狽えた。
「ッ!? え、ハクキ様っ!? あ、アレをですかい?! だだだ、だって、あの超希少ワインはシテナイのルートでも3年待ってようやく手に入れられた……」
「うむ、本来は吾輩の目的が全て達したときの美酒として取っておこうと思ったのだが……色々と今日は吾輩も心に来るものがあった。昨日までは何度もワインを噴き出したりして台無しにしてしまったのでワイン自体を今日は控えようと思ったのだが……飲みたくなった……それに、間もなく――――」
そして、再びハクキが空を見上げると……
『で、お兄さん。土地を買うってどこの土地を買おうと?』
『ん? あ、ああ……えっと……シソノータミ……ここを越え―――ピーピーバキューンバキューン」
――プライバシー保護のためエルフの新天地はパナイ非公開とさせていただきます
と、そこでパリピのナレーションやら編集で色々と配慮はされたが、アースの口から最低限の情報でり、本来のアースの旅の目的地である『シソノータミ』の単語が出たため……
「もう、今夜の鑑賞会もシメに入るだろうからな」
もう、これ以上はワインを噴き出すこともないだろうと、ハクキは判断して、数年かかって手に入れた超高級ワインを飲むことに決めた。




